人生はきっと、夢だらけ【2:0:0】

人生はきっと、夢だらけ

【登場人物】
冬馬：男性。とうま。先輩
創：男性。はじめ。後輩

【上演時間】
20〜30分

【あらすじ】
劇団に所属している冬馬と、冬馬のお芝居が好きで追いかけている創。夜の居酒屋で語るのは、これからの人生の話。
｢夢を追いかけることは、とうの昔にやめた。やめたはずの夢に、俺は未だにしがみついている。いっそ、諦められたら楽なのに。そう思いながら、俺は今日も生きている｣

【シナリオ本編】

(M)冬馬｢夢を追いかけることは、とうの昔にやめた。やめたはずの夢に、俺は未だにしがみついている。いっそ、諦められたら楽なのに。そう思いながら、俺は今日も生きている｣

人がまばらな居酒屋。
冬馬と創が向かい合って座っている。

創｢かんぱ〜い！｣
冬馬｢元気だな、相変わらず｣
創｢(ビールを飲む)へへっ、だって久々じゃないっすかぁ〜！冬馬さんと飲むの！｣
冬馬｢確かにな。いつ以来だろ｣
創｢あっ！冬馬さんの公演終わりっすよ、ほら！1年前くらいにあったじゃないすか。下北の小劇場｣
冬馬｢あー、あれか。冬馬が泣きに泣いてた｣
創｢いやほんっと！名作っすよ、あれ！芝居とか舞台とか全然分からなかったっすけど、俺あれ見て興味持ちましたもん｣
冬馬｢ほんと上手いな、創は｣
創｢ちょ、ホントっすよ！嘘じゃないっすから！彼女にもめっちゃ勧めましたよ！最近は一緒に見に行ったりしてます｣
冬馬｢へぇ〜物好きだな｣
創｢そうかなぁ。あ、でも彼女は確かにあんまハマってないみたいで。この前もやんわり断られました｣
冬馬｢まぁ、普通じゃないからな。芝居やる人間なんて｣
創｢普通かどうかは分からないっすけど、俺は冬馬さんの芝居、好きっすよ。今まで見たことない世界、見せてくれますし｣

創、スマホをチラッと確認して戻す。

冬馬｢…スマホ。彼女？｣
創｢あ、いや。全然！大丈夫っす！すみません。あ！冬馬さん、そういえば、次はいつ舞台出るんすか？俺楽しみにしてるんすよ！｣
冬馬｢あー…うん｣

冬馬、気まずそうにビールを飲む

冬馬｢もう、いいかなって｣
創｢え？｣
冬馬｢芝居｣
創｢いや、えっ？｣
冬馬｢ははっ、なんだよその顔｣
創｢なっ、えっ、本気っすか？やめるってことすか？芝居｣
冬馬｢うん｣
創｢なんで！？だって冬馬さん、あんなに芝居好きだったじゃないすか！ずっと続けてきたんでしょ？子どもの頃から｣
冬馬｢んー｣
創｢勿体無いですって！俺にだっていっぱい夢語ってくれたじゃないすか！客席と一体になる舞台が作りたいんだって！お互いに影響を受けて、与えて！そこで生まれる化学反応がいかに人間らしいか！！｣
冬馬｢…ははっ｣
創｢ど、どうしたんすか……全部冬馬さんが教えてくれて｣
冬馬｢いやなんかさ。薄っぺらいなって｣
創｢えっ｣
冬馬｢覚えてる。うん、俺そう言ったね。ははっ……うん。創にたくさん、話したな。芝居のこと｣
創｢もしかして、何かあったんすか？芝居を辞めたくなるような、何かが｣
冬馬｢ない｣

冬馬、寂しく笑って、スマホを見やる。

冬馬｢ないんだよ、何も。俺には、何もない｣
創｢そんなことないっす｣
冬馬｢別にさ、今に始まった話じゃない。ずっと、辞めたかった。芝居なんて。辞めるきっかけを探してた｣
創｢楽しくなかったんすか？芝居｣
冬馬｢楽しくなかった｣
創｢…即答…｣
冬馬｢楽しかったら、もっと早くに辞められてたんだよ｣
創｢どういうことっすか？｣

冬馬、スマホを見る。

創｢ん？冬馬さん、もしかして時間やばいっすか？この後予定とか｣
冬馬｢なんで？｣
創｢いや、スマホ何回か見てたから｣
冬馬｢いや。違う、大丈夫。例えば、冬馬はダンス得意だろ｣
創｢え、あ、はい。よく覚えてますね。でももう辞めちゃいましたけど｣
冬馬｢なんで辞めたんだっけ？｣
創｢うーん……なんかもういっかって｣
冬馬｢うん｣
創｢なんだろう、なんていうか、あんまり楽しくなくなっちゃって。義務になったんすよねぇ、こうしなきゃ、ああしなきゃ。もっと綺麗に魅せなきゃ、もっと激しく動かなきゃって。ダンスってもっと自由に自分を表現できる場だったんすけど、いつの間にか自由とはかけ離れた場所にいたような気がして｣
冬馬｢要するに、ダンスが好きで、楽しくてやってたけど、だんだん楽しくなくなったから辞めたってことだろ？｣
創｢そう、っすね…えっ、でもみんなそんな感じじゃないんすか？好きなことへの向き合い方って｣
冬馬｢みんなは分からないけど、俺は違う。芝居は、好きでも嫌いでもない。俺にとって芝居はさ、人生だから｣
創｢人生｣
冬馬｢そ。自分の人生が嫌いだからって死ねないだろ、簡単にさ。死ぬ勇気がある人は簡単にポーンって飛び降りたりできるんだろうけど。俺にはそんな勇気ない｣
創｢冬馬さんにとって、芝居は…人生｣
冬馬｢人生だな。嫌いになる努力はしてきたけど、辞められなかった。物理的に芝居から距離置いたり、スタッフに回ったり。でも、自分の劇団持ってたり、客演で呼ばれるとやっぱり舞台に立たざるをえない。んで、また抜けられない。負のループ｣
創｢…｣
冬馬｢最初は親を恨んでた。小さい頃児童劇団なんかに入れたから、芝居から離れられなくなったって。でも違った。別に親関係なく、いずれ芝居と出会う運命だったんだなって思うよ。だってさ、生きたいって思うんだよ、ちゃんと。舞台の上でさ｣
創｢冬馬さんの芝居は、ちゃんと生きてます。舞台で｣
冬馬｢…でも、別に関係ないんだよ｣

創が、スマホを見る。何かに気づき、スマホを操作する。

冬馬｢…はは。ごめんな。余計な話ばっかして。興味無いだろ、こんなの｣
創｢あ、すみません！違うんすちょっと…今日、大事な連絡が入る予定があって。だからスマホ見てたんすよね｣
冬馬｢大丈夫か？｣
創｢すんません、大丈夫っす。もう確認したんで｣
冬馬｢そっか｣
創｢(スマホを置いて)あの、関係ないっていうのは？｣
冬馬｢例えばさ、創。道を歩いてすれ違った人が、何の目的をもって歩いてるかって考えるか？すれ違ったその瞬間に｣
創｢……考えたこともないっすね｣
冬馬｢うん。でもさ、生きてるわけだろ？その人も。別に自分には何の関係もない場所でさ｣
創｢はい。でも、それと芝居とは違いますよ。だって冬馬さんは、役を生かすっていう目的を持って舞台に立ってるじゃないすか。ただ歩いているわけじゃない｣
冬馬｢そうだな。でも、俺が役を生きていようがなかろうが、誰も興味が無いんだよ。現に、役者として評価されないから普通に会社員やってるわけで。誰も見ちゃいない、俺の芝居なんて｣
創｢でも、冬馬さんは｣
冬馬｢うんそう。諦めきれない。人生をね。いつか誰かに、俺の人生が、俺が生きてるってことをね、知ってもらえるだけでいいはずなんだけど。まぁでもほら、人間って承認欲求の塊って言うし。綺麗事言ったってさ、結局認められたいだけなんだよな。…汚いな、ほんと｣
創｢汚くなんかないっすよ。冬馬さんは輝いてます。ずっとずっと、俺の憧れで、キラキラしてて｣
冬馬｢ありがとな。でも、もういいんだ｣

冬馬、スマホを見る。

冬馬｢オーディション。これに落ちたらもう辞めるって決めてた。俺の大好きな演出家さんが演出してくれる舞台。そうだな、ありきたりな言葉で言えば、『役者人生をかけた』ってやつ？｣
創｢も、しかして、伊縫幸太朗さんの…？｣
冬馬｢そそ。一回受けてみたかったんだよ、あの人の演出さ｣
創｢…｣
冬馬｢いやー綺麗に落ちた。ははっ。やっぱり、芝居の才能なんてないんだわ、俺には｣
創｢冬馬、さん…｣
冬馬｢役者人生なんかかけたところでさ。血反吐吐こうが泥水啜ろうがさぁ、関係ないんだよ。結局。生きようが死のうが、興味を持たれない人間が、芝居なんかに命かけちゃいけないんだよな。ははっ、気づくのが遅いっての｣
創｢……｣
冬馬｢だから、｣
創｢死ぬんすか｣
冬馬｢……｣
創｢冬馬さん、死ぬんすか｣
冬馬｢……どうしたんだよお前。怖いな、そんな顔すんなって。比喩だよ比喩。例え。本当に死ぬわけじゃ｣
創｢でも、人生なんすよね？冬馬さんにとって、芝居は人生で、人生の全てで。芝居を失ったら、何が残るんすか？冬馬さんの人生｣
冬馬｢創は優しいな、俺のこと心配してそんなこと｣
創｢違います｣
冬馬｢え？｣
創｢怒ってるんです｣
冬馬｢……｣
創｢怒ってるんです、俺。冬馬さんが芝居を辞めようとしてることに｣
冬馬｢……関係ないだろ、お前には｣
創｢冬馬さん。俺は、好きなんすよ。冬馬さんの芝居が｣
冬馬｢……｣
創｢本当に、心の底から惚れたんすよ｣
冬馬｢……お前が？｣
創「はい」
冬馬「お前みたいな人間に、芝居なんて」
創｢冬馬さん。俺、受けたんすよ、オーディション｣
冬馬｢…………は？｣
創｢さっき冬馬さんが言ってたオーディション。俺も受けたんです｣
冬馬｢…………｣
創｢冬馬さん、絶対受けるだろうと思ってました。だって、伊縫さんの演出してる舞台は全部見に行ってたし、絶対に話に出てくるし。いつかあの人と一緒に舞台が作りたいってずっと言ってたし｣
冬馬｢…芝居…やってたのか…｣
創｢冬馬さんの芝居を見てから、始めたんすよ。言ったでしょ？惚れた、って｣
冬馬｢…くそ。それ知ってたらこんな話なんかしなかったのに｣
創｢冬馬さんのお芝居には、魂があるんすよ。乗っかってるんです、人生が。俺はドラマや映画よく見ますけど、そんな芝居してる人いなかった。強烈に印象に残って、見終わったあと、座席から立てなくなるくらい、持ってかれて。冬馬さんはちゃんと、生きてたんすよ、舞台の上で。キラキラしてて、楽しそうで、幸せそうで！だから憧れたんす。だから、冬馬さんを目指そうと思ったんすよ｣

少しの間

創｢受かりましたよ、オーディション｣
冬馬｢………｣
創｢俺、受かりました。伊縫さんの舞台のオーディション｣
冬馬｢…………そうか。良かったな｣
創｢良くない。何も良くない。冬馬さんは何も分かってない｣
冬馬「……なんだよ｣
創｢俺は、見様見真似で冬馬さんの背中を追いかけてここまで来ました。それが認められたんすよ！｣
冬馬｢違う。それは創の努力だ。俺は関係ない｣
創｢関係あります｣
冬馬｢関係ない｣
創｢関係あるんすよ！あの時、冬馬さんの舞台を見に行かなかったら！俺の人生に、芝居はなかった｣
冬馬｢……うるさい……なんでお前なんかに、そんなこと言われなきゃいけないんだよ｣
創｢好きだからです。冬馬さんの芝居が｣
冬馬｢黙れ！いい加減にしろ！俺の苦労も、痛みも何も知らないくせに、オーディションに受かって、俺の上に立ったつもりか？」
創｢違います！俺には冬馬さんの痛みは分かりません。冬馬さんのようには生きられない。背中を追いかけても、追いかけても、俺は芝居が人生だと、言い切れない。それでも、俺は追いかけ続けると決めたんすよ。だって、好きだから。冬馬さんの芝居が、好きだから｣
冬馬｢……｣
創｢俺の芝居は、冬馬さんの模倣でしかない。でも、認められた。オーディションに受かった。なら、冬馬さんもいつか｣
冬馬｢勝手なことを言うな｣
創｢言います！いくらでも言います。だってそうじゃなきゃ、冬馬さん、死ぬんでしょ？｣
冬馬｢……黙れ…黙れ黙れ！好きとか追いかけるとか、今更なんだよ。俺は！もう芝居を辞めるんだ！｣
創｢冬馬さん｣
冬馬「もう、ほっといてくれよ…！オーディションもまともに受からない、お前に好きと言われたところで、だからどうした？俺が食っていけるだけ、お前が俺の芝居に金払ってくれるのか？なぁ？期待させんなよ！もう嫌なんだよ、期待して裏切られてまた這い上がるのは！もう終わりにしたいんだよ！」
創「冬馬さん！…俺は、俺は信じてます。ずっと。冬馬さんの芝居を、信じてますから」

静寂

冬馬｢っぅ…っく……な、んで……っ、なんで…っ……｣
創｢あなたは、舞台に立つべき人間だ｣
冬馬「……やめろっ……」
創「あなたの芝居に、人生変えられた人間が目の前にいるんすよ」
冬馬「俺は、っ……俺はもう、やめるんだ……芝居なんか、っ……」
創「ねぇ、冬馬さん。ダメっすよ、こんなとこで死んじゃ。あんた、芝居大好きでしょ。芝居やりたくて仕方ないんじゃないすか」
冬馬「違う、俺は、っ…」
創｢じゃあなんでそんな泣いてるんすか。本当に芝居が嫌いなら、芝居を想って泣くことなんか、できないっす｣
冬馬｢……っ…」
創｢冬馬さんが、教えてくれたんすよ。人生は、いくらでも自分で輝かせることができるって。だから、生きていて欲しいんです。これは俺の勝手なわがままですけど｣
冬馬｢…ははっ…ほんとだよ、お前……さぁ……｣
創｢ね。自分でも思います。しんどいっすよね｣
冬馬｢汚くて醜いよ、人生なんか。こんなんなってもまだしがみついて、捨てきれなくてさ｣
創｢人生なんて、そんなもんじゃないすか？綺麗なだけの人生なんて、つまらないっすよ｣
冬馬｢創がそれ言うか？お前の人生、超綺麗だろ｣
創｢そうっす。だから、冬馬さんが羨ましい｣
冬馬｢…ないものねだり、だな。お互い｣
創｢隣の芝生は青いって言いますし｣

少しの間

冬馬｢…舞台。応援してる｣
創｢ありがとうございます。…冬馬さん｣
冬馬｢ん？｣
創｢死ぬの、ちゃんと諦めてくれました？｣
冬馬｢…さぁな｣
創「待ってますから、俺。舞台の上で、冬馬さんのこと」
冬馬「ほんっと……お前マジでムカつく」
(M)冬馬｢ぬるくなったビールを飲み干す。死ぬ勇気も生きる覚悟もできない中途半端な俺は、また悩んで苦しんでもがいて、それでも芝居とともに生きていくのだろう。どうせ結論は同じなのだとしたらせめて、少しでもこの人生がより良いものになるようにと。目の前のムカつく後輩よりも、いい人生を生きてやろうと、なんとなくそんなことを思う。生きていく限り道は続くのだし、生きていれば、きっといつか、俺がここでただ生きているのだということを気づいてくれる人がいるのかもしれない｣