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スライディングドア一枚の差で

昨晩勤務を終えて
書類を届けに福祉会事務所にチャリを走らせる

交換便とか大きな事業体だったらあるのかもしれないけど
ああ紙媒体もオワコンかなあ
吹けば飛ぶよな零細事業者は
何だってローテク自家発電
外注は辞書にないのだ

書類を渡すだけなら数秒のやり取りで
黙って帰路を急げばいいのだけど

互いの近況や
身体のこと
家族のこと
たわいもないことを
たわいもなくくっちゃべって
そうやって感情の澱を濾過するというか
流してなかったことにするのとは
ちょっと違うんだよな
なくなりはしないからやっぱり
けどちょっと脇においておくと言うか
バイクから降りたらヘルメット外すみたいな

そういう作業が感情労働で肉体労働といわれる
このお仕事を長く続けていく時に
意外と大事だったとお互いよく知っているのだと思う

ひとしきり言葉を交わしてじゃあと
踵を返して扉を締めて
サドルにまたがり右足をペダルに乗せたところで
ああと思い出して
もう一度扉をノックする

あのお
これ渡しておこうと思って

巣鴨の身代わり地蔵の小さな小さな御札

実は先輩職員は2週間の入院と自宅療養を経て
今週から職場復帰したばかり

周囲の誰もが
そんな働き方をしていたら倒れると確信していて
でもそういう風に働く人が何人かいないと
慢性的な人手不足で業務も支援も回らないから
思うばかりで心配するばかりで
倒れないでくれと都合よく祈るような
そんな矢先にやっぱりと
倒れた

私がくも膜下出血したときは
ふと明日にでも古い合格守を返しに行こうと思って
家中のお守りをかき集めて
カバンに入れて持っていたんです
七個ありました
そのカバンを持って救急搬送されたもんだから
期せずして学業成就担当の子達が
七人の小人くらいいて
えーやったことないよ病気平癒って
でも文句言いながらも助けてくれたんです

だから
あの
気休めかもしれないけど
もう倒れないように
身代わりになってくれますからと

先輩二人に御札を3枚ずつ配る

お互いに目が潤む

ありがとう赤毛さん

えへへ
こんなことしかできませんけど
自分の持ち場を離れないことしか

じゃ、また明日と再び踵を返して帰路を急ぐ

ああこんな時間からじゃご飯なんか作る気せんわと
道すがら持ち帰りずしで20%オフの巻物や握りをみつくろって
レジに並びふと横を見やれば

あ、信子さん

同じくお寿司屋さんの軒先に自転車を止める人に気づく

ゼロ歳児保育から小学校の6年間の合計12年間
一緒に二番目の子供の子育てしてきた
福祉業界の大先輩
彼女の上の息子さんがこの十日ほど危篤で
いよいよという日々を病院から自宅に引き取って
家族で看取りの日々を送っていると
子供同士が同級生なので、子供づてに聞いていて

そして日曜日に亡くなったと、水曜日が葬儀だと聞いていた

でも彼女からは直接の連絡はなかったので
静かに娘らと手を合わせてご冥福を祈っていた
いつか時が来て呼んでもらえたらお線香をあげに行こうねと

でも今日一日ずっと、お空にミマカル日だと思っていた
彼女がどんな気持ちで
自分の分身のようにして育て守ってきた命を
天に返すのかなんて、想像もできないと
思っていた

けれど、帰り道いくつか寄り道したせいで
ほんの少し何かがずれても会うことはできなかった
そのドンピシャのタイミングで
短く視線を交わらせて
言葉にならない言葉を交わすことができて

暖かくて優しい笑みを口元に彼女は浮かべていて

もう、手抜きしちゃおうと思ってって
残業して遅くなった時みたいなトーンでフフフと互いに笑って
ふたり持ち帰り寿司の袋を自転車の籠に乗せて
じゃあまたねと、左右に分かれた

目と喉の奥から感情があふれてきて止まらなかったけど
この感情にはなんと名前を付けて良いのかはわからない

整理できないどこに仕舞ってよいのかわからない
理解に追いつかない感情を引き摺って
こんまりみたいに分類出来たら世話ねえやと鼻をススリ上げて
身体が生きている間は
ただただ生きるんだと
お腹は空いたとグウとなったのを聞いた帰り道に




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