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はい、どうも〜アルパカと申します!その3

おはようございます。こんにちは。こんばんは。


ぱかにいです。



今回で3回目ですね!1回目をまだご覧になっていない方はそちらから読んでください

前回は、靭帯損傷の怪我から復帰してリハビリ生活が始まったというところまでのお話しでしたね。


それでは、これからどんな生活が待ち続けているのだろうか・・・

1 パチスロ生活が始まる

リハビリ生活からも解放されてやっと普通の生活することができるようになりました。



しかし、屈伸とかキャッチャー座りみたいに膝に負担をかけるような動作はまだ痛みが生じるのでこの辺りは少しずつ治していきましょう。




さて、リハビリ期間中にホールを廻っていたのにはワケがあります。



それはお店(店長)のクセを読むこと。



実際ホールを廻っていたのは2店舗、A店は首都圏によくある店舗であり、B店は地域密着型の店舗。



A店舗のクセ・特徴は

・ガックン対策はしていない
・新しいPOP・装飾が追加された当日の島は熱い
・特定日が土日祝日に絡むと熱い

B店舗のクセ・特徴は

・平日でもジャグラーの高設定を使ってる
・新台は3日目から高設定を入れてくる
・特定日の新台は弱い

とザックリとするとこんな感じ。



実は怪我をする前からこれらのホールは家から近いのでよく打ちに行ってたので、ある程度のクセは知っていました。


しかし、怪我をしていた間に店長や設定に関する人が変わっていたら対策されている可能性があったので、それらを再確認する必要があったからです。



そのため、再確認をしてみたのですが特に問題はなさそうでした。



そしてここからパチスロ生活が始まるのでした


パチスロ生活をしていた頃、何を打っていたのかはまた別の機会にお話をさせていただきます。

2 冷静になってパチスロ生活を引退する

パチスロを打っていることが面白くなくなりました。


今でも鮮明に覚えています。バジリスク2が人気で絆の稼働が全く無かった頃にひたすら絆を打っていた頃ですね。


この頃は2014年だから、広島県で土砂災害があった年。LINEか何かでそのニュースが流れ、自衛隊が派遣され救助に向かうという内容だったかな。



それを見ながらバジリスク絆を打っている自分が、生産性無いな〜と感じて冷めてしまいました。


その時は絆で4,000枚ぐらい出玉を出していたんですが


「俺、何やってんだろ・・・?」


と、思ってしまったんです。



当時を思い返しながらキーを叩いているのですが、確かにパチスロ生活をしていたという事実があるもののほとんど記憶に残っていません。



そのぐらい機会人間みたいになっていたんだな。



それからは貯メダルを全て精算してホールを後にしました。


次回、動画編集を勉強するの巻!



最後まで読んでいただきありがとうございました!
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