第一回実作提出作について

今回、自分以外に17作品の提出ということで、かなり細かい文字組の二段で出力してもA4で105枚くらいのボリュームに。皆さんの意気込みを感じる。とりあえず第一回ということで、どういう文章を書く人がいるのか、興味もあって全作を読む。

自分の実作の評価基準は、もしかすると少し変わっていて、実作というよりはふだん小説を読むとき、ということなのだけれど、全体を通して惹かれるフレーズが一行でもあれば、また印象的なシーンがあれば、格段に評価が跳ね上がる、といった傾向がある。砂浜で綺麗な貝殻を見つけたときみたいな、昂揚感、大切な瞬間を与えてくれたかどうか。

「物語」としてだけでは、どうしても映像作品や漫画、ゲームなどと比較されてしまうので、展開の面白さももちろん重視しつつも、それは「作品」としての評価の一部で「小説」としての評価とはまた少し違っている。むしろ展開については違和感がなければ、基本的に面白いと思えるほうで、逆に超展開とか奇想みたいなものは冷めてしまったり興味が持てない場合が多い。また、SF小説ということでいうと、宇宙、物理・数学、AI、etc.のようなハードなネタは入り込めない・楽しめない場合が多い。スケールの大きさや仕掛けで「すげー」とはならないほうかもしれない。ミステリのトリックもそれほど惹かれないし。

文章については「端正」な文章が大好物。整って綺麗な、長く触れていたいと思えるような文章、整然として透徹な隙のない文章、は素敵だなと思う。

すでに講座での実作講評を終えている段階なので、講義中にメモをとったプロお三方からのコメントも参照しつつ、自分の読みながらメモしたことをまとめるといった形をとる。全部をぶっ通しで一気に読んだのと、もともとまとめを書くつもりがなかったのと、読んでから少し間が空いてしまったため、簡単な内容となっているものもあるかと思いますが、あしからず。

まず、個人的に高評価だったのは
・矢島ららさん『生命のパズルのお手入れ時期です。』
・広海智さん『楽園の羊飼い』
・蚊口いとせさん『お裾分け』
の三作品。

『生命のパズルのお手入れ時期です。』矢島ららさん
とくに小学生時代の文章がとても上手くて、圧倒された。実体験をもとに書かれているということもあって、臨場感があり、かつ無駄がない。素敵。
「街の明かりは皆無だ」→「星が見えるほどでもない、中途半端な濃さの闇」
「いきなり消えて、二度と会えなくなっておしまい」
「リーダー格の男子が~救援物資なげるな!」
このあたりの表現がとくに好き。
後半部分については文章のバランスは維持されつつも、物語をすすめるため会話が増えたりと前半ほどの強度(密度)はなかった。生命のパズルの家のイメージが梗概の段階ではもっとグロテスクな印象だったので、普通の家っぽくて少しスケールが弱まったけれど、逆に不気味な怖さもあって、ホラーならこっちのほうが良いのかもとも。
登場人物がそれほど深掘りされておらず、あまり魅力を感じられない。ただ、分量とのバランスや、短編としてアイデアを見せることが優先なので、このくらいの塩梅でもいいのかも。もし人物がもう少し深まっていたら、「怖さ」以外の読後感も演出できたのでは、とも思うけれど。
もっと文章を読みたいので今後の実作も楽しみ。

『楽園の羊飼い』広海智さん
本来の自分の好みからすると、宇宙スケールの仕掛けがメインの本作はあまり好みではないはずなのだけれど、とにかくヒロイン(?)のヨナが魅力的で可愛くて、楽しみながら読むことができた。今回の提出作全体の中で、圧倒的に好きなキャラクター。動じない雰囲気で客観的にツッコミを入れつつ優しい、みたいなところが。
宇宙モノに加えて、転生ループモノという苦手な要素が重なったけれど、場面転換のテンポの良さや前記したヨナの魅力もあり、スムーズに読みすすめることができて、構成の巧みさを感じた。

『お裾分け』蚊口いとせさん
タイトルはひらがなの「おすそわけ」のほうが個人的にはしっくりくるかも。要所要所にちりばめられたクスッと笑えるような面白いフレーズが魅力。
「一つで大丈夫です。一人暮らしなので、ありがとうございます」
「それに時間が全てじゃないですもんね」
「今この時間をパックに詰めてしまいたかった」
といったあたりが好き。しゃべっているときの口調というか、スピード感も何となくイメージできて、テンポもいい。ほかにも気まずさ、嫌な感じ、という雰囲気づくりを短い文章でパッとできているのが良かった。
蚊口さんとは飲み会で話す機会があって、書きたいもの、やりたいことがかなり明確な方だと思ったので、意図していることがしっかりと作品に落とし込まれているという点で上手さを感じたし、この方向性で実力を伸ばしていけば、講座の中でも独特のポジションになるような気がする。

『法華経異聞』雨露山鳥さん
気合入ってるのが来たな、というのが第一印象。文章は扱いの難しいタームもうまく統御しながら整えられていて流石と思った。ただ、梗概の時点で、方向性は違うとはいえ法勝寺のあとで(雨露さんはご存じなかったみたいだけれど)相当な労力を費やしてこれをやるのかとも正直思ってしまった。講評の際に大森さんから指摘のあった「ストーリーが弱い」というのは自分も感じたところで、「○年が過ぎたーー」的な部分の間のエピソードを読んでみたいという気持ちにさせられる。せっかくいろいろ面白そうな設定や雰囲気があるのに、舎利弗と目犍連の会話劇に収斂されてしまっているのが勿体ないような気もした。ブラックホール=解脱という構造も円城さんからの指摘もあったけれど、難しいラインかなとも(扱いとしても発想としても)。16000字にしっかりとスケールの大きい梗概の内容を収めていて、上手さを感じた。

『帰還』宿禰さん
アレクの外見を「痩せて背が高く、白髪を短く刈って髭のない、七十越えにみえる老人」と表していて、説明にそれなりの長さの文章を要しているのを思うと、自分も今回実作で老人を主人公に書いたのだけれど、老人を端的に上手く描写するのは難しいものだと感じた。
場面転換で「過去」「現在」のような見出しは何となく頭を切り替えるのに1テンポ無理やり入れられる感じがするので、読む側としてはもう少しスムーズに移行したかった。
ヒトガタ、イヌガタ、以外の○○ガタもあるのかな、猫派の人もいるかもしれない、などと思いつつ、人の人格をコピーしたものが入っているので、犬としての可愛げがあまり感じられなくて、マスコット的な魅力をもっと演出してみても面白いかもと思ったり。

『鏡像宇宙』みよしじゅんいちさん
ストレートな宇宙モノということで、すこし身構えてしまうところがありつつ、ひっかかることなく読みすすめることができた。冒頭からの流れで「タキオン天文学の衰退」を天文台に行くまで実感できなかったり、上司から引き継ぎの説明がなく転勤先の人員体制についても知らなかったり、といった部分が少し違和感を覚えた。巻き戻せるボタンの影響する範囲、世界にどれだけ配置されているか、等々、本来の作中のメインテーマよりも、こちらのガジェットの存在感というか影響力が大きいようにも思って気になってしまった。細かいところで「差し入れを持ってきた」と言った後に、料理を作りはじめて、「待つ」時間が読者として奇妙な手持無沙汰感があった。

『アーティフシャル・ビースト』渡邉清文さん
惑星探索、ファースト・コンタクト(?)モノということで若干身構えつつ。チームのサポートメンバーにアバターとして出張してもらうというのが面白い。かなりのデータ容量を相当長距離まで常時リアルタイム接続で送れるということで、通信技術・通信網がどんな感じなのか気になるところ。でも擬似人格なので複製を宇宙船のどこかに収納しているような感じなのかな。展開としては「一面を焦土と化す」のがワイルドだ、と思った。でも、重要な局面ではこれくらい徹底してやるものなのだろうか。パワードスーツが登場する点などに著者の嗜好を感じる。

『窒息』やらずのさん
梗概を読んだときから、なぜか90年代半ばの空気感をものすごく強く感じていたけれど、実作でも同じだった。閉塞感、という意味ではまさにマッチした雰囲気ではある。エロティックな場面の塩梅は好みなどあるので難しいけれど、個人的には出すなら読者を刺激するくらいもっと艶めかしくやったほうが上手さが感じられていいかも、嫌悪感とのバランスが難しいか。文章も巧みだけれど、数か所「男は~男だった」「手際のよい~手際は滑らかで」「家の前の扉の前」みたいな重複があって勿体ない。「†」を使うのも作品のクールな雰囲気に合っているかな。母-娘関係のテーマには個人的に思うところもあって、テーマ的な部分での評価は難しい。

『ファンシークロスとこの部屋の僕』木江巽さん
最後の一文が『とらドラ』だなーというのが印象として強く残ってしまって、それにもっていかれて全体が薄れてしまうので勿体ないかなと。今回の実作の中では個人的には一番わかりづらかったかも。梗概の段階で、発想は面白そうだなと思っていて、どうやって書かれるのか気になっていた。タイトルからもっと「クロス」が広がっていく絵的なイメージやスケール感を(最後のくだりだけでなく)期待していたので、移動手段にまつわるエピソードが思いのほか多くて、少しイメージが違ったかも。家主がストレートに「家主」と呼ばれているのも、その場面を想像するとちょっと違和感があった。

『夢をのぞく』ゆきたにともよさん
現実が夢に侵食されてどんどん変化していく怖さみたいな部分がよく出ていた。分量の都合もあって、わりと一気に「ごちゃ」と侵食がすすむので、じわじわと侵される展開も読んでみたい気もしつつ、長編として飽きさせずに間をもたせるのは難しいとも思うので、このくらいが良いのかも。夢子と並走して読み進んでいく形になるので、最後に存在ごとスッと抜き取られてしまうような感覚は、奇妙な気持ち良さがあって面白いかもしれない。

『まばたきほどの永遠』大庭繭さん
描きたい「絵」がはっきりとしているタイプの作品で、幻想小説のような雰囲気をまとっていて、自分が幻想系を意識して書いていた時期もあったので、実作が気になる作品の一つだった。日本で石造りの屋敷となると地震対策など維持管理がなかなか大変そうだなという印象。構成や展開については、短い分量にシンプルにまとまっているけれども、個人的な要求水準としては、この手の作品(と括ってしまって申し訳ないが)としては文章での雰囲気づくりをもっともっと詰めて欲しいと感じた。
「……ちょうど反対にあった。船を泊め、ちょうど……」
「……行こうとするものの、……。……掃除されているものの、」
「そのままベッドに倒れ込んだ。そのまま、……」
「食べ物も食べず」
「飛び起きた」という表現が比較的近くで二回使われている。
など、この手の細かい部分にすごく神経質に気を使って欲しいなと。やはり作品の雰囲気に飲み込んでなんぼなので、こういう細かいテンポの悪さで引っかけてしまうと勿体ない。また、長い長いテーブルの反対側に座っている奥様の容姿がやけによく見えていて、どのくらい離れているのか逆に気になった。
分量の上限(16000字)には余裕があるので、屋敷の内装、シャンデリアのディテールなど、メリハリを付けつつ雰囲気づくりにもう少し紙幅を割いても良いのではとも。オノマトペ(ひらひらと)を作中で使うのかどうか(作品にそぐうのかどうか)、というレベルから文章を精査していって、小説を書く、という以上に空間を構築するというイメージのものを読んでみたい。

『最後の一服』中野伶理さん
冒頭の「虚舟と呼ばれる」というのが、誰からそう呼ばれているのか、少し引っかかってしまって、スムーズに入りづらいというか、この先を人間目線で読むのか、虚人目線で読むのか、ちょっと迷ってしまった。
情報を更新するために茶を体験する、という流れだが、どこまでの情報をすでに知っていて、どれが新しい情報なのか、という点について筆者の都合というか、書きたい描写にあわせて都合よく出し入れされているような感覚が少しあった。自分に茶道の心得がないこともあるけれど、利休の解説がやや説教くさい印象もあって、ただ芸事には厳格な規定(様式美)があるのも事実なので、いい意味で緊張感が、悪くとると堅苦しい雰囲気が作中漂う。
歴史上の利休の人物像(キャラクター)をよく知らないので、宇宙へ行くことを選択するのが、イメージに合っているのかどうか、読んでいる流れでは自分は断って死を選ぶのかなと思ったので、スムーズにしっくりこない部分があった。

『放屁』小野繙さん
梗概の時点で面白いな、と感じていた。反面、梗概でショートショートとしてそれなりに完成度が高かったので、実作のボリューム感が気になっていた。未完なので、物語が動き出すところまでいっていないけれど、やりとりに妙なリアリティがあって、いい意味でバカらしさを違和感なく楽しむことができそう。

『このニュースを読んだのが未来人だったとして』谷江りくさん
ストーリーの流れはシンプルでわかりやすいはずなのに、ところどころ「?」と思う違和感というかズレみたいなものがあった。具体的にどう、というよりは著者と自分の感覚の違いみたいな部分も関係しているような気がして、指摘するのが難しいのだけれど。
サングラス・マスクで武装しているのに「顔を覚えられたくない」など細かい点で気になるところも。
最後のオチが何となく茶番感というか、主人公が一人で踊っているような浮いた感じがあって、梗概のような真相に近づく形のほうがドラマとしては落ち着きが良いように思えた。

『蛍光家族』櫻井夏巳さん
綺麗なイメージに向かって丁寧にすすんでいく作品、という印象だったけれど、途中の明け方の第4グランドあたりから、登場人物が入れ替わって、うまくついてけなくなってしまった。書きたい雰囲気は何となく伝わってくるけれど、人物や設定がスムーズに頭に入ってこなくて置いていかれてる感があった。でも、光になって宇宙の彼方に飛んで行く話なので、置いていかれるので正解なのかも。

『メディア異聞』池田隆さん
一時期、ギリシャ・ローマ古典を愛読していたので、文章のリズムや雰囲気が上手く再現されていて懐かしさを感じながら読むことができた。梗概の選考会でも高評価を受けていて、こういうのもSFとして有りなのか、と啓かれた作品でもある。
登場人物のジェンダー感が、この時代設定としては間違っていないのだけれど、読みながら気になってしまった自分の書き手目線みたいなものに一抹の寂しさが。ギリシャ古典設定ならではの力押し(神の導き)で物語を有無を言わさずすすめていく感覚も再現されていて、上手さを感じた。
ほかの実作とは少し違う感覚で楽しめる作品だったように思う。

『クオンタイム・グラフィティ』小林滝栗さん
軽妙なテンポで進む会話劇で、ノリの軽さも手伝ってリズミカルに読みすすめることができた。反面、スピード感で内容があんまり入ってこない面も。ただ次々に流れ去っていく軽薄さみたいな部分が逆に作品の味になっているのかなとも。たしか自己紹介の際に実験的な文体でいろいろ書いてみたいとおっしゃっていたように記憶しているので、今後もぜひ文体で遊んでみて欲しいなと思う。

以上。




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