逃げ帰った。彼の目が怖かったからだ。カフェオレを飲み心を落ち着けた。テレビをつけた。野球中継がやっていた。巨人対中日だ。つけた瞬間に菅野からビシエドがホームランを打った。中日が逆転した。試合が動き出した。テレビをつける前までは投手戦だったのにテレビをつけたら試合が動き出した。まるで麻美の心の変化のように。
 一時間前彼に振られた。そのときの目が怖かった。人ではないと思った。振られたことは、その瞬間は苦しかったけど、今は振られてよかったと思っている。あの目はなかった。人を殺したときの目だ。
 今は心は落ち着いている。しかし、ビシエドのホームランが心のスイッチを押した。糞義雄め。あいつマジ糞。死ね。心が荒ぶってる。カフェオレ飲んでも落ち着かなくなってきた。本当に死んで欲しい。女は振られた男を許さない。
 風呂に入ろ。シャワーの温度を熱くして浴びる。泣いているのか泣いていないのかは分からない。石鹸を泡立てて顔を洗う。ツルツルになる。シャンプーで髪を洗う。よい匂いだ。癒される。ミシシッピ川って綺麗なのかな汚いのかな。髪を洗ってるときはよく分からないことを思いつく。
 水がきらきらしてる。水色に見える。チョロチョロという音と共にグルグル排水溝に吸い込まれて行く。排水溝には抜け毛が絡まり付いている。禿げてきたのかなと心配になる。赤黒い水垢が気になる。
 気がつくと公園のベンチにいた。振られた場所だ。
「来週もご飯行こ?」
「ごめんなさい」
「え、どいいうこと?」
「別れよう」
「え……」
「ごめんなさい」
「……分かりました」
 呆気なかった。一瞬、なんで、やだと思ったけど、本当に一瞬だった。直ぐに、こいつとはもういいや、分かったと了解していた。一寸肌寒かった。朝夜の気温差が大きい。夜の公園。誰もいない。暗い。少し風がある。むなしい気持ちになる。帰ってシャワー浴びよ。
 カフェオレを飲み心を落ち着けた。テレビをつけた。野球中継がやっていた。巨人対中日だ。中日が勝った。大野が完投した。中日ファンだから勝ったのは嬉しいことなのに余り嬉しくなかった。心が死んでる。振られたことはやっぱりショックだったのかもしれない。そりゃ振られたばかりだもんな。ショック受けない方がおかしいって。好きは好きだったんだもの。さっきお風呂入ったばっかなのに公園に行っちゃったりして。公園行けばやり直せるとでも思ったのかな。あんな簡単に分かりましたっていわなくて、別れたくないって粘ったら状況変わってたのかな。変わんないよ。別れようっていったんだ。別れようなんて簡単にいえない。決心したからいったんだ。ノリでいう程簡単な言葉じゃない。葛藤があっていったんだ。勇気をもって。だから粘っても意味ない。だからあっさり分かりましたと受け入れて正解だったんだ。
 風呂入ろ。シャワーは熱々。今度は泣いていない。二回目だからざっと流すだけ。パナマ運河って綺麗なのかな汚いのかな。シャワーしてるときは変なこと考える。
 義雄の馬鹿野郎。シャワー浴びたのに落ち着かない。荒ぶりが高まってる。カフェオレ飲も。ミルク多めにした。熱々のやつ。砂糖多め。落ち着く。やっぱりカフェオレはよい。義雄のこと忘れよ。あいつマジ糞だったけどよいとこもあったしな。許そ。いや許すもんか。殺したいんだった。考えるとイライラするから考えるのやめよ。
 窓が開いている。風が入ってくる。なんか緑色の風。色が見える。匂いもする。ミントの香り。外に出てみると公園の方から風が流れてきている。なんだろう。行ってみよう。ベンチに義雄がいた。なんか透き通ってる。薄い。
「義雄。どうしたの?」
「どうもしないよ。ただきてみただけ。麻美いるかなと思って」
「え、どうして?」
「実は謝りたいんだ。別れようといったのは嘘なんだ。本当はまだ付き合いたいんだ。許してください」
「いいよ。分かりました」
「ありがとう」
 星が見えた。結構多い。光ってる。数えてみた。十個はある。手が冷たい。義雄が手を繋いできた。なんか違う気がした。気持ち悪かった。でも振りほどけなかった。一人になりたかった。
「義雄やっぱ無理だわ」いってしまった。
「え、なんで?」
「なんか気持ち悪いんだ」
「え」
「一度別れようといっておいてやっぱり付き合おうだなんておかしい。私は都合のいい女じゃない。別れようといわれて分かったと答えてお終いだよ。戻れるわけないじゃん。そんな簡単に別れるなんていうなよ。いったからには意見変えるなよ。そういうところがお前糞なんだよ。分かってる。お前糞なんだよ。死ねって。マジ消えろって。お前と付き合っていいこと何もなかった。ずっと気持ち悪かった。しかも最後に手繋いできやがって。私が分かったっていったのはお前の純粋な気持ちがまだあると思ったからだよ。でも手繋いでくるって糞だよ。気持ち悪いよ。ほんと冷めたよ。体目的だろ。そういうのが一番嫌なんだよ。お前の付き合うはセックスしたいだけなんだよ。なめんなよ。私は女の前に人なんだよ。消えろ」
 義雄は消えた。星がきらめいている。

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