ぐれいとぶっだぶりーず
ていねいにていねいに手を合わせているとそよ風が吹いてきた。気持ちがよくてあくびをした。ひよこが一羽横切った。
かわいいね。女の子がいった。
そっとひよこをつまみ上げ、なぜた。ぴよと鳴いた。ぴよきちと名づけた。
お家に帰り、お母さんにぴよきちを見せると、もう、そんなの拾ってきて、と怒られた。
かわいいからいいじゃん。
育てられるの?
分かんない。
分かんないなら、駄目。
川原にゆきひよこを置いてきた。ぴよきちはかなしかった。せっかく拾われて女の子のお家で暮らせると思ったのに、この仕打ちかよ。
ひよこは次のそよ風が吹くときを見計らって、今度は男の子の前を横切った。男の子の名はトオルといった。トオルはひよこを無視した。ひよこは愕然とした。ぴよきちは自分のかわいさに自信があり絶対に拾って貰えると思っていたのに。
実はトオルは眼が見えなかった。だからトオルは悪くない。やさしいこころを持った男の子だった。でもぴよきちはあの野郎と恨んだ。
すると男の子の眼がきらきらと輝き出し、なんと眼が見えるようになった。
あっ、ひよこだ! かわいい!
眼が見えて初めて見たものがひよこだった。親かと思い、お母さーんと呼びかけた。
ぴよ、とぴよきちは鳴いた。
なんか急になついてきて困惑し、さっきまでの恨みの気持ちが、ごめんに変わった。本当にごめん。この男の子はよい子だったんだ。
ぴよきちは辞去しようとすると男の子は親と思っているので後ろをついてきた。
ぴよきちがぴよと鳴くと、トオルもぴよと鳴いた。
女の子が名残惜しく川原に戻ってくると、ぴよきちがいて、後ろを男の子がついてきてる。
一体なに? 女の子はひとりごちた。
てくてくとぴよきちの方にゆき、ぴよきちにではなく、男の子に話しかけた。
なにしてるの?
ぴよ?
いや、ぴよじゃなくて。人語分かる?
マサミちゃん。
え、なんで名前分かるの!
だって一緒の小学校だもん。
もしかしてトオルくん?
うん。
トオルくんって眼が見えないんじゃなかったっけ?
なんか見えるようになったの!
え、よかったじゃん!
なんかこころの中に恨みの感情が流入してきて、ぴかと光ったら、急に見えるようになったんだ。
そんなことある?
分かんないけど。
ぴよきちがいたたまれない様子で二人の遣り取りを聞いていると、
こちら僕のお母さん。とトオルがひよこを紹介した。
お母さんじゃないよ! ぴよきちだよ。わたしが、ぴよって鳴いたからぴよきちって名づけたひよこだよ。私のお母さんに捨ててきなさいっていわれて、川原に置いてきたんだけど、名残惜しくて戻ってきたの。
え、マサミちゃんのお母さんが僕のお母さん捨ててきなさいっていったの! そんなあ、かわいそうだよ。
お母さんがお母さんを捨てるなんて考えられない。
だから、お母さんじゃないって、ぴよきちなの! ただのひよこ!
ひよこってなに?
ニワトリのヒナだよ。
かわいいね。
かわいいよね。なのに捨ててきなさいってうちのお母さんイカれてるでしょ。
ヤバいと思うよ。かなりイカれてる。
ぴよ、ぴよぴよぴよ!
ほら、ぴよきちもいってる。
ぴよきちはかわいさに自信があったからお母さんに捨ててきなさいっていわれていたことを知り、吃驚している、まさか俺が?
空を見ると青空。白い雲が流れている。川原の草むらが緑だ。川は透き通って透明。光が反射している。小魚がぴちと跳ねた。
二人と一羽はうたた寝しちゃった。ぽかぽか陽気で気持ちがよかった。
「ていねいにていねいに手を合わせているとそよ風が吹いてきた」
大仏が呟いた。
川原の横のひろい平地に不似合いな大仏が一体聳え立っている。大仏は手を合わせ念仏を唱えているような恰好である。
トオルとマサミとぴよきちは、こんなとこに大仏なんてあったっけ?と口を揃えて不審がっている。
夢?
トオルがマサミの頬をつまみマサミがぴよきちの頬をつまみぴよきちがトオルの頬をつつく。
痛い!
みんな声を揃えて痛がった。
夢じゃない。
大仏はぬっとしている。
ぴよきち、マサミ、トオル、大仏の背の順で一列に並んだ。
川の流れが止まり、空気がぴんと張り詰め、厳かな静まりが漂った。
みんな同じ落ち着きでゆったり構えた。
一時停止し、全員がシンクロし一糸乱れぬ泰然とした千手観音の動きで、ていねいにていねいに手を合わせた。
そよ風が吹いてきた。
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