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「或る方」一人のために 1話

お別れ

1週間後に、「或る方」は
6年間生活したグループホームを退去して
特別養護老人ホームにお引越しをします。

わたしは、何年間も
その「或る方」一人の為だけに仕事をしていました
そう言っても言い過ぎではないと思います。
ちょっとキモいのですが…


出会った頃、「或る方」は自分の意にそぐわない事があると
気絶してしまう癖がありました。
理由はわかりません。
でも気を失ってしまうのです。
演技でもなんでもなく、
本当に気を失ってしまいます。


「或る方」は、私がホーム長になってから2人目にホームに招き入れた方です。
ホームから歩いて10分程のところに面接に行くと、
団地の1室でスリッパを出して私を迎えてくれました。
「或る方」は
電気ポットのボタンを解除して
上手にお湯を急須に注ぎお茶を淹れてくれました。
淹れてくれたお茶をすすりながら、
私と娘さんと「或る方」でお茶をしました。


それからまもなくして、「或る方」はホームにお引越ししてくることになります。
ホームに入るにあたり、
娘さんと私で
「まだ一人で暮らせる」
と渋る「或る方」に
ここに住んでいるのと同じ生活ができる
とお約束をしました。

私の理想

当時、
ホームに入っても
お家でやっていた事を継続して生活してもらう
を理想としていました。
理想と言ったのは、
当時、わたしの理想とホームの現実はものすごくかけ離れていたからです。

現実は
と言うと

包丁は危険だからと使わせない
調理は野菜を手でちぎる等の(生活歴を無視した)やらせる調理
洗濯物はバルコニーに出て干したりはさせずに
畳むのみ
の様な
危険なことや
面倒臭いことは

やらせない
を基本としつつ

職員が見守りできる事を条件として
全員一律に
順番で並ばせて
皿洗いをさせたり
掃除機を掛けさせたり
していました。

職員が管理できることはやらせて
管理できない・理解できないものはやらせない
というスタンスです。


理想に燃える新米ホーム長であるわたしはやるしかありません。
「或る方」が「おうち」だと思えるようにする
そっと独りそう誓いました。


続く…




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