エンドレスリピート

 緑の空間で虚無の声が聞こえてきます。よく耳を澄ますと怖ろしい程の叫び声です。殆ど聞こえませんが。
 山から風が振り降ろしてきてひんやりとした涙が零れ落ちました。舐めるものがい、ペロと舐めます。味は無味でなんのために舐めるのか分かりません。
 怖ろしくなった正吉は見事なまでに笑いました。恐怖からくる笑いです。その途端に日が傾いてきました。きっと日の方も隠れたいのでしょう。
 えいやさ、えいやさ、と遠方から聞こえてきます。巨人の声です。巨人がお餅つきをしております。速いです。とても素早い動きのコンビネーションで、突く側と捏ねる側の阿吽の呼吸で、二人の巨人がお餅つきをしております。
 あっ、と呼吸が乱れ、タイミングがズレ手を打ちつけてしまいました。手は腫れてしまい、急いで氷を持ってきて冷やすと、腫れは一気に解消され、なんとかなりました。
 アクシデントに見舞われましたが事なきを得ました。しかし周りの人は見てしまいました。アクシデントなど見たくなかったのですが、見てしまったのは仕方がありません。
 その様子をスマホで撮っていた少年がいました。少年はその動画を繰り返し見たのしんでいます。少年は面白いと思いました。拡散しようと思ったけれどしませんでした。宝物だからです。自分の撮ったたった一つの動画は少年のものでした。誰にも見せませんでした。少年が大人になったときこの動画を再生し悦に浸りました。
 日が完全に沈み正吉は、はあ、と一つ溜息を吐きました。吐きたかったからではありません。ナチュラルなものでした。しかし意味はありません。疲れていたのでしょうか。溜息は理由もなく出ることがあり、理由を探ることにより、更に溜息が出るので、ただ溜息が出たと思っておけばよいのです。
 すると、正吉は再び笑いました。なにか可笑しかったのです。溜息一つにとっても理由を考えなければならないことに、すべてに意味があるのではないかと訝ることに、難癖をつけるわけではないですが、可笑しみを感じてしまったのです。なにが可笑しいんですかと誰かが突っ込もうなら、なんででしょうねえと答えるほかありません。
 美術館で一つの絵を見ました。絵のよさが分からないなりに分かろうとしよいの方へ持ってくる感覚です。よい絵は問答無用で迫ってくるのでしょうか。鑑賞者の力量不足だとは思わないのでしょうか。誰でも分かる絵を描けばよいといいますが、違います。絵に罪はありません。描かれた絵は破棄されます。燃やされます。残る絵と残らない絵の違いです。
 無数の残らない絵はどうなるのでしょうか。分かりません。どこかに残るのだとは思うのですが、それは貴方次第です。
 うっすらと光が差し込んできて、眩しさから一瞬眼を閉じました。お花畑が広がっていました。黄色い花が数多咲き誇っています。花はただあり、なにもいってきません。花ことばはエンドレスリピートです。
 苦り切った表情のおじいさんが、苦しゅうないと、ぼんやり呟いて、川が溢れんばかりの水量で、いや表情とことばがあってませんといっています。表情かことばかどちらを信じていいのか困惑していると、どちらも真実であると、花が咲きました。
 花の方から願い下げですと凄まれ絵の方がたじたじになったとき、鑑賞者はどちらの味方になるのかは興味深いですが、不思議とどちらにも味方がつき、愛でられます。しかし、寛容な態度が現れたときおじいさんは救われます。

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