拝啓、あの夏へ。【2:2:1】

拝啓、あの夏へ。

【登場人物】

翼:つばさ。男子高校生。
尊:たける。男子高校生。
夢華:ゆめか。女子高校生。
鈴音:すずね。女子高校生。
死神:しにがみ。男女不問。

【上演時間】
60〜70分

【あらすじ】
あの頃の俺らはがむしゃらで、未来なんか不確定で。ずっとこの時が、永遠に続くと信じていた。……幼馴染が死ぬと、分かるまでは。
高校生4人と、死神が繰り広げる、ハチャメチャにコミカルで、ちょっと泣ける、ひと夏の物語。
「拝啓、あの夏へ。」

【シナリオ本編】


翼、夢華、鈴音の3人、墓前にて。

翼「…尊、来たぞ」

夢華「はぁっ、あっつ〜い!マジ焼ける!てか、蚊やばいんですけど!」

鈴音「夢華ちゃんっ、お墓の前だからほらっ…あんまり騒ぐと起きちゃうっ」

夢華「どーせ毎日寝てんだから、ちょっとくらい起きたところでどーってことないって!それに、私ら3人集まったところで、尊の騒がしさにはかなわないっしょ!」

翼「騒がしいのはお前だけだろ。一緒にすんな」

夢華「はぁーやだやだ!こういう時カッコつけちゃってさぁ〜!クールにキメててもモテねぇから!」

翼「なっ!?」

鈴音「ま、まぁまぁ…ヘタレ好きもいますから、諦めちゃダメですよ?翼くん」

翼「…悪意のない言葉って、こうも人を傷つけるんだな…」

夢華「ほらほら、騒いでないでサッサと手合わせるよ!」

翼「だから元々はお前がだなぁ…!」

鈴音「ふふっ」

翼「…なんだ?」

鈴音「…笑ってます。尊くん。ほら、風」


そよ風が吹き抜け、3人の服の裾を揺らす。


夢華「…(笑いながら)ほらやっぱ、騒がしい方があいつも好きなんだよ」

翼「だな」

鈴音「ですね」

3人、尊の墓に手を合わせる。

翼(M)「幼馴染が死んで1年が経つ。悲しいも悔しいも寂しいも、まだ心のどこかに置いて、それでも時は待ってはくれないから。目を閉じると、瞼の裏にあいつの底抜けに明るい笑顔と、屈託のない笑い声が響く。……俺は、あいつと過ごした日々をゆっくりと思い出していた」


翼(M)『拝啓、あの夏へ。』

1年前。
泉川高校、3-B組。

尊「おーい!翼!いるかああ?」

翼(M)「出会ってから15年以上経っているが、気づけばいつも、俺は尊に振り回されてばかりいた。」

尊「おぉ!良かった!いたいた!」

翼「なんだよ、うるさいな。人の教室なんだからもっと静かに」

尊「なぁお前今日地理ある?教科書貸してくんね?」

翼「あるけど、お前この前もさぁ」

尊「たああのむよ!なっ?あっ、分かった!今度アイス奢るから!ほら、お前好きなやつ、この前新作出てたんだよ、知ってた?」

翼「知らねぇよ!興味ねぇし!だいたいアイスくらいで」

尊「ああもう!時間ないんだよっ、もう授業始まるからっ!ほらっ!」

翼「ほらっ!って……ったく……」


翼、呆れながら教科書を引っ張り出し、尊に手渡す。

尊「さんきゅ!はああ!やっぱり持つべきものは幼馴染だな!さすが神様仏様翼様!」

翼「はぁっ……アイス奢れよ?」

尊「あれっ、お前さっき興味無いって」

翼「さっきはさっき。今は今」

尊「あははっ!都合いいなぁ、お前。あれ、次お前のクラス何?」

翼「現国」

尊「ふーん。…あ!いいこと教えといてやるよ。(ヒソヒソと)現国のババア、今日めちゃくちゃ機嫌悪いぜ」

翼「…マジかよ。それ……お前が課題忘れて怒られたからじゃなくて?」

尊「……(ニヤリと笑って)当たりぃ」

翼「お前のせいじゃねぇかよ!ふざけんな!!」

尊「はははっ!んじゃあ、教科書借りてくわ!サンキュー!」

翼「(走っていく背中に)お前、次は貸さねえぞ!いっつもさぁ俺ばっか!」

尊「ばーか!お前以外に友達いねぇの知ってんだろ!」

翼「嘘ついてんじゃねぇぞ!」

尊、笑いながら手を振って、走っていく。
翼、盛大なため息。

夢華「相変わらず、台風みたいな奴ね。尊」

翼「ホントだよ」

鈴音「でもなんだか、幼馴染って感じで私は好きですっ」

翼「勘弁してくれよ。あいつのせいで俺の周りは年中お祭り騒ぎだ。」

鈴音「楽しそうに見えますよ?」

夢華「そうそう。バカ2人を見てるとね、つまらない悩みとかどーでもよくなるから」

翼「……おいちょっと待て。なんで俺もあいつと同類扱いされてんだよ!」

夢華「立派なバカよ。良かったわね」

鈴音「ほ、ほら、バカにも良いバカと悪いバカがあって、良い方のバカなんです!翼くんと尊くんは!」

翼「鈴音、全然それフォローになってないからな?」

夢華「あっ、ヤバい、先生来た。翼、後で夏休みの計画、打ち合わせしようね!」

翼(M)「尊とは、同じ病院で生まれた、所謂幼馴染。夢華と鈴音とは、中学で出会い、同じクラスで席が近かったことをきっかけに、俺たち4人はよくつるむようになった。同じ中学を卒業し、同じ高校に入学して、高校生活も3年目に突入。クラス替えを経て今は、尊だけ別のクラスになっているが、それでも暇を見つけては、俺たちはこうしてくだらないことで盛り上がっているわけで。」


放課後。
コンビニの駐車場で、喋っている4人。

翼「…この新作、あんま好きじゃねぇな」

尊「おいぃ!せめてお世辞でもさぁ、買ってやった奴の前では、『美味い』って言えよぉ!」

夢華「いやぁ、持つべきものはバカな友達だわ。アイス助かる〜!(アイスを頬張りながら)」

鈴音「尊くん、美味しいです!ありがとうございます。新作、ずっと気になってたんです!」

夢華「わかる〜意外と自分じゃ買わないしね〜」

尊「っ、なんでお前らにまで奢らなきゃいけねぇんだ、って思うけど、鈴音にお礼言われちゃなんも言えねぇなぁ〜!くぅ〜!!」

鈴音「なんでですか(笑)」

夢華「ねぇちょっと私はぁ?」

尊「お前、感謝の気持ち微塵もねぇからダメ」

夢華「ありがとうーちょー美味いー」

尊「棒読みだなぁ!?」

翼「アイスくらいでごちゃごちゃうるせぇよ」

尊「くらいってなんだ!くらいってぇ!」

翼「うるっさ。超響いたな、今」

夢華「そこ通ってた子ども、ガン見してたよ」

鈴音「ふふっ、いいですね。にぎやかで」

夢華「なんでかな、鈴音が言うといいことのように聞こえてくるから不思議よね」

鈴音「いいことですよ。みんなでアイス食べながらワイワイできるのは」

尊「確かになぁ。楽しいのが1番だ!」

夢華「はいそんな楽しいこと大好きな皆さん!今年の夏はどーしますかっ!」

翼「あぁ、そうだった。さっき夢華が言いかけてた話」

夢華「現国前に話そうと思ったのにさー」

鈴音「長者祭(ちょうじゃまつり)も今年は開催されるそうですよ。久々にみんなで行こう、って夢華ちゃんと話してたんです」

翼「そうなのか。あれ、なくなったのかと思ってた。確か、俺らが中2か中3の夏からやらなくなってたんだっけ?」

鈴音「なかなか人が集まらなくて、開催できなかったみたいなんですが、伝統的なお祭りを残したい、って市の補助が出るみたいで、また復活するそうです」

夢華「最近、夏は遠出ばっかだったからね〜久々に近場のお祭りでもいいかな、って」

翼「……つか、俺ら今年受験じゃん。こんな浮かれてていいのか?夏期講習てんこ盛りだろ」

夢華「へぇ、意外。そーゆーの気にするタイプ?普段不真面目なくせに」

翼「不真面目ではないだろ。お前より課題出してるぞ」

夢華「でも寝てるじゃん」

翼「テストの成績良けりゃいんだよ」

夢華「あれ、世界史何点だっけ」

翼「……17」

鈴音「100点満点で、ですか…?」

翼「お前、ほんと傷抉ってくるなぁ」

尊「俺でさえ、38だぞ!?」

夢華「尊の1/2ってやばくない?」

鈴音「50点満点だとしても低いですもんね」

尊「勉強、教えてやるか?」

翼「っるせぇーな!いんだよ、俺の点数なんかどーだって!どうせ夢華も鈴音も、そう変わんねぇだろ!?」

夢華「私、64」

鈴音「世界史は、94点でした」

夢華「さすが鈴音。国立大狙ってるんだもんね」

鈴音「まぁ……でも、足りてないんですけどね……」

尊「翼……ドンマイ」

翼「だあああっ!とにかく!!今は夏の旅行の話だろぉ!!」

夢華「あれ、さっきまで夏期講習がどうのーとか言ってたのに。てっきり今年は翼行かないのかと」

翼「行く!行く!!行くよ!!!夏期講習で潰される夏休みなんかゴメンだ!」

尊「その意気やよし!」

翼と尊、ハイタッチ。
4人の笑い声が響く。

尊「ま、俺夏期講習サボるけど」

翼「はぁ!?なんだったんだよ、今のハイタッチ!」

鈴音「確か夏期講習って強制参加じゃ」

尊「だって、俺別に大学行く気ねーし。勉強とかいらねぇし!」

夢華「でもさ、そうはいってもうちの高校って大半はどっかしら進学するじゃん」

翼「どうせ、尊は家継ぐんだろ?親父さんが、あんなでかいファミレス経営してんだから。将来安泰じゃねぇか」

尊「いや、俺は親父の後釜になるなんざごめんだわ」

翼「じゃあどーすんだよ。やっぱ進学?」

尊「いや?なーんも考えてない」

夢華「あんたね…」

尊「俺にとっちゃあ、勉強より、お前らと楽しいことやってる方が大事なわけよ!」

翼「サボって遊びたいだけじゃねぇか」

尊「ま、そーとも言うわな、ははっ!」

翼(M)「尊が無邪気に笑う。それを見て夢華と鈴音が呆れたように笑う。俺らの日常には笑顔があった。それがずっと続くものだと、疑いもせずに信じていた」


数日後。
放課後、3-B組教室内。
誰もいなくなった教室で、4人がダラダラしている。
西日が差し込んでいる。

翼「お前、部活は?」

尊「んー、今日は行く気しねぇんだよな。お前は?」

翼「天文部なんて、行っても行かなくても変わんねぇよ。ほぼ幽霊部員ばっか。どーせ、何もなく引退だよ。入った頃は、望遠鏡担いで山登って、星見たりしてたけどな。今は全然だ」

鈴音「尊くんは、サッカー部なのに、いいんですか?引退試合とか」

尊「あー、俺どーせベンチだしな。行ったってやることねぇから」

翼「ベンチ?お前が?」

尊「なんだよ」

翼「運動神経クソいいじゃん」

尊「俺程度のヤツらなんかサッカー部ゴロゴロいんの。霞む霞む」

翼「えー、クラスで一番足早いお前でも、レギュラー入れないの?俺、運動部じゃなくて良かった」

夢華「でも、最後の引退試合くらいさぁ、みんな出せよって思わない?うちのバレー部は、3年みんな出るよ」

翼「つか、お前もじゃん。部活」

夢華「私と鈴音は今日休みなのー」

鈴音「美術部も、私の学年は全員卒業制作飾りますし」

夢華「卒展、だっけ?卒業生展示会」

鈴音「そうです!2ヶ月後にやるので、見に来てくださいね」

尊「ほぇー、みんながんばってんじゃん!すごいなぁ」

翼「別に引退試合じゃなくてもさ、なんか出ねぇの?最後にーとか」

尊「んー、分かんねぇけど、あんまり興味ねぇかな」

夢華「興味ないことないでしょ。一応最後なんだから」

尊「まぁなー色々大変なんだよ」

翼「大変ってなにが」

尊「レギュラー争いーとか、上下関係ーとか。俺そういうのめんどくさいからさ!なんか別にいいかなーって。…つか!結局、夏旅行どうする?」

鈴音「(翼と夢華が微妙な顔をしている空気を察して、尊に話を合わせる)あっそうだ!結局決めてませんでしたよね?」

夢華「そういえばそーだった。なーんか私たち、いっつも話逸れちゃうからなー」

翼「ホントだよなー誰かさんのせいで」

尊「なーホントだよ」

翼「誰のこと言ってんだよ」

尊「お前だろぉ?」

翼「お前だよ」

尊「俺ぇ!?」

翼(M)「放課後の教室に、明るい笑い声が響く。なんだか今日は、妙にそれが心に刺さって」

尊「お前らそんなこと言ってるけどな!俺ちゃんと候補考えてきたんだからな!」

夢華「てか、この際長者祭でもいいんじゃない?」

翼「確かに」

尊「おい無視すんなよォ!」

翼(M)「なぜだろう。日常が、こんなにも愛おしく思えるのは。キラキラと、輝いて見えるのは」

鈴音「それで、尊くんはどこに行きたいんですか?」

尊「ん?あぁ、行きたいところっつーか、やりたいこと?みんなで花火したいんだよねー」

夢華「花火かぁー盲点だったかも」

尊「でっけぇ花火をさ、こう、どかーん!とね、やりたいわけよ」

夢華「でっかいって、どんくらいよ」

尊「いやほら、売ってるじゃんそこらで。こう、置いて、どーん!って。ああいうの楽しそうじゃね?」

夢華「なんだ、普通の花火ね。花火大会とかで上げるレベル想像した」

尊「バーカ、どーやって上げんだよ、そんなでけぇの」

夢華「あんたにだけは、バカって言われたくない」

翼(M)「ずっと、この時が続けばいいのに。このまま時が止まればいいのに」

尊「いやー、俺さ、1ヶ月後に死ぬんだわ。だから、みんなと最期の思い出作りしたいな、ってさ」


長い間

翼「は?」

夢華「え?何?」

鈴音「尊くん…?」

尊「あ、そう。俺、死ぬんだって。1ヶ月後」

夢華「えっ、ちょっと待って…」

尊「えっとね、何だったかな、なんか病気って言われてさ。心臓麻痺?だっけ、それで階段から落ちて」

翼「いや、お前何言ってんの?全然面白くねぇボケやめろよ」

尊「いや、マジで冗談じゃねぇのよこれが!俺もびっくりしてさ〜!つかさ、階段から落ちて死ぬ、って超バカじゃね?なんかもーちょっとマシな死に方したかったよな〜!」

翼「…お前さぁ、だから、笑えねえって」

尊「だーから冗談じゃねぇっての」

翼「冗談じゃねぇなら、なんでそんなヘラヘラ笑ってんだよ!説明しろ!!」



鈴音「あの…どこか、体調が悪い…んですか?」

尊「いや、それが全然どっこも。だからビックリしたよね」

夢華「いや、あんたおかしいよ。ビックリしたよね、じゃなくてさ」

鈴音「え、でも、体調が悪くないのに、なんで病気って分かったんですか?病院に行く理由がないですよね?」

尊「いや、医者に言われたんじゃなくて。死神に言われてさ」

翼「…はぁ…?暑さで頭イカれたか?」

尊「おいおい!俺頭は良くねぇけどさ、イカれてはねぇって!」

翼「じゃあなんで急に死ぬだの死神だのそんな話が出てくるんだよ」

尊「仕方ねぇだろ?死神に言われたんだ。あと1ヶ月で、お前は死ぬ、って。なぁ?死神」

死神「はい、そうですね」


突然、死神が現れる。
尊以外、驚きの声を上げる。

翼「だ、だだだだ、誰だ!!」

死神「あ、どぉもぉ、死神です」

夢華「どういうこと!?どこから入ってきたわけ!?」

死神「どこから、と言いますか、ずっとここにいたんですけどねぇ」

鈴音「え、怖い……先生呼んでくる……!?」

死神「あ、いや、呼んできていただいても構いませんが、たぶん私の姿は見えませんよ」

鈴音「え……?」

死神「あ、私、文字通り死神をやらせて頂いている者でして。死期が近い方の元にお邪魔して、余命をお伝えし、最期を見守るという役割を仰せつかっております。死期が近い人には私の姿は見えるのですが、まぁ通常は見えないことになっておりまして、はい」

夢華「じゃ、じゃあ……なんで私たちに見えてるわけ!?私たちの寿命も」

死神「あ、あぁいや、違うんです違うんです。これはたまたまといいますか、いやぁ私も本当に見えるなんて思っていなくて、不思議ですね……あっ、少なくとも、あと1ヶ月でお亡くなりになるのは尊さんだけですので、ご安心ください」

夢華「ご安心ください、って……」

尊「この前急にこいつが見えるようになって、俺もはじめはビックリしたんだけど。話を聞いてると、本当に死神らしくてさぁ。すごいよなぁ、こんなことあるんだなぁ」

翼「こんなことあるんだなぁ、ってさ……お前……」

死神「ちなみに、先ほど尊さんが言ってた通り、尊さんは1ヶ月後、心臓麻痺で、自宅の階段で足を滑らせて」

翼「いい加減にしろ!!」


翼、尊の胸ぐらを掴む。

翼「悪ふざけも大概にしろ、流石に笑えねぇよ。何のドッキリだよ」

尊「だから、ドッキリじゃねぇって。本当に1ヶ月後、俺は死ぬんだよ」

翼「それでいいのかよ」

尊「いいとか悪いとかじゃなくて、決まってることなんだって」

翼「お前があと1ヶ月で死ぬんだとして、何でそんなにヘラヘラ笑ってられんだって聞いてんだよっ!!」

尊「死んでもいいと思ってるからだ」

翼「……っ!」


翼、手を離す。

翼「…なんだよ、お前」

尊「なんだよ、って?」

翼「なんかあったのか?何、自殺願望、的な?そんなの、こんな変な奴じゃなくて俺たちに相談しろよ、水くせぇな」

死神「変な奴…(ショックを受けたように)」

尊「自殺願望、か。別に自殺願望はねぇよ」

翼「じゃあなんだよ」

尊「だから、事実なんだって。俺は一ヶ月後に死ぬ。その事実に抗う気は無い。それだけ」

翼「…なんで」

尊「………………ま、めんどくさいからかな!人生が」

翼「……」

尊「だからさ!1ヶ月しかないから、最期にパァっと遊んで思い出作りたいわけよ!」


鈴音「あの……死神……さん?」

死神「あ、はい、どーも、死神です」

鈴音「あなたが死神だという証拠は、あるんでしょうか」

死神「あぁ!それ!よく言われるんですよねぇ。私、普通の人と変わらない地味な服装してますし、信じてもらえないんですよ。いやほんと、困りますよねぇ。こればっかりは」

夢華「何コイツ……」

尊「こいつらにも教えてやってくれよ。じゃないと、信じてもらえないだろ?」

死神「いやー……まぁいいですけど……はぁっ……これ、職権乱用ってやつじゃないのかなぁ……上司に消されたらどーしよ……」

(M)翼「ブツブツとそんなことを言いながら、その死神とか名乗る奴は、数人の名前とその人たちの情報を事細かくメモ帳に書き記していく。俺らは何も言わず、ただじっと、その非現実的な文字の羅列を見つめていた」

死神「こんなもんでいいです?一応、今日から数日後までランダムにピックアップしてみましたが」

夢華「ほ、本当に……?この人たちが……?この日に死ぬの……?」

死神「そうですね、決まっていますね」

翼「こんなのデタラメだろ。いくらでもテキトーに書ける」

死神「えぇ、えぇ、皆様そうおっしゃいますねぇ。ですので、その日になって確認していただくまでは信用いただけなくてですね、はい」

尊「俺も、翼と同じこと言ってさぁ最初。本当に確認したんだよ、したらマジでさ」

夢華「マジでさ、って……マジだったらヤバいんだよ、だって、本当だったら……本当に、尊は……」

鈴音「……死神さん。もし、あなたの言っていることが本当だと仮定して、あなたは何でここにいるんですか?」

死神「私の目的は、死んだ方の魂が彷徨わないようにする、言わば案内人のような立場でして」

鈴音「例えば、あなたが寿命を操作することは」

死神「あっ!それ!!それもですねぇよく聞かれるんですが、私にその力はありません。私たちは、既に決められた寿命を全うした方たちを、然るべき場所へ送り届けるために存在しています。あぁ、あれです。人間界で言うところの、お役所仕事、って言うんですか?あれと似てますね。寿命を操作することなんて、神にもできません」

尊「そう。だから、俺が死ぬことは決まってることなんだ」

翼「…そんな簡単に受け入れられるか。なんでお前が笑って受け入れてんだよ。なんでお前が死ななきゃなんねぇんだよ」

尊「うーん……でもほら、いつかはみんな死ぬだろ?早いか遅いかの違いでさ」

翼「それはそうだけど!でも今じゃねぇだろ!!これからだって、楽しいこととか……そう!俺たち4人でさ、高校卒業してからも、大学入っても、大人になってからも、ずっとバカやってさ……そうやって楽しいこといっぱい」

尊「まぁなーお前らと過ごせる時間はめちゃくちゃ楽しいけどな。それだけで生きていけるわけじゃねぇしな。俺はもういいと思ってる。後悔なんか、ひとつもねぇな」

翼(M)「そう言って尊は、いつものように屈託なく笑った。数日後、死神が書いたメモ帳の通りの人間が亡くなったことを確認した俺たちは、否が応でも死神という存在を、そして、尊が一ヶ月後に死ぬという事実を、受け入れざるを得なかった」


死神との邂逅から数日後。
3-B組にて。
夢華が、ボーッと座っている。

鈴音「夢華ちゃん?大丈夫ですか?」

夢華「……ん、鈴音。ごめん、ボーッとしてて。あれ、翼は?」

鈴音「飲み物買いに行きました」

夢華「そっか」

鈴音「…尊くんのこと、ですか」

夢華「うん。なんか、信じられなくて」

鈴音「そうですよね。私も全然受け止められません。でも、当の本人の尊くんがケロッとしてて、いつも通りなのでなんか、普通に過ごしてると忘れちゃいますね」

夢華「……」

鈴音「自分だったら、って考えちゃいます」

夢華「自分だったら?」

鈴音「自分が、尊くんと同じように寿命を知らされたとして、あと1ヶ月の命だとして、あんな風に笑ってられるかな、って。私には無理だと思います。だから、尊くんって……すごいなぁって」

夢華「鈴音だってすごいよ。尊が死ぬって事実を冷静に受け止めてちゃんと考えて。私なんて……嘘だとか、信じられないとか、どうせまた悪ふざけ、って。そればっか」

鈴音「それが普通です。でもなんていうか…あっ…うーん…(口ごもる)」

夢華「…なに?」

鈴音「尊くんが、人生がめんどくさくなった、って気持ち……私、少しだけ分かるんです」

夢華「…」

鈴音「生きてるだけで色んなしがらみがあるじゃないですか。課題があって、友人がいて、家族がいて。私もたまに、そういう何もかもがめんどくさくなっちゃって、絵に逃げちゃうんですよね。……だから、尊くんも」

夢華「…死んだら終わりじゃん」

鈴音「夢華ちゃん……」

夢華「死んだら何もなくなるじゃん。いなくなっちゃうじゃん。おかしいよ。めんどくさいこともあるよ、そりゃあさ。課題だってやりたくないし、友達とケンカした日は会うの気まずいし、お母さんに小言言われたらイライラするし。それでもさ、生きてればさ、楽しいことも嬉しいこともあるじゃん。死んだらその先の未来、何もなくなるんだよ。バカだよ。ほんとバカ。尊はさ、どうせ今しか考えてないバカだからさ、そういうこと言ってるけど、ほんと……バカだって……(語尾が震える)」


鈴音「尊くんは良いバカです。だから……そういうこと、きっと考えた上で話してくれたんじゃないでしょうか」

夢華「…鈴音は尊が死んでもいいと思ってるわけ?」

鈴音「もちろん、死んで欲しくはないです。でも、それが動かない事実だとして、そして本人が抗わないことを決めているのだとして、だったら私たちには何ができるんだろう、って」

夢華「……私は無理。そんな割り切って考えられない。だって、私…尊が死ぬなんて、そんな…そんなの…」

鈴音「でも、そうやってるうちに1ヶ月経ったら、きっと後からすごく後悔すると思うんです。それはきっと、尊くんも望んでいないと思うんです」


夢華、立ち上がる。

夢華「……ごめん」

鈴音「夢華ちゃん」

夢華「……1人にさせて。頭冷やす」

夢華が出ていくタイミングで、翼が教室へ戻ってくる。
鈴音の表情を見て何かを察し、ため息をつく。

翼「…あんまり追い詰めてやるな」

鈴音「ごめんなさい、そんなつもりじゃ」

翼「誰もが、鈴音みたくすぐ切り替えられるわけじゃない」

鈴音「分かってます。私も……頭を冷やします」


短い間

翼「あいつとの残された時間は、1ヶ月。そんなの……受け入れられねぇに決まってんだろ」


場面転換。
尊、帰り道にて。


死神「意外ですよねぇ」

尊「何が?」

死神「いやね、大体私が現れると皆さん取り乱したり、罵声を浴びせたり、絶望したりと、それはもう大変な有様でしてね。私としては、もう既に確定している未来なので、ほとほと困ってしまうんですが」

尊「……俺は、落ち着いてる、ってか?ま、バカだからな!あんまり難しいこと考えらんねぇだけよ」

死神「またまた、嘘ばっかり」

尊「……」

死神「ちゃんと分かってますよ。死神ですからねぇ、私は」

尊「死神の目は誤魔化せねぇってか。ハハッ!そんなん現実で聞くなんて思わなかったな。……ま、死神相手に誤魔化す必要もないしな」

死神「えぇ。まぁ、私はさておき……このまま、お友達さんと分かり合えないまま死んでいくのは、見ている私としても、後味が悪いと言いますか」

尊「まぁなぁ……でもさ、本当のことを伝えても、結局変わんねぇだろ?だったら別に、このままバイバイで、俺はいいけどな。楽しいままでさ。俺は、笑って死にてぇんだよ」

死神「笑って…」

尊「社会に出る前にめんどくさいこと全部投げ出しちまって死ねる。こんなラッキーボーイ、なかなかいねぇぜ?」

死神「死ぬことをそこまでポジティブに捉えてくださる方がいるのは、死神業界の希望ではありますがね。ただね、私は思いますよ」

尊「何を?」

死神「貴方が考えるより、貴方を思ってくれている方がいる、ということです」

尊「うーん……(頭を搔く)分かっちゃいるけどなぁ。俺はたださ、本当にただ、あいつらと楽しくやってたいだけなんだよ。俺が死にたい理由を伝えちまったら…もう、本当に心から笑えなくなっちまいそうでさ」

死神「死神が現れたところで、どっちみち、でしょう」

尊「おま、そんな身も蓋もないこと言うなよ」

死神「いついかなる時も、私は疎まれる存在ですからねぇ。死神が側にいて嬉しい人間はいないでしょう」

尊「……俺は、嬉しかったぜ。これで、楽になれると思った」

死神「……」

尊「だから、ありがとよ!死神!」

死神「ははっ……そんな爽やかに名前を呼ばれたのは、初めてですね」

尊「でもまぁ…そうだよな。俺なりにちゃんと、あいつららとさよなら、しなきゃな」

翼(M)「俺がどう足掻こうが未来は変わらないとして、それをあいつ自身も望まないとして、だからってあいつが死ぬって現実をどう受け止めたらいいんだ。答えの出ない問いをひたすら繰り返す。その間にも時間は無為に過ぎていく。俺たちは、それぞれの思いを抱えながら、付かず離れずな日々を過ごしていた。結局、夏休みの予定を決めることもできず、終業式の日を迎えた」


終業式終了後、3-B教室にて。
尊と死神もいる。

夢華「…終わっちゃったね、1学期」

尊「だなぁ。はぁ〜!夏休みかぁ〜!人生最後の!逆に何したらいいか分かんねぇわ」

翼「…っ、お前、さぁ」

鈴音「確かに。『人生最後』って言われると、迷いますよねぇ」

尊「そうなのよ!やり残したこと、っていうとありすぎて選べねぇし、2週間じゃどうにもならねぇし」

死神「あぁ、よく言われますねぇ。もっと早く教えてくれたら、って。1か月前じゃ、何もできないじゃないか、なんて言われますけど、でも、そんなこともないと思うんですよねぇ」

夢華「どういうこと?」

死神「ああいや、我々死神ですから、人間の皆様のご事情はよく分かりませんが…1ヶ月あればですよ、大抵のことはできちゃうかなって。旅行に行きたいなら行けばいいし、誰かと会いたいなら会いに行けばいいし、食べたいものを食べたいだけ食べればいい。まぁ、そうですね…今から宇宙飛行士になりたい、とか言われると難しそうですが。それに、」


死神、尊の方を見る。

死神「尊さんの場合は、そう叶えるのも難しくなさそうですし 」

尊「ははっ。でもなんかさ、色々考えたんだけど、俺がやりたいことにみんなを付き合わせちまうのも悪いかなって思ったりもしてな」

鈴音「え?」

夢華「…は?」

尊「あの話してからなんか、みんなどっか無理してるじゃん。俺と話すの」

翼「…当たり前だろ」

尊「そんな状態でさ、遊びに行っても、俺のやりたいこととは違うわけよ。だってみんな、心から笑えないだろ?」

翼「…いい加減にしろって。あのなぁ、」

尊「分かってるよ。それだけ俺のこと、大切に思ってくれてるのはさ。死んでいなくなっちまうのが、寂しいって、思ってくれてるのは嬉しいんだけど。でも、俺が死ぬことはもう動かねぇんだわ。どれだけ悲しんでも、どれだけ悔しくても、動かねぇの」

翼「…っ…!ほんっと、ムカつく!今のお前と話してると、マジで殴りたくなる。なんだよ。ヘラヘラしてんじゃねぇよ」

尊「じゃあ、落ち込んでた方がいい?死にたくねぇよォ、生きていてぇよォ、って後悔したまま死ねって?」

翼「だから、っ…!…っ、そういう話じゃ、」

夢華「翼」

翼「なんだよっ!」

夢華「…翼の気持ち、めっちゃ分かる。色々心の中に抱えてる気持ちをさ、どこにぶつけたらいいか分からなくて、なんかモヤモヤしてさ。でも、なんていうか…嫌じゃん。こんな、ケンカしてさよならするの」

翼「…」

鈴音「そうですよ。このままだと、私たち、ずっと尊くんにさよならできないです」

翼「だから、嫌なんだよ俺は!」

死神「いくらあなたがゴネたところで、運命は変わりませんよ」

翼「っ…!でも、俺は…っ、死んで欲しく、ねぇんだよ、尊に」

夢華「…私もだよ、翼」

翼「だったら、なんでそんな受け入れたみたいな顔してんだよ!お前だって、最初は嫌だって、無理だって言ってたじゃねぇか!」

夢華「うーん、なんで、かな…上手く言えないけど…鈴音が言ってた通りかな。悲しいけど、でもそれ以上に、このままは嫌だ。だって本当に、私たちじゃどうしようもできないんだとして、それを尊が受け入れてるんだとして、だったら、だったらさ、本当に最後なんだもん。尊の願いを叶えてあげたいじゃん」

鈴音「私も、そう思います。尊くんの願いを叶えられるのは、私たちしかいません」

夢華「私はさ、尊の記憶に残ってるのがこんな空気なのやだよ。最期の最期まで、私たちでさ、バカやって笑ってて、あー幸せだったな、って思って欲しいよ」

尊「ほんとそう。俺もそうやって死にたい。だからさ、翼。俺の人生最後の願い、一緒に叶えてくれねぇか?俺は、お前らと笑って過ごすのが、一番の幸せなんだよ」

翼「ほんと…お前、バカだな」

尊「今さらだろ?」

(M)翼「そう言ってあいつは、やっぱり屈託なく笑った。俺の鬱々とした気持ちなんか、吹き飛ばすくらいの爽やかな、明るい、いつもと何も変わらない、あいつらしい笑顔だった」


1週間後。
浜辺にて。

夢華「わぁ〜〜!!海だあああ!!ちょー綺麗!!!」

鈴音「天気良くて良かったですね!でも、暑くて焼けちゃいそう」

夢華「日焼け止めとか、意味なさそうだよね。いいよなぁ死神は。そういうの気にしなくてよさそうで」

死神「いやいや!暑いですよ!?普通に肌も焼けますし。ま、焼けても元通りになるんですけど」

夢華「え〜!羨ましい!私も死神になりたい〜!!」

鈴音「ちょ、夢華ちゃん!あんまり大きな声で言うと、周りの人にビックリされちゃうっ!」

夢華「あっそうだった、見えないんだった」

鈴音「死神さんが、馴染んじゃってますもんね」

死神「あははぁ〜皆さんが普通に話してくれるから、私も嬉しくて。海に来て遊ぶ、なんてことも初めてですし」

尊「せっかくだ、一緒に楽しもうぜ!(と、後ろから死神の肩を叩く)」

死神「…なんか、不思議な感じですねぇ。人間の方にそう言われると」

尊「ははっ、いいじゃねぇか、たまには仕事のことなんか忘れて、騒ごうぜ!」

死神「いいですねぇ、見てるだけで元気になりますよ」

夢華「確かに、尊ってそういうとこあるよね。見てるだけで元気になるっていうかさ」

鈴音「…翼くん?」

翼「(尊をじっと見つめている)」

鈴音「つーばーさーくん!」

翼「おわっ!」

鈴音「ふふっ、楽しみましょうね!」

翼「…あぁ」

(M)翼「割り切れない感情は、沢山あった。それでも、あいつが笑えるなら。なんとかそうやって、自分の気持ちを押し殺す。俺の気持ちなんかそっちのけで、空も海もどこまでも青く輝いていた」

尊「おい、翼ぁ!どっちが早く沖まで泳げるか勝負な!」

翼「…は!?ちょ、待てよ、俺まだなんも」

尊「負けた方が、かき氷奢りな!よーいスタート!(海へ走っていく)」

翼「あっ、くっそ…おい、待てって!!せめて服脱いでから…!(尊を追いかけながら)」

夢華「ははっ、元気だなぁ」

鈴音「ね。やっぱりこうでなくっちゃ、あの2人は」

夢華「よぉ〜し!私たちも泳ぐぞ〜!」

鈴音「死神さんも、泳げるんですか?」

死神「どうなんでしょう。泳いだことはないので」

夢華「じゃあ、初体験じゃん!いこいこ!」


一通り泳ぎ終わって、浜辺。

翼「はぁ…はぁ…疲れた…いや、勝てるかよ…あいつ、バケモンだな体力…」

鈴音「ふふっ、お疲れ様です」

尊「一休みしたらまた泳ごうぜ!」

翼「正気か?…俺もう体力全部使ったって…」

尊「おいおいおい!貧弱だなぁお前!」

翼「天文部舐めんな…ってか、死神あいつ超楽しんでるな」

鈴音「海で泳ぐの初めてだそうですよ」

翼「だろうなぁ」

尊「ははっ、いいじゃんいいじゃん!…おーい!夢華!俺も混ぜろおぉ!」


尊、夢華たちのところへ泳いでいく。

翼「鈴音は?泳がなくていいの?」

鈴音「私も休憩です。体力ないので」

翼「…そうか…はぁっ、ったく、どこまでアイツは…」

鈴音「ふふっ、本当に楽しそうですね。尊くん」

翼「…あぁ」

鈴音「みんなで来られて、よかった」

翼「…あいつはほんとさ、昔からそうなんだよ。なんか元気が有り余ってるっていうか。近くにいると、余計なこと考えられなくなるくらい、楽しくなっちまうっていうか」

鈴音「そういうところが、愛される理由なんでしょうね」

翼「…あぁ、ほんとに」

夢華「(海から上がってきて)翼、尊に負けたんだって?」

翼「そりゃ負けるだろ。アイツに勝てたことなんか一度もねぇよ」

尊「バカお前、1回あるだろ。昔。」

翼「は?あったっけ?」

死神「いやぁ、いいもんですねぇ海!なんかキラキラしてて、はしゃいじゃいます!」

尊「おっ、いいねぇ!人間界楽しんでるじゃん」

死神「えぇ、えぇ!せっかくです、遊び尽くしちゃいましょう!」

尊「おう!…ってことで、翼!頼んだぜ!」

翼「え?」

尊「かき氷、奢ってくれんだろ?」


すっかり日も暮れて、夜。
他に人が誰もいなくなった浜辺で。

翼「なんで俺が花火まで…」

夢華「はい、細かいこと言わなーい」

翼「かき氷に、焼きそばに、たこ焼きに、花火って、俺だけ負担デカいだろ!つか、死神!なんでてめぇの分まで!」

死神「まぁまぁ、細かいことは気にしない」

翼「馴染みすぎなんだよ!」

鈴音「でも、本当に楽しかったです!私、久々にこんなに全力で、遊んだー!って感じで」

夢華「いやほんとそれ!見て、めっちゃ赤いんだけど!超焼けた!」

尊「なー、ほんと楽しいわ!やっぱりお前らといると飽きねぇなぁ」

翼「それはこっちのセリフだわ。何回泳がされたと思ってる…!」

尊「ははっ、お前だって俺の顔面にビーチボール当てただろ、おあいこだって」

翼「当てたくて当てたわけじゃねぇよ!下手くそだっただけで!」

死神「いやぁほんと、いいですねぇ。辛気臭い話が多いですからね、私が関わると。こうも明るいと、なんだかずっといたくなります」

尊「…っしゃあ、じゃあ花火、するかぁ!」

(M)翼「そう声を上げた尊の顔が、ほんの少しだけ寂しそうに見えた。」


海辺で花火をする5人。
夢華、鈴音、死神は遠くの方で手持ち花火をしながら盛り上がっている。
翼は、それを見ながらボーっとしている。

尊「よっ」

翼「おう」

尊「いやーマジでアブねぇのあいつら!さっきさ、夢華が持ってた花火ぶん回してさ、火の粉がもう、服に!」

翼「いや普通に火事じゃん」

尊「だからさぁ、もうほんと!はしゃぎ過ぎだって。…ほら」

翼「ん?」

尊「線香花火。やろうぜ」


翼と尊、線香花火に火をつける。

尊「お前さ、さっき覚えてなかったけどさ」

翼「ん?」

尊「俺が唯一、お前に勝てなかったの、これ」

翼「え?」

尊「小さい頃、なんだったかな、近所の祭りかなんかで、線香花火したんだよ。何回やってもお前に勝てなかった。お前ほんと、上手くてさ…あっ!」


尊の線香花火が落ちる。

翼「…早くね?落ちるの」

尊「あーっ!もう!お前も早く落とせよ!」

翼「なんでだよ」

尊「勝負にならねぇだろ!俺、今日は絶対お前に勝つって決めてんの!」

翼「ちょ、分かったから!揺らすな揺らすなバカ!あっ、もぉほら、落ちたじゃん!」

尊「っしゃ、はいほら、2回戦な」

(M)翼「尊が俺に、線香花火を差し出してくる。その手が、その目線が、幼い頃の記憶と一致した」

尊「…うし、いい感じいい感じ!」

翼「お前さ、そうやって喋ってるから落ちるんだぞ」

尊「仕方ねぇだろ。俺黙ってらんねぇの、知ってんだろ?」

翼「線香花火向いてねぇわお前」

尊「知ってる。だから、あれ以来お前と花火やってねぇしな」

翼「…確かにな。言われてみれば、そうかも」

尊「おっ…!めっちゃパチパチ来たぞこれ!いいぞいいぞ!こっからこっから!!」

翼「線香花火でそんな大声出すやついるかよ…」

尊「へへへ、今回こそはお前に勝つんだ」

翼「…いつもお前が勝ってんだからさ、たまには譲れよ」

尊「…」

翼「…尊?」

尊「ん?あああ!落ちた!おい!お前が話しかけるから!」

翼「いや理不尽だって」

尊「ちっくしょー!もっかいだ!」


夢華、鈴音、死神が花火をしている。

鈴音「ふふっ、これだけ離れてても、尊くんの声だけは聞こえてきますね」

夢華「あいつら何やってんの?線香花火じゃない?」

鈴音「いいですね、後で私たちもやりましょう」

死神「花火ってこれ、すごいですね…そういえば、なんか夏にドンドン空に上がるの、あれも花火ですよね。結構な勢いなので、ボーっとしてると当たりそうで」

鈴音「そうなんですか?」

死神「私一人ならいいんですけどね。死んだ方の魂をお連れしてる時なんかは結構気をつけてないと、急に来ますから。…普段は何とも思っていないものが、こうして見るとやけに綺麗に見えますねぇ」

夢華「そうだよね。…何気ない日常が大切だったんだなって、今更思う。…ちゃんと、話せてるかな、あいつら」

死神「幼馴染、なんですよね」

鈴音「翼くんと尊くんは。私たちは、中学からなんですけど」

死神「…尊さんは幸せですね。こういう仕事をしていると、なかなか最期が不遇なかたも沢山いらっしゃるのですが、こんな素敵な皆さんに囲まれて」

夢華「そう…だといいんだけど」

鈴音「夢華ちゃん?」

夢華「…ごめん。色々聞いたからかな、尊が本当に幸せだったのか、分からなくなっちゃって」

鈴音「そっか。夢華ちゃんも…聞いたんですね、尊くんのこと」

夢華「うん。自分で話してくれた。死神に言われたから、って」

死神「だって、悲しくないです?友達なのに、隠したままさよならするの」

夢華「人間っぽいな、死神のくせに。でも…うん。尊の話聞いてさ、やっぱり最期は尊のやりたいこと、一緒に、って思った。けど…」

鈴音「悲しく、なっちゃいますよね。色々聞くと…」

夢華「ずっと…記憶の中に残してたいなぁ。尊の笑顔も、声も。本当に、楽しそうだったから。…ははっ…やっぱさぁ、私、尊のこと…(言いかけて、ハッとし、誤魔化すように)ごめん、私…なんか、急に寂しくなっちゃって…」


翼と尊が4回目の線香花火をしている。

尊「うし、4回目ぇ…!」

翼「諦めろっていい加減さぁ」

尊「諦めきれるか…!絶対勝つ…!」

翼「ふっ…」

尊「ん?なんだよ」

翼「いや。生きることは諦めるのにさ、線香花火は諦めないんだなって。そう思ったらなんか、笑えた」

尊「そりゃ、そうだろ。お前との勝負はいつだって真剣勝負よ」

翼「生きることは、真剣勝負じゃない?」

尊「…真剣勝負だったよ」

翼「過去形かよ」

尊「そうだな。真剣勝負でありたかった、が正しいかもな。俺ほんとバカだからさ。難しいこととか、全然わかんねぇし」

翼「生きるのにバカもクソもあるか」

尊「あるんだよ。色々さ、めんどくせぇことが」

翼「…」

尊「けど、ほんと、お前らといる時は何も考えずにいられた。ありがとう」

翼「やめろよ、バカ。本当に死ぬ前みたいだろ。まだ1週間あるだろ」

尊「ははっ、まぁな」

翼「まだ、1週間…」

尊「1週間か…」

翼「あと、いっしゅう、かん…」

尊「(長い間)…ははっ…死にたく、ねぇなぁ…」

(M)翼「視界が揺れた。尊のその一言で、俺の何かが決壊した。線香花火を持つ手が震える」

翼「バカかよ、お前…」

尊「…なにが?」

翼「そういうことは、最初に言えよ…」

尊「…えぇ?」

翼「…負けちまっただろ、勝負」

尊「ははっ、わりぃ」

翼「ズルすんな。正々堂々勝負しろって」

尊「正々堂々勝負してんだろ」

翼「…っ…」

尊「死にたくねぇよ、最初っから…」

翼「カッコつけんな、バカ。お前らしくねぇ」

尊「うるっせぇなぁ。カッコつけさせろよ」

(M)翼「そう呟く尊の声は震えていた。あぁ、そうだ。最初から分かっていたはずなのに。尊はいつだって、笑顔でいたかったのだ。」


5人、合流して

夢華「よっしゃー!じゃあ、最後にでっかいの、上げますかぁ!」

死神「おおお!楽しみですねぇ!」

翼「一番デカそうなの買ってきたからな、派手に上がるんじゃねぇか?」

鈴音「私、こういうタイプの花火初めてです…!えっ、これ、離れた方がいいですよね?」

翼「いけ、尊!」

尊「えっ、俺!?」

夢華「他に誰がいるのよ!」

鈴音「そうですよ、尊くん、火つけてください!」

尊「ええぇ…俺かぁ…」

翼「なんでここで怖気付いてんだよ!」

尊「いや、だってさぁ…やっぱり、終わっちまうのは、寂しいだろ」



尊「…ははっ、キャラじゃねぇな、なんか」

鈴音「ありがとうございます」

尊「…え?」

鈴音「尊くんの口から、その言葉が聞けて良かった」

夢華「うん。本当に。素直になりな」

死神「ようやく、人間らしいこと言うようになりましたね、尊さん」

尊「…そうだな。…本当にありがとう。…ありがとう」

(M)翼「尊は、噛み締めるようにそう言うと、ゆっくりと火を付けに歩いていく。程なくして上がった花火は、そりゃあまぁ小さな小さな花火だったけど、俺が見た中で一番綺麗な花火だった」

(M)翼「その1週間後、尊は死んだ。死神の言った通り、あまりにも呆気なく」


葬式直後。
3人、顔を合わせるも無言。


鈴音「本当に…いなくなっちゃいましたね…」

夢華「なんか…夢みたい。夢であって欲しいけど」

鈴音「…寝てるみたいな顔だったな…尊くん」

夢華「翼?」

翼「…ん」

夢華「お疲れ様」

翼「…お互い様だろ。お前らだって」

夢華「結局、最後無理矢理旅行に連れ出したところあったし」

翼「…俺は良かったと思ってるよ。本当に。ありがとう」


夢華と鈴音が、顔を見合わせる。
やがて、夢華がそっと手紙を差し出す。

夢華「これ」

翼「…何?」

夢華「尊から預かってた」

翼「え…」

鈴音「ごめんなさい、翼くん。私たち…謝らないといけないことが、あって」

夢華「実は、尊から翼には言わないでくれ、って言われてたことがあって。その…知ったらきっと、翼は悲しむから、って。まぁじゃあ、私たちはどーなのよ、って感じなんだけどさ」

鈴音「私たちも、色々聞いた時は悲しい気持ちになったんですけど、でも、だからこそ、尊くんには笑っていて欲しいな、楽しい気持ちのままでいて欲しいな、って、そう思ったんです」

翼「なんで…俺には…」

夢華「なんつーか…そういうところあるじゃん。あいつ。自分がしんどい時とか、何も言わないでさ。いつも笑ってて」

(M)翼「脳裏をよぎったのは、線香花火をしていた時の尊の横顔。零れる涙を拭いもせず、何かに耐えるように穏やかに笑っていた、尊の姿」

翼「…ありがとう。ごめんな、隠しておくの、辛かっただろ」

鈴音「ううん。私たちは大丈夫」

夢華「私は直接言えって何回も言ったんだけど、でもやっぱり、俺には無理だ、って。翼にだけは伝えられないってさ。ほんと、羨ましいくらいおアツいよね、お二人さん。…ほんと、羨ましかった」

鈴音「きっと受け止めるのに、とても時間がかかると思いますけど、私たち、待ってますから」

翼「…ありがとう」

(M)翼「夢華から手紙を受け取り、家に持ち帰ってから中身を取り出す。開くと、あいつらしい豪快な字が目に飛び込んできて、それだけで胸が苦しくなった」

尊「翼へ。よっ!元気か?ちゃんと飯食ってるか?暑いんだから、俺の事ばっか考えて、カリカリしてんじゃねぇぞ?
…なんてな。翼のことだから、色々考えてくれてんだろうな。本当は、ちゃんと話すべきだったんだけど、翼がどんな顔するか考えたら、何も言葉が出てこなかった。
俺さ、小さい頃から、親が社長ってだけで煙たがられてたんだよ。だからお前以外に仲良くしてくれる奴、いなかったんだわ。部活だって、ずっとベンチなのはハブられてるからだし、教科書貸してくれる友達だっていない。親父の店は借金で頭回らないし、お袋は不倫してるしで、もう、俺の人生めちゃくちゃよ。なんつーかもう、全部、どーでもよくなった。
でもそういうの、お前には言いたくなかったんだよ。お前といる時だけは、そういう辛い現実を忘れたかった。
お前に、死んで欲しくないって言われて、本当は嬉しかった。俺だって、死にたくねぇよ。死にたいわけねぇだろ。だってずっと、お前が傍にいてくれんだから。それだけで人生勝ち組なの。
…だから、お前はちゃんと、俺の分まで笑って生きてくれ。これが本当の、俺の最期の願いだ」


最初のシーン、お墓に手を合わせ終えた後。

翼「おせぇよ、待ちくたびれわ、って言われた」

夢華「確かに、ごもっとも」

鈴音「でも、やっぱり受け止めるには時間がかかります。大切な人がいなくなるのって、そういうことです。ゆっくり、ゆっくり、進んでいくしかなくて」

翼「うん。でも、」


翼、お墓を見つめる。

翼「ちゃんと生きるよ、大丈夫」

鈴音「…ですね」

翼「遅くなって悪かった。手紙、読んだ時はほんと、お前がそんなこと抱えてるとか信じられなくて。整理つけるのに時間がかかっちまった」

夢華「翼…」

翼「だからさぁ…ほんとなんで大事なこと言わねぇんだよ。言ってくれたらさぁ、俺だって…!って、何回も何回も思った。でも、もうお前いねぇし。だから、…だから、生きる。全力で生きる」

夢華「はぁ、もうほんと…見てるだけで暑苦しい」

鈴音「いいじゃないですか、翼くんらしくて。ようやくお墓参りもできましたし、これからはたくさん尊くんのお話もできそうです」

夢華「(お墓に向かって)あっ、そーだ尊!今度またみんなで花火しようね」

翼「墓場で花火っていうのも、どうなんだ?」

夢華「バカ、墓場ではしないよ。この前行った海で」

鈴音「あっ、いいですね!また行きましょう」

夢華「そう。4人でね!」

翼「死神も入れたら、5人じゃないか?」

鈴音「死神さん、今日もどこかで、死んだ方の魂をご案内してるんでしょうか」

翼「なんかひょっこり現れそうで怖いけどな」

夢華「私が死ぬ時は、死神来てくれるかなぁ」

鈴音「あっ、確かに!なんか死神さんだったら死ぬの怖くないかも」

翼「おいおい、生きるんだろ、ちゃんと。尊の分まで」

夢華「わかってますぅ!」

鈴音「もちろんです!」

(M)翼「もう二度と戻れない思い出を抱えて、あいつの笑顔とともに」

(M)翼「拝啓、あの夏へ。」

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