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神田伯山新春連続読みレポート 千穐楽

新春連続読み『畔倉重四郎』2024に6日間通って感想を書く。6日間を駆け抜けて、ついに終わってしまった連続読み。例えば旅行の場合は1週間なら1週間丸々非日常であるが、連続読みは普通に続く日常の中に、毎日同じ時間に通い同じメンバーで集まって話を聴くという、日常から片足はみ出すような非日常だ。通うのはなかなか大変さもあるがこれのために日々生きられた実感も強く、物語が大団円となった充足感と寂しさがごちゃ混ぜになっている。この気持ちをここに残しておきたい。

奇妙院の悪事(上)(下)

奇妙院は自らの罪を重四郎に語る。ある若い女が病で亡くなってしまい、その女には同時期に病に罹っていたためその死に顔を見れなかった許婚がいた。その許婚を装って寺に行った悪党に、奇妙院も同行して墓から形見の簪を盗み出す。奇妙院はその悪党に毒を飲ませ川に流し、簪を持って女の両親のもとへ向かう。僧侶を装った奇妙院は両親に対し、女から伝言があると言う。父親は嘘と決めつけて聞こうとしないが、奇妙院が簪を出すと信用し、百十両を騙し取ることに成功する。ところが家に帰ると川に流したはずの悪党がいた。毒の量が足りず生きていたその男は奇妙院から百十両を奪い取る。これが奇妙院の罪の全貌であった。

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上下とある割に、重四郎に比べると大した罪ではなく、拍子抜けしてしまう。確かにこの場面はなくてもいいに違いないと思うが、奇妙院の欲深さが示されることで出獄後の行動に説得力が出るし、この奇妙院のショボさがあってこそ、畔倉重四郎の悪人ぶりが際立つのかもしれないとも思うのだった。

牢屋敷炎上

奇妙院の欲の深さに目をつけた重四郎は、奇妙院の罪を被り、埋めてきた千両の半分をやる代わりに牢屋敷に火を点けるよう頼んだ。牢を出た奇妙院は牢屋敷の風上にある長屋に住居を定め、ボロ売をして風が強く吹く日を待った。そして北西の風が吹き荒れるある日、長屋の奥さんから火種をもらうと、夜になるまで寝ようと奇妙院は寝転がる。寝返りの拍子に腕が火種に当たり、ボロ裂に引火すると、その中に油紙があって大きな火になり、長屋が燃える。着物に火の点いた奇妙院は材木屋の鉋屑に突っ込み、怒った材木屋が鋸で奇妙院の首を刎ね、首は勢いよくゴロゴロ転がっていった。そして重四郎は外へ出られることになる。

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すごい勢いで燃え広がる火が、語りの勢いで伝えられる。張り扇を落としたところの客席がワッと盛り上がるところも、燃え広がった火が一段と大きくなったみたいだった。奇妙院の死は残酷ではあるがなぜか心地よく笑える。こんな言い方も変だけど、らしさのある死に方だからだろう。

重四郎服罪

牢に戻る気などない重四郎は逃げて行く。城富は重四郎だけは逃がしてはならないと焦る。馬に乗った大岡越前守は物陰に隠れた重四郎に気づき、白石が捕まえる。越前守は重四郎の殺しの証拠品を揃えていくが、穀屋平兵衛殺しだけは証拠が見つからなかった。いずれにせよ死罪となる重四郎、最後の意地でそれだけはやっていないと言い出す。そこへ城富が、真の下手人見つけし時は大岡様の首をいただくという約束について語る。その約束が本当であることを越前守に確認した重四郎は、どうせ死ぬなら越前守を道連れにするのも悪くないと、とうとう罪を認める。越前守は実は生きていた杉戸屋富右衛門に城富を会わせ、親子は抱き合って喜びの涙を流す。

ところが重四郎は最後に高笑いをする。周りの者たちに言うことには、旨い酒を呑み抱きたい女を抱き殺したい者を殺し、太く短く生きた重四郎のことを、細く長くつまらない人生を送って老いたお前たちは今際の際に思い出すだろう、と。そして長い物語は幕を閉じる。

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最後は言うまでもない大団円で、でもなんだかあっけなかった。全ての罪を認めた重四郎の語りは、逆にほれぼれとしてしまうほど堂々としたもので、物語の中で彼の話を聞く者たちと、私たち現代の観客が重なるような不思議な錯覚を覚えた。今も昔も普通に生きていくことは一日一日大変で退屈で疲れるものだ。常識を超越して自由を謳歌し派手に散った重四郎は、善人には決して得られないものを得たと言えるのかもしれない。

でも、私は悪党になんかなりたくない。細く長く生きて、こんなふうに畔倉重四郎を聴いたりして退屈な日常を忘れる時間を時々持つ、地味で淡い色の幸せを散りばめた人生を送ってやる。

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