ランジャタイ国崎さん沼

ふとランジャタイの配信の切り抜きをYouTubeでクリックしたことがすべての始まりだった。伊藤さんの自論が展開されるのをよくわからない表情で静観したのち、冷たく突き放すというお笑いをみて笑ってしまった。

それからランジャタイに興味をもち、YouTubeに上がっている配信アーカイブ、動画などを狂ったように見始めた。2017年くらいから2024までの生配信のアーカイブをあらかたみてしまった。もう中毒である。

ランジャタイを知らない人、知っていてもいまいち刺さっていない人も大勢いると思う。私は文才が小学生レベルだが、とりあえず自分なりに魅力を説明したいと思う。

ランジャタイの漫才、トークなどは8~9割くらいを国崎さんのしゃべり、パフォーマンスで成り立たせている。
 この時点で漫才コンビとしては相当特殊な部類に入ると思う。そして国崎さんは総合的なお笑いの能力が高いと言われているだけあり、漫才だけでなく、落語(現代語で自作)、トークの全てがお金を払ってもみたいというプロの水準に達していると思う。
 そのくせ、テレビ番組などに出演すると、彼の性癖で同じことをずっと繰り返したりして”台無し”(一般の価値観では)にしてしまうのである。

つまり、国崎さんの底知れなさというところにまず私はハマってしまったのだと思う。
絶対にしたほうがいい食レポ。絶対にしないほうがいいくりかえし。
次また番組に呼ばれたいならしないほうがいいこと。先輩に怒られるかもしれないこと。

彼は全てに抗ってくる。命がけで。

ランジャタイの漫才で国崎さんは2ステージもやると袖ではクタクタになって、汗びっしょりになっているそうである。あれだけの運動量と精度で動いているのだからそうなって当たり前なのだ。
言葉だけのテクニックでは伝わらない何かを伝えるには、その運動量が必要なのかもしれない。もはや悲しいまでの賭け方が、なぜか笑いと満足感を与えてくれる。

文章を読むのが得意ではないという国崎さんの言葉は、彼のエッセイを読むと、「とても信じられない。」と誰もが思うはずだ。しかし、私にはなんとなくそれが分かった気がする。彼の文章は、他の人の文章を読んで蓄積されたものがでているわけではないからだ。彼自身の身体的な経験、つまりは音、色、空気、匂いなどが彼なりに文章の形をとって変換されているような感じだからである。

既に亡くなったさくらももこさんのエッセイを前に読んだことがあったが、国崎さんの文章はかなりそれに近いものを感じた。

・最後に、「へんなの」という国崎さんのエッセイは絶対に読んだほうがいい。彼のことを知らなくても絶対である。確か1600円くらいだったが、沼にハマった自分的には5000円でも安いくらいの内容だった。

・あとライブ!やるなら今しかねぇ第42回という名前で最近ランジャタイがツイキャスでやっていた1500円の有料トーク&漫才ライブなのだが、これも確実に1500円以上の価値があるのでみたほうがいい。アーカイブでぜひ。私は発見が遅れて42回からしか買えなかったことをすごく後悔しています。
ダイヤモンドが1500円なら絶対買うよね?そういうことです。

支離滅裂な文章になってしまったけれど、伝えたいのは国崎さんという存在が日本にいるってことです。

それでは。



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