JO1 Venus MV考察
考察結論
JO1のVenusはローマ・ギリシャ神話コンセプト
途中に出てくる楽園はエリュシオンをモデルにしている。
エリュシオンはギリシャ神話に登場する死後の楽園。
死者のなかでも生前正しい行ないをした者が死後に移り住むとされる世界である。
エリュシオンには白ポプラの木が茂っている。MV中ずっと舞っている花びらは白色ですね!
次点でキリスト教ベースの可能性もあるかな…とも思ったんですが、そうすると自ら命を絶ってはならないというキリスト教の教義的に純喜と祥生は地獄行きの可能性があるのではないか…?という結論にいたったので全員一緒に楽園にいて!!!😭😭の気持ちでやっぱり第一候補のギリシャ神話に落ち着きました笑笑
もちろん、花畑でいかにも楽園なのに実は地獄だったっていうのも思い込みを利用した叙述トリックみたいで文学的で良いですけどね…?でもそうするとMV最初の上を目指してる純喜が地獄から抜け出そうとしてる純喜になっちゃってつらすぎるじゃん?
いやでも待って純喜が上目指そうとして結局落ちるのこの花畑が地獄だと考えるとこの動きに辻褄があってしまう そんな そんなことする?!CJ やめて
「今すぐここから抜け出そう」もそういう歌詞に見えてきた
そう考えると「地獄に居るJO1がVenusからの愛を感じてかつ地獄に縛られながらも君の元へ抜け出そうとしているMV」になりますけど
え〜〜〜全体が一本筋通ってしまった 一回やめよう
一回楽園 楽園ですここは
◯EQUINOXの主題をみて思ったこと
主題
光と闇が完全に対峙する瞬間、
夢と現実の境界を破って進む。
私がこの主題を見て最初に持った感想
「ヘーゲルの弁証法だ!アウフヘーベンだ!!」
(↓読み飛ばして良い)
◯ヘーゲルとは
ドイツの哲学者
◯弁証法とは
矛盾を解決する為の考え方。
対立し合う両概念をぶつけあわせて肯定的な統一をはかる。
(光と闇が完全に対峙した瞬間、夢と現実の境界を破って進む→ぽくない?弁証法じゃない?)
◯アウフヘーベンとは
弁証法の考え方を表すための単語。
ドイツ語の単語。「廃棄する」と「保存する」という正反対の意味を持っている。
単語の存在自体が「正反対の概念を一つに統一する」という弁証法の考え方と似ている。
そのため、弁証法の考え方を一言で表す時にこの単語が使われるようになった。
日本語では止揚とか訳される。(止めると揚げるで反対だね)
(↑読みとばし 終わり)
◯天国とか楽園っぽい場所が出てくる。Venusはどんな世界観を前提にしている?
→ローマ・ギリシャ神話かキリスト教か仏教を前提としている。
「Venus」という文言から考えるとローマ・ギリシャ神話を前提としている。
EQUINOXの主題から考えるとローマ・ギリシャ神話、(ヘーゲルの考える)キリスト教、仏教などを前提としている。
◯“Venus”から考えるローマ・ギリシャ神話の世界線
Venusとは?:JO1の公式解答は「金星、女神」
ヴィーナスとは:ローマ神話に出てくる美と愛の女神。ギリシャ神話でいうアフロディテ。
よって、MV中の楽園っぽい場所はギリシャ神話の楽園エリュシオン等を前提にしていると考えられる。
◯EQUINOXの主題から考えるギリシャ神話、キリスト教、仏教の世界線
主題: (光と闇が完全に対峙する瞬間)夢と現実の境界を破って進む。
ヘーゲルによれば宗教は二種類ある。
上のテーマに沿って言えば、夢と現実の境界をそのままにする宗教とそのままにしないで破って進む宗教。
◯夢と現実の境界をそのままにする宗教はユダヤ教、イスラム教。
→これらの宗教は「あるべき理想である神の国」と「現にある現実である現世」を切り離している。
神は人間とは別の存在であり、人間には認識できない。
例)ユダヤ教:神の名前をあんま言うな。人間の姿として現れることも出来ない。だから偶像崇拝も禁止。
◯夢と現実の境界を破って進む宗教はギリシャ神話、ヘーゲルの考えるキリスト教、仏教。
→これらの宗教は「あるべき理想である神の国」と「現にある現実である現世」を切り離してはいない。
神は人間とは全く別の存在ではなく、人間にも認識できる。
神性と人間性を統一しようとする。
例)
ギリシャ神話:ギリシャ神話では「美へ理想化された人間」こそ神だと考えられた。
仏教:一は全、全は一
キリスト教:イエスキリストが誕生することにより神が受肉して人間化する。
人間は自分が神の似姿であると認識する。
神の似姿であるイエスキリストが一回死に、復活することによって人間が神格化する。
よって、夢と現実の境界を破って進むのはギリシャ神話、キリスト教、仏教。
以上より、ギリシャ神話だったらエリュシオン、キリスト教だったら天国・楽園、仏教だったら浄土。的な空間。
◯ちなみに豆知識
楽園という言葉の語源は庭園。
庭園を作るということは衣食住が足りた後、ただ美しさのために自然に文化を施すということ。
それが発展して楽園のイメージになったのではとのこと。
Safety Zone「秘密のParadise」は秘密の庭園…?!
◯VenusのMVについて
初見の感想:え…なんか…皆亡くなってない?死なないで!!!!!!泣泣泣(作品ですよ)
明らかにこの世とあの世を分けて描いていて、神話楽園コンセプトなんだ…ってなりました あと死なないで(二回目)
でももうバイク転倒が描かれちゃっているので腹を括りますか。よし。
でもなんか亡くなっていそうではあるもののストーリー的にはハッキリとは分からない。
これはおそらく、場所、衣装、時間軸が意図的に混ぜられているからな気がします。
MV最初が必ずしも時間軸一番最初ではないしMV最後が必ずしも時間軸一番最後ではない気がする。
また、同じ花畑にいる時も青白衣装の時と茶色衣装の時があります。どういうことだ?!と考えた結果恐らくこの世とあの世のグラデーションが分かった気がするので以下記します。
↑現実世界 この世より
紫の月がない場所 茶色衣装
紫の月がない場所 白衣装
(現実世界ここまで 生死の境始まり)
紫の月がある場所 茶色衣装
紫の月があるプール 白衣装
(生死の境終わり あの世入り)
花畑 茶色衣装
花畑 青白衣装
↓楽園 あの世より
理由
水面に手を伸ばす碧海は茶色衣装、水面隔てた楽園の碧海は青白衣装
純喜が自らバイクで楽園に乗り込んできた瞬間は皆茶色衣装 ということは時系列的には青白衣装の方が後なはず
バイクで転倒した與那城さんが元気に歩き出した時紫の月が出ている、紫の月が出ている間は生死の境目と考えて良いと思う
なので紫の月が出ていない時は現世、紫の月が出ている時はこの世からあの世に移動中、花畑はあの世なのでは
水面や鏡面は古来から伝統的にあの世とこの世の境目の役割を果たす
つまり水面に沈む時(祥生)と水面から上がる時(奨、豆)はあの世とこの世の境目を移動することを示している
あと一番最初は景瑚、一番最後は純喜だと思います。景瑚は最初一人で花畑で待ってるからね…泣く…
なんか嫌な考察結果になってしまいました…でも映像から考えたらこうなってしまって…
とりあえず今現実世界ではJO1が元気に生きてくれていることに感謝しながら終わろうと思います…ありがとうJO1…いつも最高のパフォーマンスと感動をありがとうJO1…JO1のおかげで毎日元気を貰ってます!!大好き!最高!なんでそんな歌上手いの!これからも大好きです!
以上!