ほんまに税理士になりたいのか
2022年1月から受験勉強を始めて、なんやかんやでもう1年半以上も経っています。びっくり。
そもそも2年半受験に専念することを決めて始めました。もう折り返しが過ぎていると思うと焦りを感じます。
振り返ると、ただがむしゃらに走って気がつくと8月の試験日になっていて、また走って、みたいな日々でした。(日々です。)
そのせいなのか、記憶が曖昧です。全てが曖昧であると言ってしまうと嘘になりますが、過去1年半という期間で思い出そうとすると空白のような気がするのです。
突然ですが、私は正直いつ死んでもいいと思っています。
今死んで、推しの今後を見届けられなくても、今まで努力してきた税理士になるという夢が叶わなくても、別にいいと思うのです。
自分でも不思議です。
でも、私が死んだら家族や友達が悲しみます。
それを知っているから死にません。
なぜなら、私は彼らが死んでしまったら悲しいからです。
ではどうやって自分は生きていけばいいのか。
今までたくさんの時間をかけて考えました。
すごくやりたいことがあるわけでもなりたいものがあるわけでもない。
なぜないんだ!と謎の怒りを感じたこともありました。
結局出てきた答えは、別にそんなものはなくてもいいということでした。
そして、一般的には得意な人が少なくあまりやりたがられることがないけど、私は苦と思わずやれること、税務の道を進むことに辿り着いたのです。
自分のやりたい!を前面に出して生きることより、世の中や人間関係の足りていない部分を補いながら生きることが自分には向いていると思っています。
さて、本題ですが、
最近、自分は本当に税理士になりたいのかと自分自身に問う時間が増えました。
これは自分に対する自信の低下が起きていると予想しています。
なぜならば、今月に入ってあまり勉強が進んでいないからです。
ちなみに、相続税法を勉強しています。
まず、進んでいない理由として、授業のリズムを変えたことがあると思います。
というのも、前年は1コマ3時間の授業を週3回受けていました。(2科目)
そうすると、週7日間のうち3日間が授業の日となり、授業に追われて勉強する日々となっていました。
これは、意外と楽なのです。
自分で時間を組み立てる日が週4日で済みますし、授業に遅れずついていくことができさえすれば実力もついてくるからです。
ですが、自分で時間を作る日、すなわち自分の時間を作ることができる日が少なすぎました。
(私にとってはという意味ではありますが。)
週3日の授業を、単純計算で、週4日で復習し練習し身につけて次に備えなければならないからです。
勉強以外の自分の時間をその隙間に上手く作ることができませんでした。
つい勉強に割いてしまうのです。
この前年の反省を生かして、今回は週1で2コマの授業を受けることにしました。
週6日間を自由に使えるのです。
そして今、これに苦戦しています。
なかなか自分で勉強の区切りをつけたり、自分の時間を確保したりすることは容易ではありませんでした。
授業に行く回数が減ったので、外出する機会も減り、放っておくと体力も減っていってしまいます。
ですが、これができるようにならないと今後の人生でまた苦戦することになるということが見え見えなので、手探りではありますが練習中なのです。
慣れないことをしていると、自覚している以上に心身に疲れが溜まるスピードが速まります。
疲れとは恐ろしいもので、不安や焦りを生みます。
疲れは不安や焦りを生むと知っているのに、また自分を疲れさせるように勉強をしてしまったりします。
上手く自分で自分のリズムを作れないことを気にして、将来就職できたとしても会社のリズムに乗れない人間になってしまうのではないかと過度な妄想をしてしまったりもします。
その結果、税理士にはなれないのではないか、なれても上手くできないのではないかと自信をなくしてしまったのです。
そして、ついに授業を休みました。
2コマの授業を休むことになるので代償が大きいです。
そんな限界に気づくことができなかった自分にまた悔しさを感じます。
ここまで一気に書いたのですが、私はちゃんと自分のことや置かれている状況を理解できていると客観的に思いました。
まだ「できる」に到達していないだけなのかもしれません。
またここから頑張ればいいですよね。
こういう波がある自分のことが昔から嫌いで、波のない安定したメンタルライフ(?)を送りたかったのですが、思い切って波に乗っていければそれはそれでいいのかもななんて今は思ったりします。
受験に限らず、同じように悩んでいる人はいるのかな。
とにかく私はまた頑張ってみますという意思表明でした。
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