とあるタワマンの査定の話

電話が鳴る。「はい、はい、あー難しい物件?やってますが。はあ、自殺。親御さんが後始末に来て、売りに出すので査定を。はい、はい。場所は――」

「まず隗より始めよ」ということわざがある。確か死んだ馬を高値で買ったら評判となって各地の名馬の情報が集まったという話だが、事故物件や再建不可をやっているとキワモノ好きの不動産屋と思われてそんな物件ばかり持ち込まれてくる。現実は名馬の情報ではなく死んだ馬の情報ばかりで救いはない。しかし、親御さんが片づけに来るとは親不孝の極みだ。メンヘラはマンボウのようなもので成体に育つまでに数多く脱落していくことで有名である。死ぬ死ぬ言ってる奴は死なないとよく言うが、実際割と死ぬ。ただ、不動産屋としては部屋で死ぬのはよして外で死んでほしいと切に願う。残された人のためにも。(とはいえ、残された人のことが考えられるならそういう行動には至らないのかもしれないが)
自殺とか焼死とか殺人とか聞いても心が動かないのは不動産屋としてのスキルかもしれない。「人の心とかないんか?」と言われたことは二度三度ではない。新築の販売で人の幸せに立ち会うことばかり、というなら話は別だが、人が死んだ、人が離婚した、にいちいち感情を動かされているようでは仕事にならない。こうして感受性豊かな人は不動産屋を辞めていき、残ったのは感情の死んだノンデリばかりである。いや、感受性の豊かな不動産屋もいる!という人もいるかもしれないが、よく見てみると仮面の付け替えや擬態がうまいだけだと気づくだろう。京大霊長研のチンパンジーがいくらタイミングよくボタンを押せたとしても、e-sportsの大会には出られないのだ。


内覧に行く前に物件近くに住む友人とお茶をする。この部屋買わない?築浅のタワーマンションで広くていいけど。あ、自殺はちょっと…。ですよねー。
「そういえばさ、」友人が気づいたように言う。
「Aさんってこのマンションじゃなかった?」
AさんはSNSのつながりで何度か会って食事をしたことがあり、マンション購入の相談を受けたこともある。離婚して単身者用のマンションを検討したが、結局これから見に行くタワーマンションの部屋を買ったと聞いていた。
「そういえば最近SNSの更新止まってるね…」
「体調を崩して仕事を休んでた?と聞いたけど最近は全然音沙汰ないよ」
夜中に思い悩んでポストする人だった。離婚の経緯も納得いかないものを抱えていた。なんだか嫌な汗が出始めた。違ってくれという思いを胸に、現地へ向かった。


さすがの地域ナンバーワンタワーマンションのエントランスである。エンドの内覧者であれば心躍るだろう。しかし、今日は白黒はっきりつけることが大事だ。そうして部屋に案内されると、今にも家主が家に帰ってきそうな、テーブルの上には食器があり、本棚には本がたくさんしまってあった。よく刑事ドラマとかで「これから死ぬと思ってる人が●●しない!」みたいな展開をよく見るけど、案外これから死ぬ人も日常のルーチンはしっかりやっちゃうのかなと思った。そして所有者が最期を迎えた現場で方法や場所について説明を受ける。所有者の家族構成と年齢、経緯等を聞いてこれは間違いないと確信した。遺書が残されていたことで発作的なものではなく熟慮した上での行動だとわかったのはせめてもの救いか。

袖触れ合うも他生の縁ではないけれども、Aさんも地方の出身で年代や子供の年も近く、こういった結末になってしまったのはとても残念だし他人事とも思えないところがあった。たまたま自分は運がよく、だいたいうまく行ったが、Aさんはいろいろな不幸が重なってしまい、気力も失ってしまった。仮に自分がかける言葉を求められたとして、その言葉が響いただろうか、いつかトンネルを抜けるとしてもその真っただ中にいる人にとっては気休めにしかならないのではないだろうかと自問自答した。


内覧が終わり外へ出て、仲介を見送った後、僕はただAさんの故郷の方角に向けて手を合わせて祈るばかりだった。(物件は査定額が低くて買えませんでした)

※この物語はフィクションで実在の人物・団体・タワマンとは一切関係ありません。


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