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さようなら、スープランテーション

2020/06/22 09:21

 新型コロナの影響で、大好きだったチェーンレストラン、スープランテーション(Souplantation )が閉店してしまいました。思いのほか長くショックを引きずっていたので、ここはどうやら、自分にとって単に時折ランチをしに行くだけの場所ではなかったのだな……と今更ながらに思います。



 スープランテーションは、スープとサラダがメインのビュッフェレストランでした。店に入ると、まずトレーとお皿を取ります。長いサラダバーの終わりはキャッシャーになっていて、ここでお金を払い、ダイニングエリアに進みます。お金を払ったら、直接パスタ&スープバーに進む人もいますが、私は長年の経験から得た裏技で、まずはテーブルを確保して、テーブルにサラダのお皿を置いたら、空のトレーを持ってパスタ&スープバーへ行きます。その方がいっぺんにたくさんのスープが取れるからです。赤いスープボウルを4つほど取り、ずらりと並ぶ日替わりのパスタとスープをざっと見回し、食べたいものだけ少しずつ取ります。スープバーの横にはパンやマフィン、ピザ、そしてベークドポテトなどが並びます。ベークドポテトは、その場でホイルを剥がしてナイフで真ん中を割り、そこにサワークリームやチーズ、ベーコンビッツ、刻んだ玉ねぎをのせ、テーブルに戻ります。テーブルが、サラダとスープ、パスタ、ポテト、マフィンのお皿で隙間がなくなったところで席につき、いただきます。



 メニューは、常時あるものもありましたが、2、3週間ごとに変わる季節ものが楽しみでもありました。私の好きだったサラダは、揚げたワンタンの皮がトッピングされた定番のワンタンチキンサラダ、そして初夏に出る、苺とピーカンナッツの飴がけが入ったほうれん草のサラダ、ミカンの入ったチャイニーズサラダ、トルティーヤチップスが入ったタコサラダ、タイ風コールスローなど。



 パスタのお気に入りは、レモンクリームパスタ。娘は小さい頃から忠実に、何は無くともマカロニチーズを食べていました。タイミングよく出来たてだと、チーズソースが照り良くトロリといかにも美味しそうで、私もいただきました。



 スープで好きだったのは、定番メニューではクラムチャウダーとチリとフレンチオニオン。しかしなんと言っても絶品は、アジアンブロス(Asian Broth)、五臓六腑に染み渡るような、生姜の効いた優しい味の鶏ガラスープでした。できるものなら、ポット2、3本こっそり持ち込んで、持って帰りたいと思ったものです。オプションで、注ぎたての熱々のところにほうれん草やお豆腐、青ネギなどをトッピングします。期せずしてこのアジアンブロスがあった時は、嬉しさに小躍りし、3杯ぐらいお代わりしたものでした。



 マフィンで一番好きだったのは苺のマフィン。苺の果肉を練り込んだホイップバターをつけていただくのが格別でした。コーンブレッドも安定の定番。ここ数年は、小麦アレルギーのニーズに応え、グルテンフリーマフィンもありました。サックリしているのに噛むともちもちの食感が大好きでした。また、ヤムのベイクドポテトも、あったらテンションが上がるアイテム。熱々の割れ目にほんのり甘いメイプルバターをのせていただきました。




 デザートはソフトクリーム。娘はブラウニーにのせて。ブラウニーが焼き立てだったらラッキーです。私は、グラノラやオレオクッキーを砕いたものを山盛りトッピングするのが好きでした。お腹がいっぱいの時は、ミニコーンカップにほんのちょっとだけしぼり出して、カプっと口に入れながら店を出ました。写真は、砕いたペパーミントキャンディのトッピングがあった時のものです。



 実は、二十歳の時に初めてアメリカに来た際、友達に連れてきてもらったのがスープランテーションでした。今でこそ日本にもビュッフェスタイルのお店はたくさんありますが、当時、食べ放題といえば、カット野菜が並んだ程度のサラダバーかホテルのケーキビュッフェ、そしてシェーキーズのポテトぐらいだったので、広い店内全体にずらりと並べられた豊富な食べ物の山に、アメリカの豊かさを見た気がしたものでした。その大雑把で豪快な光景は今でも日本人の目にはスペクタクルのようで、家族や友達がこちらを訪れる際に連れて行くと、間違いなく喜んでくれます。



 閉店のニュースにショックを受けたのは私だけではなかったようで、SNSでも新聞でも取り上げられていました。どの記事も異口同音に唱えていたのは、「アメリカのフードカルチャーを牽引するロサンゼルスで『スープランテーションが好き』とは恥ずかしくてとても言えないほどの凡庸な味。それでも、西海岸中の人がその閉店を嘆いている」ということでした。



 たしかに、l味に対する期待値は、それほど高くはありませんでした。所詮は食べ放題。素晴らしく美味しいものを求めて行ってたわけではありません。でも、ベリーとキャラメライズしたナッツとブルーチーズの入ったサラダの味とグルテンフリーマフィンの食感を教えてくれたのは、この店でした。そして何より、自分が決して家で作らないもの、レストランでオーダーしないであろうものを試せるのが楽しかったのです。料理のアイデアを得ることも、少なくありませんでした。



 また、アメリカのいわゆる家庭の味が食べられるのが醍醐味でもありました。アンディ・ウォーホールがアメリカの象徴として描いたキャンベルスープでお馴染みの、クリーム•オブ・マッシュルーム、ブロッコリーチーズ、チキンヌードル。そしてマカロニチーズにプディング……。すごく美味しいというわけでもなくヘルシーとも言えないそういった食べ物を、日本人である私はまず買わないし、家で作りません。ホームステイをしている留学生ならともかく、日本人の私たちがそういったアメリカのケの日の食べ物をいただく機会もそうありません。そう考えると、スープランテーションは移民である私たちがメインストリームの文化を再確認する機会であったように思います。そして、アメリカの大学寮のカフェテリアを彷彿させるのも、留学時代を思い出してテンションがほんのちょっと上がる要因だったように思います。特にこれといって特別なこともないけれども、たまにすごく美味しいものにありつける、その安心感と期待の入り混じった感覚が心地よかったのです。



 また、スープランテーションへ行く時には、スープランテーションでなければならない理由がありました。子供が小さい時は、食べ放題の人が行き交う店内で、子供が多少ガチャガチャしていても気にせず外食が楽しめたこと。偏食がちな子供が、食べられるものを食べられる量だけ取れたこと。ママ友との女子会で、いくらでもダラダラ食べてお喋りができたこと。



 ここ数年は、娘と月一ぐらいの頻度で利用していました。娘は6年前からホームスクールをしているので、その間、ほぼ毎日3食、私と食べていることになります。習い事やジムに行く時以外は家にいるので、気分転換にたまに外食します。とは言え、向かい合う相手は同じ。親子関係は決して悪い方ではありませんが、言葉や態度から、今日は虫の居所が悪いなと感じる時や、どことなくピリピリした空気が流れる時もあります。そういう時は、迷わずスープランテーションへ行きました。家やレストランのテーブルにじっと座っているよりも、あれこれ言いながら店内を歩き回って食べ物を取っているうちに気が紛れて、テーブル一杯の食べ物を囲む頃には、すっかり和やかになっているのでした。



 レストランの味は真似できても、空間は真似できません。私は料理が好きな方だし、ステイホームもそこまで苦ではありませんが、やはり外食が恋しいです。そして何より、スープランテーションが恋しい。

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