何者にもなれなかった、僕たちへ。【apoptosis】【0:0:2】

何者にもなれなかった、僕たちへ。【apoptosis】

【登場人物】

レオン :少年。生まれつき持病がある。
カイト:少年。 

【上演時間】
20〜30分


【あらすじ】

子どもの心臓に機械を埋め込み、人体実験を行う施設から脱走した少年2人。彼らには、最期に見たい景色があった。

「お前の望むような人生は、生きられなかった」


【シナリオ本編】

海辺
衰弱した少年2人が、砂浜に寝そべって夜空を見上げている

カイト「大丈夫か?」

レオン「うん、平気。ドクドク言ってる、心臓」

カイト「当たり前だろ。俺たち生きてるんだから、まだ」

レオン「…ごめん」

カイト「何が」

レオン「巻き込んで」

カイト「だから、何が」

レオン「僕はあそこにいても、死ぬだけだったけど、カイトは…」

カイト「…」

レオン「僕は、もう死ぬことが決まってた。自分の身体のことだもん、自分が一番よく分かるよ。けど、カイトは違うじゃん」

カイト「(ため息)あのなぁ」

レオン「カイトは、僕と一緒に外に出たから」

カイト「買い被んなよ」

レオン「…っ」

カイト「俺がここにいるのは、俺の意思だ。お前と死ぬことを選んだのは、俺の意思だ。俺の意思を否定するな」

レオン「…ごめん」

カイト「それに、悪いのはお前じゃないだろ。こんなクソみたいな研究してる大人たちだ」

レオン「何の為に、生きてたんだろうね。僕たち」

カイト「さぁな。もう俺は興味ないね」

レオン「怖くないの?死ぬの」

カイト、腕に浮かび上がる数字のカウントダウンをみつめる

カイト「…あと、3時間24分」

レオン「お揃い」

カイト「当たり前だろ。あの施設を抜け出した時から、俺たちの心臓に埋め込まれたよく分からん機械が作動して、俺たちの寿命は決められた。2人仲良く約3時間後にはあの世行き」

レオン「強いね、カイトは」

カイト「そう見えるだけだ」

レオン「そっ、か…っ」

レオン、カイトの手をそっと握る
その手は、微かに震えていた

カイト「苦しいのか?」

レオン「…っ、ううん。そこまで、じゃないかな」

カイト「…よし。(起き上がる)」

レオン「え?」

カイト「歩こう。おぶってやる」

レオン「なんで?」

カイト「見つけるんだよ。お前の探し物」

レオン「…」

カイト「ここじゃ、曇ってて見えないだろ?」

レオン「カイトは?辛くない?」

カイト「お前よりマシだろ」

レオン「…ふふ。やっぱり、カイトは強いな」

カイト、レオンをおぶる。

(M)カイト「七夕の日に、満天の星を見る。それが、レオンの最期の願いだった」

カイト、レオンを背中におぶったまま、海辺を歩いている

レオン「…あったかい」

カイト「寒いか?」

レオン「ううん。なんか、懐かしい」

カイト「懐かしい?」

レオン「昔、お兄ちゃんにこうしておんぶされてたの思い出した」

カイト「お前ほんと、お兄ちゃん大好きだよな」

レオン「そう!お兄ちゃんはすごいんだ!僕よりも強くて、僕よりも優しくて、いつも僕のことを守ってくれて」

カイト「…」

レオン「今はもう会えないけど、でも、僕は、お兄ちゃんが今もどこかで、元気に生きてるんだろうなって、分かるんだ。だからね、僕もがんばって生きなきゃって、施設にいた時にずっと思ってたんだ」

カイト「でも、お前が施設にいたってことは、その兄ちゃんはお前を見捨てたんじゃないのか?」

レオン「え?」

カイト「助けてくれなかったんだろ?」

レオン「…」

カイト「金のために。あそこに売り飛ばされたようなもんだろ、俺たちは。よく、兄ちゃんのことを憎まないよな」

レオン「うん。僕は元々身体が弱かったし、こうすることでお兄ちゃんが幸せならそれでいいんだ」

カイト「…馬鹿」

レオン「馬鹿だもん。お兄ちゃん、きっと生きていくためにお金が必要だった。だって、お父さんもお母さんも、働いてなくて、家にお金なんかなくて」

カイト「…」

レオン「お兄ちゃんの夢はね、宇宙飛行士だったんだよ!だから、一緒に星空を見に行って、教えてくれたんだ!色んなこと」

カイト「七夕に」

レオン「そう。毎年必ず。お父さんとお母さんの目を盗んで、2人で家を逃げ出して、綺麗な天の川を見せてくれた」

カイト「…見れるといいな。今日」

レオン「カイトは?」

カイト「ん?」

レオン「カイトは、そういう家族との思い出、ないの?やり残したこと、ないの?最期にやりたいこと、ないの?」

カイト「ないな」

レオン「…僕の、ため?」

カイト「違う。俺は…俺には、生きる目的がないから」

レオン「…辛かった?」

カイト「え」

レオン「施設にいた頃、辛かったの?」

カイト「辛い、か…あまり分からない。考えたことも、なかった。お前と出会って、お前の話を聞いて、お前の願いを叶えることが生きる目的になってたかもしれない。友達として」

レオン「…へへ。ほんと、優しいなぁ…っ、う…っあ…(胸の辺りを押さえ、息が荒くなる)」

カイト「レオン?」

レオン「…っは…っふぅ……だい、じょぶ…なんか、だんだん……苦しい、かも」

カイト「ちっ…(空を見上げ)星なんて、見えないな…」

レオン「カイト、無理…しないで…っ」

カイト「大丈夫だ。まだ時間はあるだろ?」

レオン「…っ……カイト、も…苦しいでしょ?」

カイト「……俺は、大丈夫だ」

(M)カイト「着実に死へ向かっている身体を引きずりながら、歩き続ける。レオンの温もりだけが、救いだった」

だんだん、息が荒くなっていくレオン
カイトの身体も、重くなっていく

レオン「っは…ぁっ…」

カイト「レオン」

レオン「…っ…ん?」

カイト「死ぬなよ。死ぬ時は、目的を果たした時だろ」

レオン「…っへへ……わかっ、てるよぉ…」

カイト「…はぁっ…(疲れている)」

レオン「みんな…大丈夫かなぁ…」

カイト「こんな時まで人の心配か」

レオン「うん。覚悟してきたけどさ、いつも一緒にいたみんなが隣にいないと、寂しいなって」

カイト「あいつらのためにも、目的達成しないと。協力してくれたんだから」

レオン「…偉い人に、酷いことされてないかな」

カイト「大丈夫だ。全部俺のせいにするように頼んである。エリカにも、ノアにも、タイチにも。あいつらに危害が及ぶことはない」

レオン「カイトは強いね」

カイト「さっきからなんだよ」

レオン「だってさ、ずっとみんなを守ってきたから」

カイト「守る?」

レオン「ほら、前にノアが寝ちゃった時にさ、殴られそうになったのをカイトが代わりに」

カイト「あぁ、それは」

レオン「他にも、寝られない時に僕の話し相手になってくれてたのを見つかった時も、僕の代わりに説教部屋に入ってくれた」

カイト「…」

レオン「今だって首の痣いっぱいだもん」

カイト「いいんだ」

レオン「よくないよ、カイトは」

カイト「さっきも言ったろ。いいんだよ、俺は。別にどうなっても」

レオン「よくない」

カイト「もう終わったことだろ。そんな腐った世界から逃げ出してきたんだ。だから、」

レオン「僕、何も出来なかった」

カイト「…レオン」

レオン「カイトの為に何も、出来なかった」

カイト「……」

レオン「僕のせいで、カイトは死ぬんだ。僕の、せいで…っ」

カイト「…レオン」

レオン「僕が、僕がこんなこと…っ!言い出さなければ良かったんだ、僕がっ!!僕…ゲホッ…」

カイト「レオン。落ち着け。さっきから言ってるだろ。俺の意思でここにいるんだ」

レオン「で、もっ…!」

カイト「楽しい話をしよう。せっかく外に出られただろ?最期くらい、笑っておきたいじゃんか」

レオン「…っ…ひ、っく…」

カイト「ほら。泣くな。笑え。ほらっ!」

レオン「…っ、うわっ!」

カイト、レオンを背負ったまま砂浜を走り出す

レオン「は、やいっ!風…わぁっ!きもちい!あははっ!」

カイト「ほら、ちゃんと捕まってないと落ちるぞ」

レオン「わぁっ!!カイトー!ダメダメ!落ちる落ちる!!」

カイト「…っははは!」

海辺に響く、2人の笑い声
やがて、疲れてスピードを落とすカイト

カイト「はぁっ…はぁっ…」

レオン「はぁっ…ふふっ、楽しかったぁ!気持ちよかった!」

カイト「っはぁっ…ははっ、そうか」

レオン「僕こんな足だから走れないし。あの中じゃ、こんな自由に動けなかったから」

カイト「…そう、だな。ふぅっ…ちょっと、休憩…」

カイト、レオンを背中から下ろす

レオン「ね、僕歩きたい」

カイト「大丈夫か?」

レオン「うん。砂浜気持ちいいもん。ゆっくりだけど、いい?」

カイト「あぁ」

レオン、ゆっくりと砂浜を踏みしめながら、空を見上げる

カイト「見えないな、星」

レオン「そうだね…でも、もういいや」

カイト「え?」

レオン「(振り返って、カイトを見て微笑む)カイトと一緒に外に出られて、こうやって歩けたから、僕幸せ」

カイト「…ははっ」

レオン「楽しい話、しよ!僕も、カイトの笑ってる顔見たい!」

(M)カイト「レオンの語る楽しい話の、ほとんどが彼の兄のことだった。兄と話して楽しかったこと、兄に遊んでもらったこと、兄に守ってもらったこと。あとは、施設にいた頃の仲間たちの話。皆が今、幸せに生きていることが自分の幸せなのだと、レオンは何度も何度も、そう言った」

話し疲れて息が荒くなるレオン

レオン「…っはぁ…はぁっ…ゲホッ…」

カイト「ほら。おぶるよ」

レオン「んっ…ごめ…ん」

カイト「いっぱい話してくれてありがとう」

レオン「…うん!カイト、の話も、聞きたいなぁ」

カイト「…俺は、あまり覚えてない」

レオン「覚えて、ない?」

カイト「覚えてなかった。だからレオンが話してくれて思い出した」

レオン「へへっ…僕は、ずっと覚えてるよ。だから、大丈夫!カイトのことも、ずっと…ずっと覚えてるから」

カイト「…なぁ」

レオン「…っ…はぁっ…ん?なに?」

カイト「お前は、兄ちゃんに会いたいとは思わないのか?」

レオン「会いたい?」

カイト「ああ。お前いつも兄ちゃんの話するだろ。過去の話はするけど、『兄ちゃんに会いたい』とは一度も言わないから。今だって、兄ちゃんを探しに行くことだってできたのに、お前はそれを望まなかった」

レオン「うん…会いたくは、ないかな」

カイト「なんで」

レオン「兄ちゃんには、兄ちゃんの人生を過ごして欲しい。いなくなった僕のことは忘れてくれて構わないって、思うんだ」

カイト「…」

レオン「施設でもそうだった。僕は足が悪いし、とろいし、馬鹿だから。カイトが守ってくれたでしょ?小さい頃も同じだった。僕がいたから、僕のせいで、兄ちゃんは無理してたし、お父さんとお母さんにいっぱい怒鳴られて、殴られて。だから兄ちゃんには、幸せになって欲しいから。僕のことは忘れて、生きて欲しいんだ」

カイト「レオン…」

レオン「僕は、兄ちゃんが施設の外の世界で、幸せな人生を送っていることが、自分の幸せなんだ!だからずっと…ずっと、信じてる。兄ちゃんが、外の世界で笑って、生きてくれてるって……僕のこ、ことは…わすれ、て……」

カイト「レオン?レオン!」

レオン「…っへ……へへっ、はなし、すぎた…ゲホッゲホッ……大丈夫、だよ…ごめん」

カイト「…レオン」

レオン「ぼく…つかれちゃったから、カイトのおはなし、ききたい…な」

カイト「お前の望むような話は何もしてやれない」

レオン「そんなこと、ない…カイトの声…お、ちつ…く」

カイト「お前の望むような人生は、生きられなかった」

レオン「…んっ?カイト、じぶんのこと、ぜんぜんしゃべ…らないから…ふへへっ…たの、しぃな…」

カイト「お前のことも、自分のことも救えなかった…っ」

レオン「…んっ…そんな、こと…な、ぃ」

カイト「何者にも、なれなかった」

レオン「カイトは……カイト、は……(意識が薄れていく)」

カイト「ごめん……ごめんな、レオン…」

レオン「………っか…い……と…」

カイト「レオン……見ろ」

見上げたカイトの目に、満天の星空と、天の川。
カイトの目から、一筋涙がこぼれる。
レオンの背で、カイトの呼吸が静かに止まる。
カイト、ハッとしてレオンを背から下ろす。

カイト「レオン……レオ……っ…ぅ…!レオン!レオン!ほら!!見えるか!お前の見たかった…天の川!ほらっ…!(嗚咽が漏れる)っく……ぅ、あああ…!っあああああああ!!!」

レオンを抱きしめながら泣き崩れるカイト

カイト「わ、忘れられるわけ…ない、だろっ…!約束しただろ…!絶対また、七夕に星見に行くって…!」

カイト「助けに行くからって言っただろ…!レオン!忘れたのかよ…!レオン!!」

カイト「お前のいない人生なんか、笑って幸せに生きられるわけないだろっ!!自分勝手なんだよ!!ずるいんだよ!!なのにお前は…っ!最期まで……わら、笑って…っう…」

カイトの嗚咽が海辺に響く。
穏やかな笑みを浮かべたレオンの顔に、カイトの涙が落ちていく。

〜数年前、レオンが施設に入る前日、七夕〜

カイト、レオンを抱きしめている。

レオン「…んぅ…どうしたの?お兄ちゃん」

カイト「…ごめん」

レオン「何が?」

カイト「お前を、守れなかった」

レオン「…お兄ちゃん」

カイト「許して、くれ」

レオン「…えへへ。もぉ、苦しいよ。お兄ちゃん」

カイト「…レオン、俺は…」

レオン「いいんだよ。僕が施設に入れば、みんなが幸せになるんだ。こんな僕でも何かの役に立つんだ」

カイト「違う…!そんな綺麗な話じゃ」

レオン「ね、お兄ちゃん」

カイト「…っ…」

レオン「僕の分まで、幸せになってね」

カイト「…レオン…」

レオン「僕、ずっと忘れない。あの施設に入って、もしかしたら色んなことされて、おかしくなっちゃうかもしれない。自分が自分じゃなくなっちゃうかもしれないけど。お兄ちゃんの幸せが、僕の幸せだから」

カイト「…なら、約束だ」

レオン「ん?」

カイト「生きて、また会おう。俺が必ず、お前を助ける。何に替えても、お前を助ける。そしたら、またこうして星を見よう。七夕の日に、綺麗な天の川を見よう」

レオン「お兄ちゃん、でも」

カイト「忘れるな」

レオン「…」

カイト「お前の笑顔が…お前のことが大好きだ。レオン」

(M)カイト「施設に連れていかれたレオンを追いかけて、その2年後、自らの意思で施設に入った。子どもを使って人体実験を行い、国の医療技術向上に貢献するための施設。逃げ出さないように、施設の外に出ると自然死させる機械を心臓に埋め込まれることも知っていた。2年前に別れた弟は、何も変わらず穏やかな笑みを浮かべて、施設で暮らしていた。出会った時にはもう既に、俺が兄だという記憶はなくなっていて、大人たちに傷つけられた身体はやせ細っていた。施設の中で長く過ごすうちに、元々あった心臓の持病は悪化し、もう弟が先が長くないことを悟った。何も出来なかった、何者にもなれなかった俺が、弟にできる最期の罪滅ぼし。全てを犠牲にして今日俺は、弟を外に連れ出した。弟の最期の願いを、叶えるために」

〜現在、海辺〜

息絶えそうなカイトの傍らに、レオンの亡骸

カイト「…ははっ……ごめ、んな、レオン…ダメな…兄ちゃん……だった、な…」

カイト、レオンの亡骸に手を伸ばし、抱き寄せる

カイト「…もう、寂しくないから……よくがんばった、な……ずっと、笑って、辛かった…だろ……」

カイト、ゆっくり目を閉じる

カイト「レオン…一緒に……生き、よう……」

カイト、そのまま息を引き取る
レオンの目から、一筋涙が零れ落ちた

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