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獄中記 #03|真夏の獄中

今年も暑い夏でしたね。私たち女囚にとってもこの暑さは耐え難いものです。冬も冬で厳しい環境ですが私は夏の方がより辛く感じます。

今回は夏の雨浦監獄の辛さについてお伝えしていきます。

最悪の目覚め

早朝から夏の苦しみは始まります。房内には当然空調はありません。近年は就寝時も冷房の使用が推奨されている中、私たち女囚は汗だくになりながら寝苦しい熱帯夜を過ごします。

夜中に何度も目が覚め、そのたびに汗で濡れた囚人服が肌にまとわりつき、寝返りを打つたびに不快感が増します。それでも起き上がったり、水を求めたりすることはできない規則。違反するとさらに厳しい環境の懲罰房へ送られかねません。

じっと耐え空が白んでくる頃、起床の号令でようやく長い夜が終わります。ですが一日の始まりであるにもかかわらず清々しさは微塵もありません。

布団は私の汗でぐっしょり……ですが干して乾かすことは出来ず、すぐに畳んで独房の隅に片づけなければなりません。汗で湿気たまま真夏の独房に放置された布団がどうなるか、考えたくもありません。

早朝でも独房内は既に蒸し暑い空気が立ちこめ、起きた直後からまた汗が滲み出てきます。辛いのは蒸し暑さだけではありません。トイレの悪臭も一層強くなります。

トイレといっても床に剝き出しで設置されている汲み取り式の和式便器。中から直に放たれる臭いは高い気温と湿度で幾倍にもなり、狭い独房にこもって私を苦しめます。

少しでも外の空気を吸いたい。そう思っても、あるのは頑丈な鉄格子の嵌まった小さい獄窓が一つ。それでも顔を近づけると、そこからは高くて分厚い塀と狭い空が見えるだけ。外も房内と変わらず蒸し暑く、寧ろ囚われの身の惨めさを改めて感じてしまいます。

涼める場所も心安らぐ場所もない。この最悪の環境で目覚めることろから一日が始まるのです。

喘ぐような暑さに悶え、全身にまとわる汗で囚人服をパツパツにし、鼻をつまみたくなるような悪臭を放つ。これが夏の雨浦監獄の女囚の姿

排泄と点呼と看守

これだけでもうんざりしますが、まだ一日は始まったばかり。すぐに看守による朝の点呼が始まります。独房の扉の前で正座して点呼に備えなければなりません。

点呼についての詳細は過去の記事で述べていますが、囚人の状況確認を建前とした看守に対する忠誠と自らを卑下する儀式のようなものです。当然時間厳守です。

ですが調子の悪い日もあります。この日は起きてすぐに便意に襲われ、私は泣く泣く先に用を足すことにしました。

便器に衝立などなく監視窓から私の様子は丸見え、足元から湧き上がる臭気。

「ううぅ……」

恥ずかしさと臭さで呻き声を漏らしながら、私は事を済まします。

「………………」

暑く臭く静かな独房で小さく聞こえる排泄音。自ら更に臭くして自らこの身を貶める。涙をこぼしながら物を出し切ろうとしていると、急に外が騒がしくなりました。

「735番、何をしている」

房内に響いた看守の怒号に私はビクつきました。点呼の時間です。私は慌ててズボンを履きなおし、扉の前に正座します。十分に後始末ができていませんが気にしてられません。

「申し訳ありません。用を足しておりました」

そのまま土下座。なぜ用を足すだけで謝らなければならないのか、そのようなことを考えてはいけません。

「そんなこと分かっている。貴様の汚らしい排泄姿は外から丸見えだからな。なぜ、点呼前の短い時間にそのようなことをしていた」

「が、我慢できませんでした……」

「我慢できなかっただと、いい歳して子どもみたいな言い訳だな。それに下の孔もずいぶん緩そうだ。性格だけでなく身体の方もだらしないようだな」

看守は土下座する私の前でしゃがみ、床に擦り付けた私の真上から罵声を浴びせかけます。悔しくて泣きそうになりますが堪えるしかありません。

ふっと看守の方から爽やかな匂いが漂ってきました。看守は私と同じくらいか少し年下と思われる女性。髪は艶やかでシャンプーの匂いを醸し、制汗剤の涼し気な匂いと相まって清潔感が感じられました。

それに対して私は何日も入浴できずに全身汗臭く、しかも用を足した直後で排泄臭も漂わせています。

「うっ、それにしても酷い臭い。ずいぶん臭いモノをひり出していたようね」

私の気持ちを知ってか看守の罵声がより酷くなります。

「はい、私735番はケツの孔が緩い、はしたない女囚でございます。点呼前に済ませられると高をくくって排便していた浅はかな女囚です。今後はこのような事が無いよう気を引き締めなおします。どうかお許しください」

懲罰だけは避けたい。その一心で私は看守からの罵声を堪え、敢えて醜悪な言葉で自分を卑下し、ほかの女囚たちにも聞けるような大きな声で謝罪します。

「ふふふ、流石に自分の立場は弁えているようね。この程度で勘弁してあげるわ」

「ありがとうございます」

看守は私の醜態に満足したのか反則を言い渡すことはありませんでした。何とか事なきを得た私ですが、代わりにプライドはズタズタです。

最後の方は季節関係なく、この刑務所の辛さをお伝えする形になりました。でも本番はこれから、まだ炎天下の屋外労役や蒸し風呂のような屋内労役が待っています。私のような臭い女囚たちで寄り集まって臭いメシを啜り、またこの陰鬱な独房に戻るまで一日は続きます。

長くなってしまいますので他の刑務所生活の様子についてはまた別の機会に……


「ほらっ、点呼を始めなさい」

あっ、まだ終わっていなかった。

「735番。業務上横領罪、懲役6年。異常ありません。今日も一日よろしくお願い致します」

「ん、異常はあったんじゃないのか」

嘲笑ってくる看守の目線がきつい……

「……朝から臭い便をひり出しておりましたが体調に異常はありません。よろしくお願いしますっ」

女囚は辛いです……


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