背番号3
目が覚めると腹筋の痛みですぐに起き上がることができなかった。
寝転がった状態のまま枕元に置いたスマホの電源をつけ、日付を確認する。
2月19日
ああついに終わってしまった。
喪失感と幸福感とたくさんのお守りでパンパンに膨れ上がった心を納めるため、深く息を吸い吐き出す。
楽しかったな。
小さくつぶやくのと同時にお腹の痛みの原因に気づく。
昨日笑いすぎたせいか。
とんだ大バカ幸福野郎である。
始まりはおよそ1年前。
3月18日
「ニチレイプレゼンツ……」
声が違う。
いつも通り聴こうとしたラジオがいつもと違う始まり方をした。
何かが起きる。
本能的にそう思った。
何も起こっていないかのようにWBC観戦に行った話をするラジオモンスター。
そこに状況が全く分かっていないまま連れてこられた後続。
「なんでニッポン放送の控え室にいたのに、今東京ドームにいるの?」
まさか。口角が上がり表情筋が強ばるのを感じた。
その後巨大ビジョンに映った文字を後続が読み上げ、その場にいたスタッフの謎の沈黙とは対照的に大きな声を上げてしまったのは言うまでもない。
ドームでラジオイベントってなんだ。
素直にそう思った。
東京ドームでのライブ開催が発表されてからは怒濤の日々だった。
宣伝シールの配布。
配布開始日、大学でSNSを見ているともらった報告が続々と上がっており、こんなにもファンがいたのかと衝撃を受けた。
あまりの勢いだったため、すぐになくなってしまうのではないかと不安になり2限の授業終了と同時に大学を飛び出し、ドームへと向かう。
「ドームライブ行きます!」と受付のお姉さんに言い、シールと「お待ちしています」という言葉をもらい、大学へと戻り3限を受けた。
そのシールをiPadに張り、カフェや図書館などで勉強と同時並行で宣伝に勤しんだ。
宣伝Tシャツ。
一見おしゃれなデザインにも見える表面とド派手に宣伝が書かれた裏面。
日常生活はもちろん、旅行先でも着用し、肌寒い季節となっても上に羽織ったりせず、ちゃんと背面が見えるよう心がけた。
この後の活動のユニフォームとなる。
アドトラック。
都内を走ると聞き、その地域に行き探していると聞き慣れた二人の声を発する大きなトラックとすれ違った。
せっかく見つけたからと写真を撮ろうとするも公道を走っているため、通り過ぎたり、他の車に被ってしまったりと苦戦を強いられる。
信号の前で待ち伏せてもタイミングが合わないと通り過ぎてしまい、また一周して帰ってくるのをラジオを聴きながら待った。
ドームが埋まるか不安を漏らしている彼らが少しでも安心できるようあちこち走り回った。
ただここであることに気づく。
シールを貰いに行けば平日にも関わらず列ができていて、町を歩いていれば同じTシャツを着た人がいて、アドトラックの写真を撮りに行けばその町にあまり馴染めていない恥ずかしそうにスマホを構える人がいて。
いや、同志兼好敵手多くない?
ラジオモンスターは埋まるか不安だとずっと言っているが、こちらとしてはチケットが取れるか不安になった。
いざチケット最速先行。
申し込んでしまったらその時点で自分のできることはなにもなく、ただ当落を待つのみになってしまうため、なかなか申し込むことができなかった。
締切2日前にその決心がつき、精一杯の善行を積み申し込んだ。
結果落選。ああ無情。頬が濡れる。
ただSNSにて落選者のあまりの多さ謎の安心感を覚える。
まぁまだ最速先行だし。
二次先行。落選。
三次先行。落選。
四次先行。落選。
一生で一番行きたいライブのチケットが取れない。
二次先行落選の時点で心が折れ始め、三次の時点では完全に折れていた。
一般発売日、ログインを済まし家の中で最も電波の良いであろう場所で戦うことを決意。
意地のステージ裏体感席奪取。
ドーム内に入れることが決まり、涙を流す。比喩とかではなくマジで。
2月18日
背番号3のユニフォームに身を包み、ドームへと向かう。
向かう電車が停まるたび、同じユニフォームを着た人が数人乗り込んでくる。
信じられない光景その1。
現地に着き、ドームへの坂道を登る。
そこにはラスタカラーの幟と大量の背番号3。
嘘だろ。みんな日々どこに隠れてるんだよ。
なんかもうこの時点で泣きそうだった。
信じられない光景その2。
その日は始め、15周年展に行きそれまでの歴史をさらった。
さらっている最中に気づいたのだが、ほぼ聞いたことのある内容である。
自分で思っている以上に長い期間好きなことに気がついた。
最後にメッセージを書く場所があったので、ここ数年ずっと思っていたことを書き残し会場を後にした。
その後はドームの回りをあちこち行き来し、写真をとにかくたくさん撮った。
いつも見ているドームが嘘みたいな環境となっていることに現実味を持たせるため、狂ったように写真を撮った。
周りを見渡せば老若男女幅広いファンがうじゃうじゃいる。
日常生活を送っている中でどうして出会わないのかというくらいいる。
今思えばあれは夢だったのかもしれない。
それくらい信じられない光景だった。
開場時間と同時に入り席に着いた。
ステージ裏体感席というだけあって、メインステージは一切見えないが、センターステージはバッチリ見える位置だった。
・・・
この後ライブの感想を書こうと思っていたがやめた。
どんなに自分の言葉を紡いでもきっとあの空間を表現することができない。
本当に良いものを見たときって「最高」っていう感想しかでないよね。というずるい言い方を今回ばかりは使わせてほしい。
ただ最高だった。
いや、最高にトゥースな時間だった。
私はきっとこの日を一生忘れないし、未来の子どもや孫にも話してしまうと思う。
今以上にちゃんと自分の言葉にできないことを悔やんだときはない。
「何年後になるか分からないけど、お互いトゥースだったらまたやろうよ」
その時はここに最高にトゥースな感想を紡ぎたい。
ミッフィーちゃん
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