大団円にはまだ早い【0:1:1】

【登場人物】
優美:ゆうみ。女性。遠田理子(とおだりこ)の先輩。伊縫幸太朗の演出する舞台に出演することが夢だった。

伊縫幸太朗:いぬいこうたろう。性別不問。有名演出家。

【上演時間】
20〜30分

【あらすじ】
最後の公演を終えて客出しをしていた優美の前に、憧れ追いかけ続けていた演出家の伊縫幸太朗が現れる。
「君は、君自身の力で、君が輝ける場所を探す努力をしなきゃいけない」

【備考】
前作「人生はきっと、夢だらけ」をお読みいただいた方がお話がわかりやすいかもしれません。
https://note.com/ajisai_writer/n/ncefba6c27f73




【シナリオ本編】


公演後、ホールで客の見送りをしている優美

優美「ご来場、ありがとうございました。…ほんとですか?嬉しいです。ありがとうございました。また是非、ええ。ありがとうございました。…ご来場、ありがとうございました。」

幸太朗「アンケートは、君に渡してもいいのかな?」

優美「あ、はい。ありがとうございます。こちらで……(幸太朗に気づく)あっ、えっと、」

幸太朗「こんにちは」

優美「あっ…!伊縫…幸太朗さんですか?あの、演出家の!あっえっと、人違いでしたら」

幸太朗「いや。人違いじゃないよ。私が伊縫幸太朗だ」

優美「あっ、ありがとうございます…!お会いできてすごく、すごく嬉しいです。伊縫さんの演出されている舞台が、とても好きで」

幸太朗「ありがとう。今日の舞台、とても良かった。色々考えさせられたよ。見ていて参考になった。たまたまSNSで宣伝してるのを見かけてね、来てよかった。たまには肩肘張らずに芝居と向き合うのもいいものだ」

優美「本当にあの、勿体ないお言葉です…!」

幸太朗「本当に、楽しかったよ。君が役者を辞めるのが勿体ないと思った」

少しの間

優美「…な、ぜ…伊縫さんがそれをご存知なんですか?私のことなんて、知らない…ですよね?」

幸太朗「そうだね。ちゃんと話したのは今日が初めてだ」

優美「今回の公演、私は登場回数も少ない端役ですし、私の引退公演なんて、もちろん銘打ってもいない」

幸太朗「うん。そうだね」

優美「じゃあ…なぜ」

幸太朗「…少し、話さないか?ここじゃなく、どこか別の場所で」


2人は場所を移動し、ホールの外にあるベンチに座る

幸太朗「ここ、いい場所だよね。お客さんからは見えないけど、緑もあってさ。一息つくのにはもってこいの場所だ」

優美「ええ。このハコで公演する時には、私もいつも来ちゃいます。落ち着きますよね」

幸太朗「いいかい?(タバコを見せながら)」

優美「あっ、はい。どうぞ」

幸太朗「ありがとう(タバコに火をつけて吸う)。君のことは、遠田理子から聞いたんだ。君の後輩だってね」

優美「…理子、から」

幸太朗「いやぁ、あの子は面白いね。とても面白い。勢いがあって、物怖じしない。無茶ぶりしてもね、答えをちゃんと持ってくるんだよ。こじつけだろうがなんだろうが。何より」

幸太朗は、ゆっくりとタバコの煙を吐き出す。

幸太朗「とても、楽しそうだ」

優美「楽しそう…」

幸太朗「そう。未知のものを知る快感っていうのかな。今まで出会ったことがないものに出会えた喜びというか。そういうものを感じる。意外と貴重なんだよね。長いこと役者やってるとさ、そういう新鮮さって無くなっていくでしょ?ある種義務というか。ま、仕事にしてたら割り切らなきゃいけないとこもあるんだけどさ」

優美「そう、かもしれませんね」

幸太朗「…あの子の芝居見て、どう思った?」

優美「え…」

幸太朗「見に来たんでしょ?あの子の初舞台。私が君を、オーディションで落とした舞台でもあるけど」

優美「…っ…はい。理子が、どうしても見に来て欲しいって」

幸太朗「どう思った?」

優美「…」

幸太朗「正直に言っていいよ」

優美「(小声で)…私の方が」

幸太朗「ん?」

優美「…私の方が、上手くできるって。私の方が、理子よりもずっと上手く、あの子を演じられるって…思いました。声は大きいだけ、感情も一辺倒、セリフや場面の理解が浅くて、表面的な芝居しかできてない、プロとしてお金を取るには程遠い…と」

幸太朗「ほうほう」

優美「…でも、そう思ってしまうのは私がまだ…割り切れてないからかもしれませんね。色々…(段々独り言のように呟く)」

幸太朗「だろうね」

優美「…え…っと」

幸太朗「なんで落とされなきゃいけないんだ」

優美「…っ!」

幸太朗「なんで私は選ばれなかったんだ」

優美「……」

幸太朗「って、思うよね。」

優美「は、い…」

幸太朗「優美さんはさ、すごくいい役者さんだって思うんだよ。本当に。嘘じゃない。感情表現が表面的じゃなくて、ちゃんと作り込まれてるし、そこに意図がある。意図があるから説得力がある。だから人は心を動かされる。遠野理子のように」

優美「じゃあ…じゃあなぜ!伊縫さんの舞台のオーディションで落とされたんですか」

幸太朗「なぜだと思う?」

優美「分からないから、聞いてるんです」

幸太朗「あはは、そうか」

優美「結局、理子の方がフレッシュで、沢山のものを吸収できる可能性があった、私より未来があるし、理子の方が総合的な能力値が高かった」

幸太朗「違う」

優美「確かに、理子は明るくて、何でもそっなくこなせて、それもニコニコ楽しそうに、まるで壁なんか最初からなかったみたいに生きてて…だから、私なんて、結局努力しても叶わなくて」

幸太朗「違うよ。全然違う」

優美「…」

幸太朗「君を落とした理由は、何もない」

優美「…は…?」

幸太朗「だから、理由なんて無いんだよ。だってそうだろう?やってみなきゃ分かんないんだから。能力値だの吸収力だの。オーディションの数セリフで何がわかるって言うんだい?いや、分かる演出家は分かるんだろうがね。少なくとも私には分からない」

優美「そ、んな…そんなの…!」

幸太朗「理子を選んだのもなんとなくだし、君を落としたのもなんとなくだ。私が今まで演出家としてやってきた経験の中で、『なんとなく』これで行けそうだな、くらいなもんさ。明確に言語化できる理由なんかない。言語化する必要がない」

優美「…そんなの、あんまりじゃないですか。落とした全員に失礼ですし、選ばれた理子や他の役者にも失礼です。理由なく選ばれて、理由なく落とされるなんて。何のために努力してきたか分かりません」

幸太朗「…」

優美「失望しました。伊縫さんの舞台に憧れていた私がバカみたい。役者なんて、辞めて正解でした。じゃあ、私の人生なんだったんですか。何のために、何のためにこんな…!沢山稽古して、沢山ダメ出しされて、できるうになるまで何度も何度も、努力して這い上がって、それで気まぐれで落とされたんじゃ、役者なんて(やってられませんよ!!)」

幸太朗「それだよ」

優美「…っ、え…」

幸太朗「私が、オーディションの時に見たかった君の顔は。それだよ」

優美「それ、って…」

幸太朗「負の感情っていうのかな。必死さ?要するに、君がいつも隠そうとしているものだ。表に出さず、取り繕って、いい子ぶってる。今みたいな悔しさとか、怒りとか、ありのままの君の感情が見たかった」

優美「は…?…こんなの、出せませんよ。私のエゴで、独り善がりで」

幸太朗「エゴで独り善がりなものだろう。人間なんて。最も人間たる芝居で、それを出さずにどうする。今の君の表情が、感情が、即ち個性だ。私はそう思って、舞台を作っている」

優美「…」

幸太朗「君の芝居は素敵だよ。でも、良くも悪くもそれだけだ。今のままじゃさっきみたいな表現は出てこない。今のままじゃ、ね」

優美「…私に、そうなれと」

幸太朗「いや?それは君の自由意思だけど。でもさ、君が役者を目指して、役者でい続けるために努力したのは、どうしてだろうか。僕の舞台に出るため?役を勝ち取るため?たくさんの人に評価されるため?…本当に?」

優美「…」

幸太朗「もちろん、そういう役者もいるだろうけど。私が君の芝居を見た時、そうは思わなかったから、きっと違うんじゃないかな」

優美「…芝居は…芝居は、私にとって、人生なんです。人生を諦めたくなかったから、人生を輝かせたかったから、私はきっと…」

幸太朗「だったら。君は、君自身の力で、君が輝ける場所を探す努力をしなきゃいけない」

優美「私自身の力で…」

幸太朗「いつまで、人に輝かせてもらうつもりだい?なぜ、怖気付く?なぜ、自分でその一歩を踏み出そうとしない?オーディションに落ちるからなんだ。選ばれないからなんだ。人の評価1つで、自分の人生に幕を下ろすことを、君は良しとするのかい?」

優美「…っ!」

幸太朗「さっき私が話した通り、他人の評価なんて、所詮その程度だ。君の人生を揺らがせるものになっちゃいけない。君が、強くならなきゃいけないんだ。君の人生を、君が諦めてどうする」

優美「…伊縫さん…」

幸太朗「役者を辞めることを止めはしない。やりたくなければ辞めればいい。けれども、その先の人生を生きていかなきゃいけない。だから、役者だろうが役者じゃなかろうが、君はちゃんと、自分で自分が輝ける場所を見つけるんだ」

少しの間

優美「ふふ…ほんと、無責任ですよね。だって、私が輝く場所は、伊縫さんの舞台だって思ってたのに、結局違った」

幸太朗「そりゃあそうさ。皆、他人の人生に興味はないからね」

優美「…理子に、真っ直ぐ『あなたの芝居が好きなんです』って言われて私、本当に嬉しかったんです。今までやってきたこと、全部報われた気がした。なんて幸せなんだろうって。芝居やってて良かった、やっぱり芝居が好きだって。…だから、辞めようって思ったんです。芝居が好きなまま、芝居を辞めようって」

幸太朗「…確かに。夢を諦めるタイミングを見失って、ずっとこの世界にしがみついている輩も多いからね。私も似たようなもんだけど」

優美「でも、いざ辞めるってなったら…どうしようって不安でした。だって、芝居はずっと、私の人生の全てだったんです。辞めてしまったら、私の存在意義って、どこにあるんだろうって」

伊縫「うん」

優美「だから伊縫さんとお話して、私が人生を選んだっていいのかって。そう、思えました。それに、伊縫さんの言うような役者になるための努力をすることに、きっと疲れてしまったんです」

幸太朗「…私は君を選ばなかった。君の良さが分からなかったわけだ。君の良さが分からない人間を、君が選ぶ必要はない。君の人生をちゃんと評価してくれる人を大事にしたらいい。…理子とかね」

優美「…はい」

幸太朗「夢を諦めた後の人生までも、諦めないで欲しいんだ。私なんかは逆に、抜け出せてよかったね、と思っているよ。芝居に食われて、身動きが取れなくなった連中を沢山見てきたからね」

優美「‎そう、ですよね。色々あるけど、やっぱり芝居を嫌いにはなれない」

幸太朗「…ま、私はこの世界で足掻くがね。自分はそれでしか生きられないことを知っている。でも、君はきっと、そうじゃない」

優美「はは…どうでしょう。私が輝ける場所、見つかるかなぁ」

幸太朗「見つかることを願ってるよ。見つけたら教えてくれ。私にも届くような方法でね」

優美「無茶言わないでくださいよ」

幸太朗「ふふっ…さて、長々と話してしまってすまなかった。理子には、『先輩が芝居辞めるの嫌なんです!何とかしてください!!』って無茶を言われたんだが…こりゃあ、次会った時に怒られそうだ」

優美「すみません、うちの後輩が…」

幸太朗「いや。君と話せてよかったよ。良い時間だった」

優美「…伊縫さん」

幸太朗「ん?」

優美「もし…もし、私の輝ける場所が舞台だったとしたら…また、挑戦させてください」

幸太朗「…あぁ、待ってるよ。だって、人生は何度だってやり直せるんだからね」

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