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映画『KT』の感想

*ネタバレありです*

ちょっと前に『工作 黒金星と呼ばれた男』を観たので、題材的に繋がりがある映画として観賞。

総合的に評価するなら、俳優陣の演技が光る佳作。

日本人俳優は主演が佐藤浩一、その部下役として香川照之、他もけっこう豪華なんだけど、一番良かったのは原田芳雄かな。

韓国人俳優も良い人がいて、ラストの方で金大中殺害を食い止めようとする工作員役の俳優が特に良い演技だったと思い返す。

自衛隊なる組織の立ち位置、米国とそれに従属させられ翻弄される日本と韓国、そして在日朝鮮人の問題、それらを拉致事件に絡めて映像として語らせているため、話はまあまあややこしいが、そのややこしさは事件を描くにあたって避けて通れない要素だと思った。
 
KCIAや自衛隊の秘密部隊の連中が披露する価値観は、例えば佐藤浩一が演じる(元)自衛官の富田のそれが雄弁に物語るように、国家という父権的な共同体に依存して形成されているものでしかなく、言動の猛々しさとは裏腹に、当の国家の匙加減ひとつで即座に抹殺されるような弱々しい存在でしかない。実際に彼らのほとんどは米国に従属する国家としての日本および韓国の都合によって消されてしまう。

彼ら秘密工作員のほとんどが殺されて終わるなか、では生き残るのは誰かというと、それが原田芳雄演ずる記者の神川だ。

神川が生き残ることができた理由、それは三島由紀夫を下敷きにした真に保守的な愛国者として生きることに情熱を持つ(という設定の)富田を醒めた態度で一蹴するディアローグの場面に良く表現されていると思うのだが、神川が戦前の国家主義にも戦後の共産主義にも、とにかく自分の生き死にを自分以外のなにかに依存させないことを徹底していたからではないだろうか。

物語序盤において『仁義なき戦い』が劇中劇として一瞬挿入されるシーンがあるが、『仁義なき戦い』という作品の挿入は、神川が生き残る必然性である特定の共同体やドグマへの非従属という価値観を象徴していると捉えることができるだろう。

他に良かったのは、金大中のボディガードとして働いていた金甲寿(筒井道隆)が韓国側の外事課と対決して打ち負かされる場面。在日朝鮮人二世として日本社会で生きることの難しさは随所に現れており、学ラン姿の不良に差別用語を投げかけられたり、在日朝鮮人一世として生きる母親との確執など様々だが、やはりその困難が極まるのが外事課の部員に「朝鮮人のくせに朝鮮語がわからないとは」と嘲笑されるシーンだろう。

金大中に付き従うことがきっかけで韓国語を熱心に学習したり、恋人が当時の日本社会における、おそらく現代とは比べられないほど苛烈というか明からさまな差別を乗り越え、親に勘当されてまでも自分と付き合うことを選択し、自分も彼女とともに暮らすことを決意するなどという経験を経たことで、自らの存在を以前より肯定的に捉え、人生を進めているその最中において、同胞であるはずの韓国人から罵倒され殴られるシーンだ。

最後に、作品は実際の歴史的事実を扱うとはいえ、KCIAが引き起こした現在でも未解決の秘密工作事件を扱っているため、この映画で事件の真相を知る、なんてことはできないし、映画そのものも自らがフィクションであることを冒頭で明示しているので、そこらへんに食ってかかるのはナンセンス。あと富田の語る思想というか、自衛隊とか三島由紀夫についての語りについては、映画的な次元においては「そういうキャラクター」としてまだ整合性が保たれているような気がするが、現実の次元と照らし合わせると、なんかいろいろ間違ってない?みたいな感じで、ちょっと醒めてしまったかも。

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