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20220827 somnia

 夢を見た。いつもよりだいぶ変態な。

 祖母の家だと思うのだが、ありもしない部屋で子供を預かっていた。母と叔母と祖母は美容院に行ったらしい。私一人で子供の面倒を見ることになっていた。
 一人目は小学校低学年くらいの女の子だ。寡黙で、少し気難しい印象を受けた。けれど、その見た目は愛らしく、お人形遊びでもしそうな少女だった。
 彼女は祖母の用意した腰高の本棚に並んだ本から、読みたい本を二冊選んだ。
 一冊はシリーズものだ。何か別の小説の、細かな設定がずらりと並んだ所謂『公式ムック』のような本だった。
 覗き込んで、ギョッとした。ものすごく小さな文字が所狭しと並んでいた。あたかも辞書のようだった。
 しかし、彼女はパラパラと中身を見た後、顔を顰めて本を元の位置に戻した。
「面白くなかった? この小説読んでいたんでしょう?」
「面白くない。もう読んだことあるから」
 少女からすれば、目新しい情報はなかったらしい。
 ちらりと本棚のその本を見やると、彼女が手にしたものは1巻目だった。そのシリーズは三冊並んでいたけれど、連番ではない。1の横は5、その横には38と書かれた本が並んでいた。どうやら、38巻もあるらしい。
「こっちの方が面白い」
 彼女が手に取っていたもう一冊の本は、エーゲ海の白と青のコントラストが眩しい、街並みやインテリアの写真集だった。鮮やかな写真や、日本では見られないリゾート地の写真が面白く写ったのかもしれない。

 少女が帰った頃、母たちが帰ってきた。
 自慢のロングヘアを切ったらしい。母の髪が短くなっており、私はムッとした。
 それと言うのも、ところどころ切り損じのような、長い髪が残っていたのだ。
「切ってもらったんよ」
 母が言う。
「似合ってない。変」
 私はそう返した。

 その後、母たちはまた外出をした。再び、家には私一人となった。
 ややあって、一人の少年が部屋に来た。15歳くらいの、少し大きめの子供だ。
 彼は部屋の隅で何をするでもなく、ぼんやりと座っていた。腕には、古ぼけた小さなネズミのぬいぐるみが抱えられている。服は伸びきって皺くちゃで、黒髪は伸び放題、辛うじて前髪から覗く彼の目は疲れ切っていて、目の下にはクマが浮かんでいた。
 彼と対峙して、私は警戒心を顕にした。彼は厄介だから、倒さなければいけなかった。そう、認識していた。
 倒すにあたり、彼のことを本気で怒らせなければいけなかった。なぜそう思ったのかはわからないけれど。
 だから、彼の大事にしているネズミのぬいぐるみを引っ掴み、思いっきり床に叩きつけた。ネズミは少し跳ねた。
 狙い通り、彼は怒った。無言で、目つきだけで凄まれる。そのまま彼は何かを持ち出して、私に襲いかかってきた。
 初めは刃物に見えた。さすがにまずいと思いながら避けていると、その手に持っているものは刃物ではなく、折りたたみ式のコームだったことに気づいた。
 私は彼から逃げ回りながら、ネズミのぬいぐるみを引っ掴む。このぬいぐるみをもっと汚して、もっと彼を怒らせないといけない。
 私は自身のポケットに手を突っ込んで、印鑑を取り出した。押す時に蓋が開くタイプの印鑑だ。
 彼がぬいぐるみに注視していない時を見計らって、ぬいぐるみに印鑑を押す。これで、このぬいぐるみはさらに汚れたことになる。
 ついでに危険も回避しておこう。
 私は彼の持っていたコームに手を伸ばす。思いっきり掴んでから、捻った。コームの折りたたみ部分に負荷をかけると、パキッと割れた。
 そのままの勢いで、彼を手近な椅子に座らせる。
 彼はまだ怒っていたが、私は攻撃の手を緩めなかった。
「ねえ、モノ当てゲームしよう」
 そう言うや否や、持っていた印鑑を彼に投げた。彼は抵抗しなかった。
 抵抗しないのを良いことに、私は彼のダボついたズボンの裾を捲った。彼はギョッと驚いた顔をしたが、私は、
「大丈夫。見えないところにするから」
 投げ落ちた印鑑を拾い、彼の少し荒れたザラッとした肌に印鑑を押す。骨張った脛に、私の名前が印される。彼はビクリと身を捩った。
 ああ。可愛い。
 何度か印鑑を押したが、彼はその度にビクビクと身を捩る。けれど抵抗はしない。何かを訴えかけるような目で私を見るだけだ。
 ズボンの裾を正し、印鑑は側に置いて、私は彼の両頬に手を添える。何をするの、と言いたげな少年の目がこちらをじっと見つめていた。先程までの怒りはすっかり萎んでしまったようだ。
「ちょっと痛いかもしれないけど、我慢できるよね」
 私はそう言って、彼の左頬を軽く平手打ちした。
 彼は何が起こったのか分からず、目をパチパチと瞬かせる。頬はほんのりと赤く色づいていた。
 私は彼の打たれた左頬をさっと撫でた。
「痛かったよね。ごめんね。よく頑張ったね、偉いよ。もう少し頑張ろうね」
 微笑みかける。彼の瞳が一瞬潤んで光った。嬉しそうに見えた。
 頑張ろうね。
 そう言いながらまた平手打ちする。
 私も彼もこれで幸せだと、思った。

 目が覚めた。
 さすがに変態だなと、少し辟易しつつ。

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