Dr.レイシオと、アポロンの共通性 ~ギリシャ神話から見る彼のモチーフ~
本noteは「Dr.レイシオはギリシャ神話のアポロンをモチーフにしているのではないか?」という個人の疑問を基にモチーフについて考察したものです。
なお、本noteは一プレイヤーの解釈を基に考察したものに過ぎないこと、お遊びの一環であることはご留意ください。
また、2.2までに実装されたメインスト―リー、サブイベントやアチーブメントなどのネタバレ、及び独自考察を多々含みます。
ネタバレが嫌な方や苦手な方はブラウザバック推奨です。
以上のことが問題ないという方のみ、お進みください。
アポロンとは?
ギリシア神話に登場する男神。オリュンポス十二神の一柱であり、天空神にして主宰神ゼウスと女神レトの息子。狩りと月を司る処女神・アルテミスの兄弟神でもある。
彼は竪琴を携え、音楽、予言、医学の神として描かれているほか、光明神の性格を持つことから前5世紀には太陽神ヘーリオスと混同されて太陽神と認識された。またどこからでも的を射抜くという弓矢の神でもあった。
聖獣は狼、蛇、鹿。聖鳥は白鳥および、鴉、雄鶏、鷹、禿鷹。聖樹は月桂樹、オリーブ、棕櫚、御柳。蝉やイルカとも縁が深い。
フリードリヒ・ニーチェは『悲劇の誕生』という自著で、アポロンは理性をつかさどる神として、ディオニューソスと対照的な存在と考えている。
なおアポロンの予言は百発百中なのだが、その内容は非常に分かりにくいことが多かったため、捻くれている・斜めを意味する「ロクシアス」という別名を有する。
【人格/神格篇】
Dr.レイシオは八つの博士号を所有するドクターにして、学の神と称されるほどの博識学会の権威である。
さて、ギリシャ神話において学の神とされるのは大きく分けて三神。
まず一柱目が、戦争と知恵の神・アテナ。二柱目が商業と盗賊と科学(錬金術)の神・ヘルメス。そして三柱目が、今回のnoteでとりあげている学問と芸術の神・アポロン。
このうち、レイシオには衣装や処方箋、天賦にフクロウのモチーフが盛り込まれていることから、知恵、芸術、工芸、戦略を司り、梟を聖鳥とする女神アテナがモチーフのようにも考えられる。
が、アテナはあくまで知恵の女神であって医学の神ではない。ギリシャ神話において医学の神の側面があるのはアポロンとその息子・アスクレピオスが主である。
またレイシオにはアポロンのエピソードが盛り込まれたと思われるモチーフが確認できる一方、アテナの著名なエピソードとレイシオのモチーフに一致するものがない。
例えばアテナは「輝く瞳」という形容詞があるため、「灰色・青い瞳」「フクロウのような容姿」を持つものとされるが、レイシオの目の色は赤、ないし赤茶色である。
加えてアテナに関連性が深いオリーブや蛇を連想させる意匠もレイシオには入れられていない。このことを考えると、レイシオにアテナモチーフはないようにおもわれる。
なお、アテナはローマ神話の知恵の女神・ミネルヴァと同一視されている。このミネルヴァは医療・医術を司る神でもあった。
くわえて、ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲルが『法の哲学』の序文で、「ミネルヴァのふくろうは迫り来る黄昏に飛び立つ」と記されている。
つまりミネルヴァのフクロウとは”哲学”の換喩であり、哲学に関係性が深いレイシオの天賦・衣装に起用されるのも自然な流れと考えられる。
なお、カンパニー所属のMr.フク郎しかり、ピノコニーのグラークス教授(フクロウ教授)しかり、博識者にはフクロウのモチーフが投影されている。※いまのところ、天才クラブや博識学会にはない
哲学/philosophiaは古代ギリシャ語で「知恵を愛する」という意味である。また、古代ギリシアの哲学は、自然学(物理学)や数学を含む学問や学究的営為の総称であった。
このことを踏まえるに、【知恵を愛し学問を追求する賢者にはミネルヴァの梟のモチーフがある】が適当と考え、今回アテナ/ミネルヴァモチーフについては一切考えないものとする。
※ちなみに上記に挙げた梟モチーフはミスターフク郎以外、羽角(哺乳類の耳(耳介)のように突出した羽毛)が存在するため、厳密にはグラークス教授とレイシオは梟ではなくミミズクである
が、同会社が制作している夜梟座もミミズクである点を踏まえるに、そこまで違いが気にされていないらしい。
*博士号
レイシオは八つの博士号(生物学・医学・自然科学・哲学・数学・物理学・工学・計算機科学)を取得しているが
先述したようにギリシャ神話及びそれを読んだ後期の学者において、医学・数学・哲学神と認識されたのはアポロンであった。
*名前
ベリタス・レイシオの名前は、「真理」を意味するラテン語の『veritas』と、西洋中世哲学における重要概念「理性」を意味するラテン語の『ratio』からきているが、アポロンはニーチェの「悲劇の誕生」によって「理性」と定義されている。
(なおニーチェの言うアポロン的とは「光(太陽)」「個別化の原理」、境界線の維持(秩序・調和)、倫理的な神など)
*星魂
・3凸(己を知れ/"Know Thyself")
この元ネタは、古代ギリシャデルポイのアポロン神殿の入口に刻まれた古代ギリシアの格言「γνῶθι σεαυτόν」である。
プラトンの『プロタゴラス』によると、七賢人がアポロン神殿に集まって「汝自身を知れ」と「度を越すなかれ」という碑文を奉納した…とのことである。
・5凸(櫂なき舟に海は渡れず/Sic itur ad astra)
日本語訳の影響で分かりにくくなっているが、この「アド・アストラ」はウェルギリウスの叙事詩「アエネーイス」9巻の一節であり、アポロンが主人公アエネアスの息子アスカニウスを励ますための言葉である。
英語版に倣って訳するなら『困難を乗り越えて人々は星に――星神に至る』といったところか。
また、レイシオの戦闘スキル「産婆術」は、アポロン神殿で「ソクラテス以上に賢いものはいない」という託宣をされたことがきっかけで生まれた問答法が元ネタである。
ソクラテスは自ら以上に賢い人間がいないとは到底思えなかった。だからこそ他者と対話を行い、その矛盾を指摘し、真理へ近づく『問答法』を行うことで、自らがなぜそのように言われたのかについて答えを探し続けた。
他の1凸・2凸・4凸・6凸についてはアポロンとの関連性が確認できないが、レイシオの必殺技「三段階のパラドックス」はアリストテレスの三段論法が元ネタである。
アリストテレスはアテナイの東部郊外に所在したアポロン・リュケイオスの土地に学校を建てるなど、やはり古代ギリシャにおいてアポロンと哲学者の関係は切っても切れないものであった。
【外見篇】
*月桂樹
*頭の髪飾り→ファミ通の設定集によると「月桂樹の葉」
月桂冠……古代ギリシアでは月桂葉のついた若枝を編んで「月桂冠」とし、4大大祭の1つにして音楽と詩の創作コンテスト「ピュティア競技祭」の優勝者に与えた。
このため、月桂冠は勝利と栄光のシンボルとして、勝者や優秀な者達、そして大詩人の頭に被せられた。
ピュティア競技祭…古代ギリシアの大祭。デルポイに全ギリシアから市民が訪れて開催されたアポロン神の祭儀
アポロンによって葬られた、大地女神ガイアの代理、または女神自身とも考えられる大蛇ピュートーンに対する葬送儀祭が由来であるとされる。
ギリシャ神話:
恋心と性愛を司る神・エロスはあるとき、自分を揶揄ったアポロンへの報復に、美しい娘・ダプネに鉛の矢を、アポロンを金の矢で射た。
金の矢は相手に恋心を抱かせ、鉛の矢は相手に拒否感を覚えさせる。当然のごとくアポロンはダプネに恋に落ち、ダプネはアポロンを拒んだ。しかし何度拒まれてもアポロンはダプネを追い続ける。
逃げるダプネはついにペーネイオス河畔まで追い詰められてしまった。そこで彼女は求婚から逃れるべく、河神である父に自らの姿形を変えるよう頼んだ。父神はその願いを叶え、ダプネを月桂樹に変えた。
結果、失恋してしまったアポロンだが、それでもダプネへの思いは冷めず、彼女への永遠の愛の証として月桂樹の枝から月桂冠を作った。
以降、アポロンは常にその冠を身に着け、月桂樹を自らの聖樹としている。
*アカンサス(葉アザミ)
手首の装飾→ファミ通によるとアカンサス
アカンサス模様…古代ギリシア・ローマで流行した、西洋アザミがモチーフの模様。基本的にアカンサスの葉は建築物や内装のモチーフとして使用されてきたため、衣装・小物として用いられることはまれ。
ギリシャ神話:
アポロンからの寵愛を受けるも拒み続けた妖精がいた。彼女はあるときアポロンの顔に傷をつけてしまい、激怒した彼の手でアカンサスの花に変えられてしまった。
*サンダル
公式で明言されていないため、これに関しては可能性の話になるが、レイシオのこのサンダルはギリシャ神話由来の可能性が高い。
といっても、ギリシャ神話で一番有名なサンダル……ヘルメスの「タラリア」がモチーフ元ではないであろう
上記画像が示すように、ヘルメスのサンダルは有翼のサンダルである。一方のレイシオのサンダルには羽根を思わせる意匠が一切施されていない。
そのため、レイシオのサンダルのモチーフはヘルメスとは言えないだろう。(またこれによって、アテナと同様にレイシオにはヘルメスのモチーフが含まれている可能性が低いと考えられる)
であればこのサンダルはどこ由来か?
私はアポロン石像のサンダル……すなわちカリガがモチーフではないかと考えている。
さて古代ギリシャの中心・クレタ島から発祥したエーゲ文明での格闘技は、英霊を弔うための墓前競技として日常的に開催されていたが、その際の崇拝の対象となった神はアポロンであった。
このため、アポロン像は【戦いの象徴】として剣闘士やローマ軍が着用していた、装着性が高いカリガ (Caliga) と呼ばれる剣闘士用のサンダルが施されている。
上記リンクはバチカン美術館所蔵のベルヴェデーレのアポロンであるが、足元を見てみるとサンダルがどことなく似た形状をしている。
もっともこれに関しては公式での明言がないため、上二つと違い確証はないが…しかしここでもアポロン関係なのは留意しておきたい点である。
【アチーブメント篇】
さて、Dr.レイシオが関係するアチーブメントは2.2時点では五つある。
「天才は左、凡人は右」
宇宙ステーション「ヘルタ」の騒動を収める。※ 開拓クエスト・幕間「只人と神の栄冠」をクリアする。
「口論」
Dr.レイシオの秘技「偶像の誕生」で、1度で6体以上の敵を挑発する。
「飽きることなく人を滅ぼす」
一度の戦闘で、Dr.レイシオの天賦「我思う、故に我あり」の追加攻撃を連続4回発動する。
※中国版では「毁人不倦」であり、おそらく「誨人不倦」を踏襲している。
誨人不倦の意味は手を抜かずにしっかりと人を教え導くことで、「人を誨(おし)えて倦(う)まず」とも読む。
「難病の診断書」
封鎖部分でDr.レイシオのメモを全部集める。
「あらゆる真理は貨幣のように流通されるべき」
サポートキャラのDr.レイシオを使用し、戦闘に1回勝利する
このいずれもアポロンと関係する言葉はない。そのため、アポロンとレイシオにはやはり関連性がないように見える。
……が、実はアポロンと関係するアチーブメントが存在する。
それはアベンチュリンが主役ともいえる2.1のメインストーリーで追加された二つのアチーブ……「シビル、何が欲しい?」と「彼女は言った、僕は死ぬと」である。
*「Sibyl, What Do You Want?」
この二つはアベンチュリンの物語が終了するときに登場する。
「シビル、何が欲しい?」はカカワーシャの人生を見届けたとき――「すべての悲しい物語」を終了した時に公開され
「彼女は言った、僕は死ぬと」は特等席で、盛大な舞台の閉幕を鑑賞を終えたとき――十の石心・アベンチュリンを討伐した時に追加されるのだが……この二つの中国版、英語版のアチーブメント名を確認すると以下のようになる。
英「Sibyl, What Do You Want?」 / 中「西比尔,你要什么?」
英「She Replied, I Want to Die」 / 中「她答道,我要死亡」
見ての通り二つ目の方が明らかに日本語版とニュアンスが違っているのだが……
この文章はT・S・エリオット作の長編詩「荒地」の題辞と献辞の一文……かつ、その引用元の、ネロの寵臣・ペトロニウスによって書かれたと推定される、ネロ期の堕落した古代ローマを描いた小説『サテュリコン』の一文と一致している。
さて、クマエのシビルとは誰か?
彼女はアポロンが有する預言の巫女/シビルの一人で、レイシオの5凸で紹介したウェルギリウスの「アエネーイス」の主人公・アエネーイスに予言をした女性でもある。
彼女と太陽神の有名な逸話は、古代ローマの詩人・オウィディウスのギリシア神話集『変身物語』にさかのぼる。
かつて古代ギリシャにはクーマエという都市があった。そこで巫女をしていた女はある時、太陽神ポイボス(ギリシャ神話ではアポロン)に求婚された。しかし彼女はポイボスの愛に応えようとしない。
それに焦れたポイボスは彼女を何とか自分のものにしたいと考え、彼女にこう言った。
「クマエの乙女よ、何なりと好きなことを望みなさい。その願いは必ずかなえられる」
そこで巫女は片手に一杯の砂を掴んで差し出すと、この一握りの砂粒と同じ数だけの寿命が続くように願った。しかしその際に【その年数と同じだけの若さ(=不老)】をくださいと伝えるのを忘れていた。
そして、もしも自分の愛に応じるならば永遠の若さも与えようと考えていたポイボスの思いにも応えなかった。
そのため、彼女は一握りの砂粒……1000年の寿命しか与えられなかった。結果、彼女の体は老衰のためにすり減り、吹けば飛ぶくらいの重さしかないほどにしぼんでいった。
しかし『変身物語』の時点の彼女はまだ700年しか生きておらず、あと300年も寿命が残っている。死を迎えるころの自分はどうなっているだろう。その頃にはもう自分を愛したポイボスですら自分だとは気づくまい。いや愛された事実とて否定されるだろう……。
それでも、どれだけ老いて醜くなろうとも、声はきっと残っている……と彼女は預言した。
参考文献
この話をふくらませ、セミのように小さくなったシビルのことを書いたのが『サテュリコン』、そしてその『サテュリコン』を引用したのがT.S.エリオット作の詩集「荒地」である。
なおこの「荒地」は五篇の長編詩からなるのだが、そのうちの一つ「雷神の言葉(雷の言ったこと)」の文章が多々引用されている。
なお「荒地」にはボードレールの「悪の華」が引用されているが、その「悪の華」の一節がボスアベンチュリン戦のBGMにも使われている。
このため、アベンチュリンというキャラのモチーフに、「荒地」は欠かせないものと考えられる。
閑話休題。
さて、そんな「荒地」にも書かれたシビルの望みは「死にたい」なのだが、そんな風に死にたいと考えるシビルをそれでも生かし続けているのは彼女を愛したポイボス、またはアポロンの加護であるという点だ。
*「She Replied, I Want to Die」
彼女の体は老いてくたびれた。でもどんなに死を願っても死ねない。それは寿命が残っているから。
どうしてそんなに寿命があるのか。それは神様が彼女に命を与えたからだ。神様が彼女の命の終わりを先延ばしにした。だからシビルはどれだけ死にたくても生きるしかない。
黄泉に斬られたアベンチュリンも同様に、虚無の世界に落ちたあとにも心のどこかで死を望んでいた。しかし彼は黄泉に促されて処方箋を確認し、その中身を確認する。
「生きろ、幸運を祈る」。それは祈りの言葉であり、同時にレイシオからの明確なアベンチュリンの終わりを先延ばしにする言葉だ。
つまり、生きることが辛くてもう死にたくて、けれども生き続ける【アベンチュリン/シビル】と、そんな彼/彼女の苦しみを知りながらも天命が尽きる日まで死ぬことを許さない(望まない)【レイシオ/アポロン】という図とも考えられる。
【まとめ】
①レイシオは「学の神」の異名、医者としての側面、理性という名前、星魂や戦闘スキルにアポロンの発言の引用・重なる部分などがある。
②レイシオの外見の要素(月桂冠・アカンサス)は、アポロンのせいで植物にかわった女性のものである。
③メインストーリーでアベンチュリンがシビルにたとえられていたが、そうなれば彼を生かす処方箋となったレイシオはアポロンの立ち位置ではないか?
以上、三つの項目に分かれて「レイシオのモチーフにはアポロンが含まれているのではないか」という考察をしました。
実際に当たっているかどうかは知りませんが、今回は「その可能性が高い」という結論を持って本noteを終了します。
このnoteがスターレイルを楽しむにあたって一助になったのなら幸いです。それでは、よきスターレイルライフを。