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ちいかわの楽しみ方

ちいかわの人気が高まったり、ちいかわ予備校ツイートが話題になったりしたため、ちいかわ有識者である僕のところへ「ちいかわは何が面白いんですか?」「ちいかわをボコボコにしたいんですけど」「ちいかわにいくら使ったんですか?」「東京駅には何回行ったんですか?」といろんな声が届くのですが、それにまとめて答える意味でちいかわについての私見をここでまとめておきたい。

1.ちいかわとは何か?(キャラ紹介)

ちいかわとは、自分ツッコミくまで知られるイラストレーター・ナガノさんがツイッター(https://twitter.com/ngnchiikawa)で連載している漫画であり、2021年2月12日に単行本1巻が発売された今をときめく人気漫画です。ちいかわはコミックスの副題にもなっている「なんか小さくてかわいいやつ」の略称であると同時に主人公である白熊(?)の名前でもあります。(実は白熊ではなくネズミであることが2021/5/1の記事で明らかになりました。)

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ちいかわは初期は、ナガノさんのなんか小さくてかわいいやつになって暮らしたいという赤ちゃん返り、幼児返り願望を具現化したキャラクターでしたのが、後述するハチワレの登場を経て、友達のためにわが身を顧みず危険に挑むキャラクターに成長しました。言葉はあまりしゃべりませんが、ハチワレがチャルメラをチャ「リ」メラと言っていたのを「チャル…」「ル!」と間違いを指摘したり、ヨロイさんにパジャマのお礼の手紙を出したり、懸賞のはがきを出したりしているので、言語認識能力や文字を書く能力はあるようです。草むしり検定5級に2回不合格。家やすき焼きを懸賞で当てた豪運。

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ハチワレはハチワレ猫のキャラクターです。後発キャラですが一番人気です。主要キャラで唯一言葉をしゃべります。ハチワレの登場によってちいかわの物語は大きく変質したのは間違いありません。「はじめに言葉があった。言葉は神とともにあった」は聖書の一節ですが、ハチワレの登場により、言葉によるコミュニケーションや言葉による表現が生まれ、ただただかわいくヤダヤダして暮らしたかったちいかわが、資本主義経済や受験の世界にいやおうなく巻き込まれて、いや違うな、むしろ主体的に立ち向かっていくことになるのです。ハチワレの話に戻ると、猫のしぐさや毛玉吐きのアクションなどナガノさんの飼い猫観察がめちゃフィードバックされています。洞窟で暮らしながら、古本の問題集を買って勉強して草むしり検定5級に合格した努力家です。試験に落ちたちいかわのことを考えて悲しい顔で5級の合格証に写った友達想いでもあります。

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うさぎは「ハァ?」とか「ヤハ」とか決まった言葉しかしゃべらないお調子者です。ひそかに草むしり検定3級を取得している天才肌でもあります。ハチワレ登場後はハチワレの使い勝手の良さから出演頻度はハチワレに次ぎますが、よきムードメーカーです。

2.ちいかわをもう一歩深めて楽しむ

ちいかわは日常系ほのぼの漫画だと思っていませんか?それは半分正解で半分間違いです。確かにちいかわやハチワレたちはかわいい。それを愛でるだけで十分楽しい。それはわかります。しかしそれだけではちいかわを100%楽しんだことにはなりません。それだけにはとどまらない要素を作者のナガノさんが所々に配置しているのをよく観察すれば、より深くちいかわワールドを楽しめることになるはずです。

2-1 スリル・ショック・サスペンス

ちいかわたちの世界は割と危険に満ち溢れています。死・暴力・捕食といった不穏な要素です。ハチワレが穴に落ちて脱出することができなくなったり、三ツ星レストランでちいかわとハチワレがトルティーヤ巻きにされて食べられそうになったり、ちいかわたち3人組が人形に封じ込められて元の体を魔法使いに持っていかれそうになったり、擬態系に殺されかけたり。

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ナガノさんはインタビューでもキャラクターへの厳しい描写を厭わない姿勢を述べています。

あまり深い意味はないのですが、カマキリのメスがオスを食べてしまう、みたいな生き物ならではの容赦のなさが好きなところがあるので、そういった生き物らしさを描きたい気持ちがあるのかも知れません。
何かメッセージを伝えたかったり、重いテーマを描いているというよりは、何かが起こった時の反応や表情を描きたいという気持ちの方が強いです!
『もぐらコロッケ』作者インタビュー 可愛くも不条理な“ナガノ“ワールドより

もぐらコロッケシリーズでも、音楽性の違いから群れを離れたもぐらコロッケが悪いやつらにそそのかされてヤクザの鉄砲玉になる話や、海へのあこがれを抱いたもぐらコロッケが魚の半身を移植する改造手術を受けて海を泳ぐものの海の生き物たちになじめず元の体に戻ろうとしたところ元には戻れず下半身がフライになった話(これは夢をもって都会に出た女の子が風呂に沈められて性病や不妊になった話に読み取れなくもありません)など、かわいいキャラでありながらハードコアなストーリーをきっちり描いていたので、本作品でもこれまで以上のハードな展開があるかもしれません。ちいかわをいじめたいとか虐待したいという声も一部界隈から聞こえますが、実は作者がちいかわ虐待最大手だということはなかなか知られていません。ちいかわ読者は試されているのです。僕らにできることはただ覚悟を決めることだけです。

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2-2 SFとしてのちいかわ

ちいかわの世界観は明示的に示されてはいません。なので漫画で示された要素から推測していくしかありません。ただどうも人間は出てこない(鎧は出てくるが鎧の中身が人間かどうかは不明)とか穴や亀裂が放置されているとか壊れかけのスピーカーから流れるBelieve(これも「生き物地球紀行」のテーマソングなのでかわいい動物の子供=ちいかわが厳しい自然の中で生き抜いていくというコンセプトを暗示してるのかもしれません)とか文明が断片的に残っているところを見ると、どうも核戦争か何かで人類が滅亡した後の世界なのではないか?とも思えます。そう考えるとちいかわはかわいいオブラートに包まれて描かれた北斗の拳と言えるでしょう。(言えない)

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そして「ちいかわ」=なんか小さくてかわいいやつと対比される存在「でかつよ」=なんかでかくて強いやつ。ちいかわたちの生命を脅かす存在ですが、後述するモモンガ問題にもかかわってきます。「ちいかわ」と「でかつよ」の対比で想起するのは古典SFのウェルズ「タイム・マシン」です。遠い未来にタイムスリップしてしまった主人公は、資本家階級の成れの果てである小さくてかわいいやつ(イーロイ)を労働者階級の成れの果てであるでかくて強いやつ(モーロック)から守るために奮闘するという筋書きですが、もしかしたらそのあたりから着想を得ているかもしれません。なおウェルズのタイム・マシンでは小さくてかわいいやつは最後死…(おいやめろ!)

2-3 社会を描くちいかわ

ナガノさんは45万フォロワーを擁しながら自分の意見や主張をツイートしない聖人でマジありがたい限りです。そういった主張で無用のファンの分断や争いが生まれてしまうのはとても悲しいことですし、ちいかわ予備校ツイートが流れてSNSが荒れ具合になったときもご本尊が一切静観に徹したことはとても我慢強く勇気のいることだったと思います。この場を借りて感謝を申し上げます。アリアナ・グランデが多くのシンガーが自らの主張を言葉で語る中で曲とPVで自分の主張を語ったように、ナガノさんは漫画で社会を描いて主張しているのではないか、と思います。

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ハチワレになんとかバニアの人形を買ってあげようと思ったちいかわ。日雇いの労働に身を投じ、お金を稼ぐことに邁進するちいかわ。労働の後のコーヒー。かわいいだけで生きられた時代は終わり、かわいくても働かなくては生きられなくなったちいかわ。誰かが言ってましたが、ナガノさんの身近な小さい子(ちいかわのモデル)がだんだん成長したのかな?とも思わせる表現です。あずまきよひこの「よつばと!」でも似たようなことは言われてましたが。お金を稼ぐには資格がいる。資格を取るには試験を受ける。SNSでは過剰反応がありましたが、試験に落ちるというのもナガノさんが描きたいかわいい子たちに降りかかる理不尽であると同時に社会の洗礼でもあります。言葉をしゃべれば褒められて、歩けば褒められて、歌を歌えば褒められた時代は長くは続きません。成長すればそれはいつしか当たり前になり、自分が何ができるのかを問われることになります。ちいかわはそんな幼年期の終わり、かわいいだけでは生きていけない局面を描いているのではないでしょうか。

2-4 ルッキズムを問うモモンガ

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ちいかわのキャラクターの中で異色の存在がモモンガです。モモンガは元はでかつよで何らかの方法でモモンガと姿かたちが入れ替わったようです。ややこしいので今のモモンガを現モモンガ、今はでかつよの姿になっている方を元モモンガとしましょうか。かわいい存在になりたかった現モモンガはかわいい仕草や行動を繰り返しますが相手にされません。これは整形美人や女装レイヤーのような本物よりも本物でありたいと願う願望にも見えます。小さくてかわいいの本質は見た目なのか、中身なのか、フェイクは本物になれるのか?この現モモンガがちいかわたちとどう関わっていき、受け入れられるのかどうかや、元の体を失ってでかつよになってしまった元モモンガはどうなるのかといったこのテーマの描き方は今後のストーリーの肝だと思います。

2-5 ちいかわとマクルーハン

マクルーハンのメディア論に「メディアはメッセージである」という主張、つまりテレビなのかラジオなのか本なのか対面なのか、その手段も含めてメッセージであるというのがあります。告白は対面で、別れ話はLINEでやれ、みたいなアレです。ちいかわもそれを下敷きにした表現があります。草むしり検定の試験から結果発表までを待たせたのはSNSというメディアの特性(共時性)をうまく使ったなという気がします。ちなみにSNSのメディアの特性を一番うまく使ったのは「100日後に死ぬワニ」でした。(だからあれをそのまま書籍にしてもただの駄作になってしまいました)ちいかわのコミックスはもともと書籍展開を考えていたからか構成は問題なかったんですが、特装版の絵本は絵本としては文字が多すぎたり、読み聞かせのリズムになってなくて実用性に欠けるので、次回も絵本が付く場合はそのあたりメディア特性を加味して作っていただけるとありがたいです。

2-6 キメラ

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こんな理不尽な話が唐突にぶっ込まれてくる不穏さ。打ち切られるジャンプ漫画かよ!しかもキメラはこの話にしか出てきてないという。(それでいてグッズに集合してたりする)このキメラはちいかわの友達なのか?未来からやってきたキメラにされたハチワレなのか?ちいかわたちは何者かにキメラにされてしまうことがある世界なのか?と疑問は尽きないが、誰も答えることのないまま物語は続いていきます。こういう不気味さもちいかわの魅力です。

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3.ともあれちいかわはいいぞ

最後はこれにつきます。ちいかわはかわいい話でもあり、熱い友情の話でもあり、ハードSFでもあり、バトル漫画でもあり、強いていうなら全部盛りラーメンであり、それぞれの感想は「群盲象を撫でる」みたいなところがあります。ちいかわをちょっと頭の足りない浪人生と思うも、小さい赤ちゃんや幼児に思うも、かわいい生き物だと思うも、西成の日雇い労働者のその日暮らしと思うも、それは読者にゆだねられています。しかしちいかわに何を見るかが自分の価値観を映し出す鏡になってたりしないかな?とそこにもおもしろみを感じます。ともあれ、ちいかわは日常系に見せかけたストーリー漫画なのでキャラクターや世界観を積み重ねていった上で読むのと単発で1話だけ読むのでは理解度が違います。コミックも出たところなので一度読んでみてはいかがでしょうか?【PR】



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