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アウトサイドを歩く話。


20年程前に警備員のバイトしていた時期がある。

警備員の毎日は、朝早く色んな場所に行き色んな人に会うオンザロードの日常である。

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普通の住宅街の他に、漫画の殺し屋イチのようなマンション隣のビル工事、歌舞伎町の組事務所前の新築、高級住宅地、山谷のど真ん中、怪奇現象で有名な公園、埋め立て地など行く場所は変わっていて刺激のある毎日だった。

変わった場所には変わった人しか来ないのもあり仕方なく警備員のバイトする人、カオス状況にハマってバイトをしている人と諸々いた。特に東京という場所の複雑さもあるのだろうが、法は守るが一般常識は通じない面白さもあった。

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長くバイトをしていたが、事故運というか危ない兆しが見え始めた所で辞めた。しかし過ごした日々により今の人格形成が成されたのは間違いない。問題といえば後々の仕事のキャリア形成には何の役にも経っていない点だ。会社等の面接では、あからさまに履歴書で馬鹿にされて、こき下ろしてこられるので他人には全然オススメできない。


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今は知らないが当時、警備員の仕事に入って来る人は親が建築関係か、延長の仕事をしているような最初から馴染みがある場合が多く、サラリーマンの子は少なかった。


工事現場の人は中に入るまでは最初怖い人ばかりかと思ったら、8割は優しい常識人でウチ1.5割はサイコパス、0.5割が本物の悪人という比率だったと思う。会社勤めだとほとんどがグレーな人間ばかりだが、現場の世界は白か黒の人しかなかった。そして事前に事故を予測するなど異常に勘が良い人が多かったのを記憶している。


「なんか歩いてて、ヒヤッとする場所あんだろ?ソコに気がつかないと事故に捕まる。先に気がつくと助かるんだ」

「黒い影を背負ってる人とは仲良くしないよ」

「ナイナイづくしは最後は命を取られる。家族とか、家とか、一番良いのは持ち歩きが軽いから知恵とかを持てば良いんだ。持てば助かる。」

「高所で作業すると、ふいに聞こえる声には答えてはいけない」

「団地で作業していると色が違って見える部屋があると報告する」

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休憩中に話していると、あまりにも独自の安全論がふいに語られる。普通に聞くと変な話でも現場という場所で人の話を否定する人はいない。東北からの出稼ぎも多かったからか地元の民俗的風習&都会の災い除けの独自禁忌も多かったように思う。工事現場も時に命に関わる状況があるので、道具の名前を渾名的な呼び方をするのもあるが厄除的なものだろうか。調べが浅くてそのあたりは全く不明だ。

井戸の祟る話、枇杷の木にまつわる迷信は個人単位でなく共通概念としてどこでも恐れられていたのもとても興味深い。

一緒に飲みに行けば、もっと深い話が聞けたのかも知れないが、誰ともそういう付き合いはしなかった。気の小さい己の興味の境界線がそこら辺なのは自覚があり、面白いが面倒で深入りは出来なかった。そこを越える探究心も無い。

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仕事柄、一日中同じ場所に立っているので人に話しかけられる事も多い。道を聞かれるのは日常茶飯事で、単に制服仕事に八つ当たりをぶつける人などさまざまだ。待ち時間が多い残土・ガラ出しの運転手と喋る事も多かった。タクシーもそうだが運転をする職業の人は、お喋り好きで話が上手な傾向があるように思う。


ホームレスもたまに話かけてくる。ホームレスでも自分の家を作って仲間がいるタイプは絶対来ないが、目の焦点が合ってないような限界ホームレスは禅問答のような問いを一言投げかけて来る事がある。そしてソレには必ず答えるのが、その時の自分ルールだった。

ある日『月は何で地球に落ちてこないんだ?』と聞かれたので、重力や引力を簡単に説明したら納得して『これからは安心して月を眺める』といって帰っていった。

知らないが故に(当人の探究心や、受けた教育とは別に)生まれでる変化球的感性は、普通に暮らしていたら辿り着かない場所にある。月が落ちてくるかも知れないのが心配で年月を過ごしたという彼のプリミティブな心情は、縄文人とも通じる感性なのかもと思ってグッとくるものがあった。

別の現場で、大きな墓地の自殺防止用の夜警など、そこに住み着いている家系ホームレスに簡単なお弁当を渡して仕事を手伝って貰う(広いので何か遭ったら報告させる)話も聞いた。年配の警備員はそういう人の使い方がとても上手だった。

色んな人を見て、ぶっ飛んでる話を聞いた毎日だった。コンクリートの街並みは皆んなでワイワイ言いながら造っていたのを知っているので、今でも全然無機質な感じは受けない。だが、人生けもの道を歩いているのだろうとは思っていた。

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戻りたいとは思わないが、今戻ってもあの時の刺激に満ちた面白さは無くなっている気がする。

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