伴走者

 心持ち寒い闇夜に紛れざあざあと雨が降っている中微かな違和感を感じている。
 黒いレインコートを着大きめのフードに眼が隠れるか隠れないかくらいの隙間からどこか虚ろな眼が覗いている。耳はフードに覆われ雨の音も大きく周りの音が聞こえ辛い。そんな中キーキーキーと音が聞こえてきてなんの音だろうと訝しむ。
 レインコートに雨粒がボトボトと当たり痛くはないのだが痛みを感じる。
 灰雨時生の自転車は悲鳴を上げていた。
 エス・オー・エスのサインであるがなんの措置もしてあげれることができず無情に自転車は悲鳴を上げ続け灰雨時生もなすすべがなくもってくれと祈りながら漕ぎ続けている。
 後ろからもキーキーキーと悲鳴が聞こえ後ろにも自転車がついてきているのだろうとただ思った。視界は暗く雨で顔がびちゃ濡れになりながら一本道を一定の速度で漕いでいる。五分くらい経ったのにまだキーキーキーと聞こえまだついてきている感覚がある。しつこいなと思った。
 眼の動きだけではフードで横が見えなく首を捻っても後ろなど見えない。雨が降っておりフードを脱ぐ訳にもいかないが後ろからずっと音がしており気になる。なん度も自分の自転車の悲鳴だよなと思うが確実に後ろからもう一つの悲鳴が聞こえる。
 後ろに悲鳴を上げている誰かがいる。
 灰雨時生も悲鳴を上げているが後ろの誰かも悲鳴を上げており自分で一杯一杯なのになんとかしなければならない。悲鳴を上げている者が悲鳴を上げている者を助けなければならない状況にある。灰雨時生は自分はどうなってもいいから後ろの誰かを助けようと思った。
 灰雨時生は死んでもいいと思い脳天に刀が振り下ろされる中兜を脱ぐ思いでレインコートのフードを脱ごうとしたが直前で死が怖くなり脱ぐことができなかった。
 闇が一層深まった気がし闇の濃度が濃くなる度に心も暗い気持ちになってくる。雨の冷たさが心身に堪える。ぶるっと一つ身震いした。黒いアスファルトを透かした透明な水溜まりが毒の池のように感じられた。
 自転車を漕ぐ足は途端に重くなり乳酸が溜まってきているのを感じ止まって休もうと思ったが目的地まで止まってはいけない気がした。止まった途端なにかが終わる気がして終わったら世界の終わりくらいのことのような気がした。こんな世界なら終わっていいと思ったがこんな世界にもいいところがありなんとかならないものかと思った。
 灰雨時生は他力本願の人間なのでなにもできないのだが気持ちだけは強くなんとかしたいと思っていて気持ちで世界を変えてやると行動に伴わない強い気持ちはあると思っている。
 雨が冷たく寒いが風は無風で雨脚は穏やかである。暗い景色に周りには外灯がぽつぽつあり僅かながらの救いのような気がした。闇に灯りがあるかないかでは大きく違い一点の灯りが希望であることもある。
 怖さを感じていたのだが温かみを感じ始めてきたのは同じ思いの人間が後ろにもいるというのを感じ始めたからだ。同じ境遇の同じ目的地にゆく仲間意識が芽生え始めたのかもしれない。悲鳴を上げている者同士連帯しこの状況を変えれるのではないか。第三者の助けが必要ではあるがまずは自分でなんとかしようとし更には後ろの仲間と力を合わせできる限りの最善の手を打ち仲間を拡大してゆきこの状況を喰い止めることができるかもしれない。神様が見てくれていてこりゃヤバいいよいよ動くかと重い腰を上げさせ怠惰だけど運命を変える力を持つ神様を味方につけれるよう心身で訴え続けなければならない。
 本当に神様はなかなか見つけてくれず動いてくれないのだけど神様だって忙しくて皆を見てられなくてすべてを掌握するなんて無理な話でだが分かるんだここぞというとき本当にここぞというとき神様は光り運命を変えて下さる。
 どことなしか周囲の闇が一段階だけ明度が上がった気がしてその光りは後方からのような気がした。後ろを見て確認したかったがまだ後ろを見てはいけない気がした。ただ心強い伴走者がいる気がした。
 すべての光が閉ざされ闇に覆われたとしても光が見える伴走者がいれば光の道を走ることができる。光りはそれぞれの光がありわたしの光があなたの光でありあなたの光がわたしの光である。闇の世界に入ってしまったとき光の伴走者が助けてくれる。わたしもあなたが闇になったとき光になる。あなたの伴走者になる。誰もが誰かの伴走者になり光の道しるべとなり伴に走ってゆくのだ。
 お互い悲鳴を上げているがなんとかしようという強い思いがあれば悲鳴を上げながらでも光ることができ伴走者になることができるのだ。底力というものがある。本当に世界の終わりで自分の命も終わるというときなのに人外の奇跡というのか人知を超えた神の力なのか訳の分からないしかしそれは真理人なのかもしれず結句一人の人の人かよと思うかもしれないが神のような人人のどん底のどん底のどん底で発揮される悲鳴を上げながらの決してあってはならないがその悲鳴力というものが実際的になんとかさせるのでありいわゆる奇跡というのが起こる。
 灰雨時生は奇跡を信じている。
 闇の明度がなん段階か上がってき黒から紺へ変わってきた。紺は濃い青であり青は地球の色だ。そもそも夜というのは黒ではなく紺なのだが今夜は闇のように真っ黒だった。ようやく紺になったということは通常というものを取り戻したのかもしれない。ピタッと雨が止んだ。夜空は黒から紺へ色を取り戻し今まで雨が降っていたのが嘘のように止まった。雨は神様の涙と喩えられることがあるがもしかしたらようやく神様が重い腰を上げ泣いていた理由が分かり気紛れかのように重要なことをようやくそっか運命変えちゃおとかいって今戦争を終わらせたのかもしれない。
 後ろから声が聞こえるような気がして今頃かよ遅せーよとフードを脱ぎ頭を捻り後ろを振り返り見ると誰もいなかった。

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