見出し画像

【断片】_2024年3月5日

18時ごろ。


京急車内。僕は品川に向かう特急電車に揺られていた。横浜で人がたくさん降りて角の席が空いたので僕は角の席に移った。偶然なのか帰宅時間にも関わらず電車に乗っている人は少なく、席もまばらにしか埋まっていなくて僕の隣の席も空席だった。何駅か進んだところで、「すみません」と言いながら僕の脱いだ上着をよけてくれと頼みながら、僕の隣に男の人が座ってきた。歳は20代くらいだろうか。そのとき僕はKindleで「スキップとローファー」を読んでいた。「あ、はい」と僕は自分の上着をよけた。別に上着を席の上に置いていたわけではなく、自分の膝の上にかけていたのだが、たしかに隣に座ろうとするとふんづけてしまうような状態だった。わざわざ言わなくても座るそぶりを見せてくれればよけるのに。嫌味か?などと考えた。でも、考えてみれば、上着をふんでしまうとよくないし最初から伝えることがベストの気もするし、彼もかなり申し訳なさそうに「すみません」と言ってくれていた気がする。金髪の若者である僕にそう伝えるのはそれなりに勇気のいる行為だったろうななどと考えながら僕は読書を続けた。

隣からの視線を強く感じた。あきらかに僕に興味を示しているような、そういう類の視線を感じる。僕もそれとなく彼の手元に視線を向けてみる。彼の手元には大きなテキストが広げられていた。どうやら日本語を学ぶためのテキストのようだ。彼は僕から視線を外し真剣にそのテキストと向き合って下線を引いていた。彼は留学生か何かだろうか。

突然、「すみません」と彼が僕に話しかけてきた。「はい!」僕は突然の問いかけについ、背筋を正してかしこまった返事をしてしまう。彼はそんな僕を気にすることなく「『突き止める』とはどういう意味ですか?」とテキストを指差し僕に質問した。僕は困った。「突き止める」の意味自体はわかるのだが、説明をしろと言われると難しい。ググるかどうか迷った。でも、彼はググらずに僕に聞いてきたということはGoogleなどよりも日本人の肌感での意味が知りたいのかもしれない。

明らかに狼狽えている僕を察してか彼は「僕の国の言語ではこういう意味です、真実を知る」と意味を教えてくれた。その意味を参考に僕は「突き止める」とはどういう意味かを彼に説明した。

説明を終えてもなんとなく会話は続いた。彼の日本語力向上のためならいいかと僕もそれとなく会話に乗っかる。彼はベトナムから留学で2年前に日本にきて、今は社会人だということがわかった。彼は「私の名前はホアです」と言いながら「ホア」と大事なものであろうテキストのページにボールペンでわかりやすく書いて教えてくれた。ちょうどそこで電車が品川に到着した。僕は降りなければならなかった。お互い「ありがとうございました」と述べ、僕は品川のホームに降りた。

そういえば、僕の名前は彼に伝えられなかったな。連絡先くらい交換してもよかったと思いながら僕は品川駅の改札をくぐった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?