見出し画像

なぜ食べないんだろう

はじめに

高齢者介護に携わっていると、食事を食べないご利用者に出会う事があります。特養で介護士をしていた時に、ある出来事がきっかけで「食べない」という事を考えさせられました。そのお話をしようと思います。

なぜ食べないんだろう?

森田(仮名)さんは、70歳代の女性の方で左麻痺がある方でした。麻痺側はダラーんとしていて上肢も下肢も全く動かすことはできません。認知症はほぼない状態で意思の疎通はしっかりできます。私が話しかけるとしっかりと頷いたり首を振ったりして答えてくれます。涎が垂れてしまい話しづらそうですがしっかりと話すこともできます。ただ、自分から何かを伝えようとか、何かをしよう、という意思を示すことはありません。

その森田さんは、食事をほんの少ししか食べないのです。食事形態はミキサー食(食事をミキサーにかけてドロドロにしたもの)で、スプーンで召し上がります。自分で麻痺していない側の手を使って食べるのですが、一口か二口食べるとスプーンを置いてしまい、もうそれ以上は食べようとしません。

調子が悪いのか、と熱を測ってもいつも通りです。便秘という訳でもありません。私も職員たちもどうにか食べて欲しいと思い、「食べませんか」と声を掛けたり、ご飯を(ミキサー食よりもおいしい)粥にしたりして少しでもおいしく食べてもらおうとするのですがやっぱり食べてくれません。職員が食事をスプーンで口元に運んでも、首を振って受け付けません。

老健から私たちの特養に入居されたのですが、最初からこんなご様子です。明らかに本人の意思なので仕方がないと思いつつもやっぱり「食べてくれたらなぁ」と思いながら森田さんに接していました。そんな日々が続いていたある日にこんなことがありました。

ある朝の出来事

その日は、私の夜勤の日で、朝の起床介助をしていました。森田さんを起こそうとベットに行くと森田さんの表情がいつもと違います。見た瞬間から明らかに違うのです。朝の挨拶をするといつもは何もしゃべらないで頷くだけのところが、微笑みながら、

 「おはようございます。今何時ですか?」「もうすぐご飯ですか」

と言うのです。起きてからも

 「娘はどこですか。あの子はね…」「旦那はいつも遅いんです…」

と饒舌でいろいろと話してくれます。しかも微笑をたたえながらです。

そしてご飯が来たら右手を上手に使い全部ぺろりと食べてしまいました。これにはビックリで朝に出勤して来た早番の職員も驚いていました。

この姿を見て欲しいとご家族に連絡しようと思っていたのですが、この状態は長くは続きませんでした。朝食が終わった頃にはいつもの森田さんに戻っていました。話しかけても頷くだけです。

突然元気になってまた戻るというまるでファンタジーのような話です。もしファンタジーなら交代で夜勤に入っているただの職員である私の前ではなく、ご家族のような大切な人の前で起きるべきです。その方がどれだけよかったか、と思います。

食べない理由とは

早番の職員とこの現象がなぜ起きたのかを検証しました。
二人の意見は

今の自分の置かれている状況をその時だけ忘れたんだろう

という事で一致しました。

つまり

脳梗塞で身体に麻痺が残り、今は特養に入っていて、麻痺から左半身が使えず口から涎が垂れて…等のもろもろの状況を、その時だけは忘れた

という事です。一過性の「せん妄」というものらしいです。

その後、娘さんにその様子や話している内容をお伝えしたら、明るい様子も話した内容も昔の母そのものと言うのです。昔と同じだっとという事は、せん妄で違う自分が出てきたと考えるよりも、一時的に今の状況を忘れてしまったと考える方が辻褄が合うとも思います。

その森田さんの一時的な様子を見て、

今の自分の状況が辛い

今の状況を受け止めている訳ではない 

と痛感しました。

麻痺が残り、身体的にも環境的にも今までの自分と違う状況で「生きる」という事は本当に辛い事なんだな…と。

反省

私は、こんな当たり前の事に気付いていませんでした。私たち介護職は、利用者さんと要介護状態になってから出会います。出会った時から「麻痺の人」という状態で出会います。だから、頭ではわかっているつもりでも、それが当たり前と思ってしまっていました。その方の心情までは理解しようとはしていませんでした。

どうかかわるべきか

なぜ「食べないのか?」の理由は色々あると思いますが、介護を受ける状態になった方が「食べない」理由のひとつには、

本人が自分の置かれている状態で
「もう生きたくない」「自分なんてどうでもいい」
と思っている事があると思います。

その事があってから、私は「食べさせる事」に重きを置くのをやめました。
利用者さんの立場で考えると「食べる」事ばかり勧めてくる職員ってすごく心がないように思える、と思えたからです。

それよりも
少しでも「生きたい」と思えるように
普通に自分らしく居れる
場所や関係性を創る事を大切にしたいと思っています。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?