「コモディティ」 「ジュリアーニ」『サブウェイ123 激突』:創作のためのボキャブラ講義32

本日のテーマ

題材1

「いいか? 俺がやりたいのは当日決済ってやつだ。コモディティ、つまり商品分かるだろ? 豚バラ肉、ゴールド、原油とか」
「いや……こんなこと言うのはなんだけど、話すのは私じゃないほうがいいと思う」
「いやあんたでいいあんたと話したい」

(本編15分ごろ)

意味1

コモディティ commodity
 一般的には「商品」を指す言葉。特に経済学においては完全または実質的に代替可能性を持つ経済的価値またはサービス。誰やどこがそれを生産したかに関係なく、同等またはほぼ同じ価値をもつ物として市場が扱うものということ。

題材2

「髪大丈夫か?」
「大丈夫です。コメントよろしいですね?」
「伝えることがあったらコメントするよ」
「リーダーシップが問われてるんです」
「もう市長選には出ない。大統領になろうってわけでもない。ジュリアーニの真似なんてする気はない!」
「身勝手じゃないですか? 一言で市民は安心するんです」

(本編46分ごろ)

意味2

ジュリアーニ
 おそらくルドルフ・ジュリアーニのこと。1994年から2001年までNY市長。2018年にトランプの顧問弁護士も務めた。


解説

作品解説

 ニューヨークの地下鉄、ベラム123が武装した集団に占拠された。地下鉄運行司令室で勤務していた主人公、ガーバーは偶然、ベラム123からの連絡を受け取ることとなる。無線越しに会話をするライダーと名乗った主犯とやり取りをしながら、車両に残った人質を救助するため奔走する緊迫の一時間が幕を開ける。

 原作はジョン・ゴーディの小説『サブウェイ・パニック』で同タイトルで1974年にも映画化されているようだ。今回紹介するのはデンゼル・ワシントンとジョン・トラボルタによる2009年版である。

 序盤から中盤にかけて、ガーバーや警察はライダーに振り回されながら、彼の言葉から背景を徐々に探っていくこととなる。告解や懺悔などの単語からライダーがカトリックなのではと疑い、また彼の言葉遣いに金融マンらしい知識や背景を見出していく。そのひとつが今回題材1となった「コモディティ」である。

 また題材2はNY市長と秘書のやり取り。本作はすべての登場人物がそうなのだが、みんなどこか抜けていて、一方でどこかで頭のキレが冴えるという一筋縄ではいかない魅力に満ちている。あと少しで任期満了、そしたら自由の身だと安穏とする市長に降りかかる今回の事態。ここでもライダーの要求した身代金一千万ドルは市長が即座に動かせる現金の限度額であることが判明するが、それを市長も秘書も知らなかったという点からライダーの素性が明らかになっていく。

 題材2の場面は交通司令室に向かう車の中での市長の台詞。彼の愛嬌とやる気の無さがよく分かるシーンだ。

一般的な用法と専門用語

 ライダーが「コモディティ」と発したとき、その意味を「商品」であると念押ししている。「コモディティ」という単語自体が交通司令官であるガーバーには聞き慣れないものである可能性があると、ライダー自身が想定していたのだろう。実際のところ、コモディティには一般的な用法として「商品」を指すが、経済の分野ではさらに込み入った意味合いがあるようだ。

 上記説明で記した「完全または実質的に代替可能性を持つ」とは誰が作ったのか分からないような状態として、という意味合いのようだ。つまりその豚バラ肉がアメリカ産だろうとイタリア産だろうと、同じ価値のものとして扱うということだ。こうした状態は特に原材料などで生じるようで、だから原油と豚バラ肉がライダーの言葉では同列に並べれているということなのだろう。

 言いたいことは分かるが、金や原油はともかく、豚バラ肉が産地やブランドに価値を左右されないことなんてあるのかな、という気がするので経済学は文系にはどうしてもピンとこない事が多い。経済学の分野では人間を感情的な判断を排し完全な情報を持って合理的に判断する存在として規定することもあるらしく、いやんなわけあるかい、みたいな状態が平然と前提になっていたりする。本当に上手く回るのこれ?

 ……という経済学的な思考を極端にキャラクターの性格に反映させたのが実は『幼女戦記』だったりもするわけだ。

世界の市長

 さて作中NY市長が引き合いに出したジュリアーニなる人物は、おそらく現実にNY市長だったルドルフ・ジュリアーニだろうと思われる。凶悪事件を撲滅し治安回復に務めた功績があるようで、作中で引き合いに出されたのもこの辺の流れがあるだろう。ちなみに「割れ窓理論」を導入した市長もこの人らしい。

 また2001年の9・11同時多発テロの際には時の大統領ブッシュとともにテロとの戦いを宣言したともされている。作中でライダーの犯行が「テロリズム」と表現されることもあるため、こちらも意識して引用されたのだろう。

 ちなみにこうした功績から「世界の市長」という評され方もするらしい。アメリカはなんでも自国のことが世界になるな……。ところが「ワールド・メイヤー」と呼ばれる市長を称える賞が2004年からあるらしい。こちらはアメリカ人の受賞はないので無関係であるが。

 ところでジュリアーニはトランプ元大統領を選挙戦闘時から支援し、2018年からは顧問弁護士グループに入っていたようだ。バイデン大統領との選挙戦時、ウクライナ大統領にバイデンや周辺人物の不利な証拠を見つけるよう圧力をかけたという。その後トランプが選挙戦に敗北した後、不正選挙と言い募り最終的にあの議事堂襲撃事件へと発展していく。

 これらの事態が重なり、最終的に弁護士資格の停止もされているという。世界の市長の散々たる凋落だが、市長時代から主として治安維持政策による警察の動きによってマイノリティが人権を侵害されたという訴えもあったようだ。その最大のものがアマドゥ・ディアロの誤射事件という。

作品情報

『サブウェイ123 激突』(2009年製作)


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