紫煙の足音~シスターネル短編ストーリー~


「はあ、はあ、なんでっ、なんでだ!?なんなんだよあのバケモンは!?」

一人の屈強な男が汗を滝のように流しながら全力疾走で「何か」から逃げている。

普段だったら誰もが目を逸らすであろう男が今はまるでオオカミから逃げる子鹿のようである。

男はしばらく走り、上手く逃げきれたと思ったのか壁に寄りかかり息を整えた。

(・・・俺らは万全だった!相手が女だからって油断もしてねぇ!仲間も曲者だが実力者を揃えた!なのになんでだ!!)

男が熟考している中、時は遡る。


~昨日~


男は名をブランドーという。
腕っぷしの強さと残虐性で裏社会を登りつめた叩きあげだ。
そんなブランドーが今一人の男性を脅しと言うには生温い、いわゆる殴る蹴るの拷問を行っていた。

「なぁ、ゴーズさんよ~。一人二人でいいんだよ~。身寄りのねぇ子供俺たちにくれねぇか。無理やりさらってもいいんだがな?俺らはそこまで鬼じゃあねぇ。」

「な、何度も言わせるな!子供達はやらん!人間、機械、半機械関係なしにだ!」

「はぁ~わかんねぇかな~。」

そう言いながらゴーズと呼ばれる男性を殴る、殴る、殴る

「定期的に回してくれっていういわゆるビジネスの話なんだよ。わかるだろ?お前さんの孤児院も上手くいってねーんだろぉ?」

「ふざけるな!!子供達をなんだと思っている!!」

「なんとも思っちゃいねぇが今はそうだなぁ。」

ブランドーはゴーズにずいっと顔を近づけ言い放つ。

「金としか見えねぇよ!ギャハハハハハ!!」

その後も拒絶するゴーズを更に痛めつけそのまま動かなくなるまで続いた。


「あ~あ。死んじまったよ。おい、こいつ捨ててこい。」

そう言われたブランドーの部下たちはゴーズの亡骸を担ぐと夜の闇に消えていった。

「さて、邪魔者もいなくなったし明日にでも餓鬼共攫いに行くか。」

しかしその一部始終を恐怖に怯えながら隠れて見ていたものがいることを彼は知らない。


とある街角の教会

この教会は少し古びた、それでも人々に安らぎと希望を与える印象の普通の見た目である。

「シスターちょっといいかね。」

「どうしました神父様。」

「教会の前に子供が倒れていてね?僕はこの手だろ?だから君に運んで欲しくてね?」

神父はシスターに袖をまくりながら腕を見せた。その腕はまるで掘削用のドリルのような螺旋状の刃が付いておりとても子供を運べるような形状ではない。

「あら、それは困りましたね。神父さまは毛布とスープを用意してて下さいますか?」

「わかったよ。」

シスターは教会の入り口に倒れている子供を発見すると優しく抱き抱え、教会の談話室に連れていった。


「あ、あれ?ここどこ?」

「目が覚めましたか?」

「ぎぃやあああああ!!」

子供は目を覚ますとシスターの顔を見て、また気絶しそうになる。顔が「機械」だったからだ。
この時代、体の一部を機械化する事は珍しくないのだが頭部を機械化する者は少なく、子供に恐怖を与えるのに十分だった。

「こらこらシスター。子供を怖がらせちゃいけないよ。」

「うわあああああああああ!!」

先程よりも大きな悲鳴をあげる子供だが無理もない。神父の姿はシスターとは違い全域がほぼ機械に加えツギハギだらけの歪な姿だったからだ。

「とにかく落ち着いて下さい。ここは教会で私はシスターネル。こちらの方は神父様になります。」

「き、教会?」

「そうです。あなたの名前を聞いてもよろしいですか?」

「さ、サム。」

「そうですか。ではサム。まずは温かいスープでも飲んで心を安らかに。」

サムは怪しみながらも差し出されたスープを一掬い口に運んだ。すると体が空腹を思い出したのか火傷を恐れずに勢いよく口に運び始めた。

「あらあら、スープは逃げませんよ。落ち着きなさって。パンもいかが?」

一通り空腹が満たされるとサムはポロリポロリと涙を流し始めた。

「これはただ事じゃ無さそうだね。僕はこの見た目だからね。シスター。彼の話を聞いてあげて下さい。」

「分かりました神父様。」

シスターはサムの隣に移動すると優しく頭を撫でた。

「大丈夫ですよ。ここには私たちしかいませんから。大丈夫。大丈夫。」

サムはわんわんとしばらく泣いた後昨日のことを話し始めた。

「僕孤児院育ちなんだけど10歳になったからゴーズ先生の仕事のお手伝いをしてるんだ。ゴーズ先生って孤児院の先生なんだけど僕たちのお父さんみたいな人でさ。」

「それでゴーズ先生と食料の買い出しに行ってたんだけど先生とはぐれたんだ。しばらく探したら先生が怖そうな奴らに捕まえられてて・・・。それで・・・。」

サムはまた静かに泣き出しそうになるが堪えつつ続ける。

「今孤児院はほかの先生と僕の兄弟たちがいるんだ。普段は認証キーが無いと開かない門があるから大丈夫だと思うんだけどあいつら孤児院を襲うって。僕どうしたらいいかわかんなくて。」

「ふむ、だいたい分かりました。それであなたはどうしたいですか?」

「え?どうって・・・?」

「あなたの話を聞いても私は何もしません。でも依頼という形ならなんとかできる・・・かもしれませんね。」

「依頼って・・・。」

「どうしますか?」

サムは数秒考えた後

「・・・孤児院を守りたい。」

「わかりました。今回は特別サービスとして依頼を承りました。あなたは今日はここにいてください。明日になれば孤児院へ帰れますので。」

「え、でも、やつら強そうだし警察も当てにならないんだよ!」

この街の警察はいわゆる賄賂や汚職が蔓延しており機能不全に陥っているのは子供でも理解出来る事実である。

「大丈夫です。私を信じてとはいいませんが・・・そうですねぇ。神様でも信じてみます?」

その後サムは教会の生活スペースに案内され疲れもあったのか寝てしまった。

「やあシスター。仕事かい?」

「えぇ神父様。依頼を承ったので。」

「珍しいね。お金にもならないだろうに。」

「あの子が、」

「うん?」

「あの子が復讐したいと言ったら依頼は受けませんでしたよ?。」

「ふむ。なるほど。それもまた君らしくていいんじゃないかな。だがくれぐれも無理はしちゃいけないよ?」

「あら、私の心配をして下さるなんて。」

「そりゃそうさ。君も等しく神の子だからね。」

「ふふふ。では神父様。行ってきますわ。」

~時は戻り今に至る~

「なんで俺がこんな目に合わなきゃなんねぇんだくそ!!」

ブランドーが地団駄を踏みつつタバコに火をつけた。まずは落ち着かなくては、そう思った為の無意識の行動だったのだろう。それがかえって彼の死期を近付けた。

コツ・・・コツ・・・。

ブランドーが吐いた紫煙の先から足跡が聞こえる。

コツ・・・コツ・・・。

「なんだてめぇは!?金か!?金ならやる!!」

「身なりの割に随分と粗悪なタバコを好まれるんですね。」

「な、なあ聞いてくれ!あの孤児院は諦める!な?それでいいだろ!?」

「一つ、伺いたいのですがよろしいでしょうか?」

「な、なんだ!?」

「あなたに人の子供を求めた依頼主はどなたでしょう?」

「言う!言うから見逃してくれ!ゾック議員だ!知ってるだろう?!この街を牛耳ってる!なにやら実験のためだとかで俺ら悪党に依頼してきたんだ!」

「ふむ、わかりました。つまりまだ孤児院は狙われ続けるって事ですね?」

「どのくらいの奴らに声がけしてるかは知らねぇ!でも俺は手を引く!神に誓う!!」

「神?」

「あ、あぁ!あんたシスターだろ!?神の前では等しく平等なんだろ?」

ネルは瞬時に間合いを詰め、手に持つナイフをブランドの首筋に押し当てながら言い放つ。

「神はいませんよ?少なくともあなたにはね?」

そのままナイフを引きブランドの首から大量の血がふきでる。

「ご、が、な、なんで、なんでだ!?」

「ふふふ。なんででしょう?」

そのままブランドは倒れ指先一つ動かさなくなった。

「心拍の停止を確認。依頼達成でしょうか。」

ネルは何食わぬ素振りで帰路に着く。しかし立ち止まり考えに耽る。

(孤児院を守るという依頼はまだ達成ではありませんね。仕方ありません。残業しましょうか。)

心無しか落胆したように見える歩き方で教会とは違う道を進むネルであった。


~翌日~

【次のニュースです。昨夜未明ゾック議員が首を切断された遺体で見つかりそれと同じくしてギャングやマフィアが街から消えるという事件がありました。警察当局は何らかの因果関係があると見て捜査を開始しました。】

テレビから流れるニュースを後目にネルは紫煙を潜らせる。

「亡骸はわざと残したんだね?」

「えぇ、勘のいい方々なら気付くでしょうから。」

「それにしても。」

神父はそう言うと窓を見る。

窓の向こうでは教会の庭で元気に走り回る子供達の姿が、中にはサムも一緒だ。

「孤児院を守りたいって依頼を達成させるにはこれが一番手っ取り早いですから。それに、神父様?ここは教会ですわよ?神の前では、」

「皆平等ですか。いやはや忙しくなりそうですね。」

賑やかになった教会にまた別の脅威が迫っているのだがそれはまだ先の話。
今はただこの光景と紫煙を楽しむシスターネルであった。


fin

 



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