憧れの対局見学~関西将棋会館御下段の間~
こんにちは、相沢です。
その存在を忘れるくらい放置していたnoteですが、素晴らしい体験をさせていただいたので、記憶が鮮明なうちに文章にして残しておきたいと思います。
将棋連盟特別個人会員の特典を利用して、関西将棋会館で、プロの公式戦を見学しました!!
朝日杯やJT杯や席上対局でプロ棋士の対局を生観戦したことはありましたが、将棋会館で行われる公式戦の見学にもずっと憧れておりました。
そもそも個人会員ではなく特別個人会員になったのは対局見学がしたかったからなのに、あの空間に自分のような者が立ち入るなんて……という分不相応さに一年近く尻込みしておりました。いよいよ現在の関西将棋会館での受付が終了するという今になって、「おりゃあ!」という掛け声とともに申し込んだ次第であります。
数えきれない熱戦が繰り広げられてきたあの場所で、あの空間に入ってみたいという思いの前では、自分という人間の小さなんて大したことではなかったのです(何を言っているんだ)。
あまり細かく書くのはアレなのでけっこうかいつまんだつもりではありますが、結局長くてまとまらない文章になってしまいました。
読んでいただければ嬉しいです。
☗☖
さて、見学の日が決まりそわそわと日々を過ごしていた相沢は、ついにその日を迎えた。
切符売り場に日傘を置き忘れたり駅のトイレに切符を置き忘れたり、わかりやすく動揺している相沢は、それでも指定された時間の10分も前に関西将棋会館に到着する始末だったが、職員さんはほどなく迎えにきてくださった。
事前にメールでご連絡いただいていた通り、注意事項の説明を受けて少し別室で待機させていただいた後(早く着いてゴメンなさい)、いよいよ対局室へと案内される。
5階。入らせていただくのは「御下段の間」だと説明があった。ちなみに対局者には見学者がいることは伝えられているとのこと。
靴を脱ぎ足を踏み入れると、「芙蓉の間」にはすでに村田智弘七段のお姿があった。
職員さんの先導のもと、相沢は御下段の間の、下座から座布団ふたつみっつ分くらいななめ後ろに敷かれた座布団に座る。
まだ対局者のお姿はないが、将棋盤横のテーブルにはすでに記録係さんと観戦記者さんが座っていらっしゃった。いつも画面で見ている景色が目の前にある!
「御上段の間」への襖は開かれていて、掛け軸のこちら側、下座に井田五段が座っていらっしゃるのが見えた。
このとき、9時45分。すでに対局中かのように右肩が上がり盤に向かわれている後ろ姿に、相沢の気持ちはまたひとつ引き締まる。
井田先生の背中を見つめていると、中田功八段が御上段の間に入られた。
挨拶され颯爽と上座につかれる、長身痩躯で品がありオーラがあり優雅でスマートなお姿に相沢は心の中で「きゃああ中田先生! かっこいい! なんて素敵!!」とのたうち回るのであった。
相沢が見学させていただく対局は棋王戦挑戦者決定トーナメント、糸谷八段と斎藤明日斗五段の対局だ。
はきはきした挨拶の声が聞こえた。糸谷先生だ。
ゆっくりと上座について、身の回りの準備をされる。
続いて明日斗先生が挨拶とともに下座につかれると、すぐに駒が並べられ始める。
糸谷先生は駒箱を開けるときも、王将を取るときも「失礼します」と一礼されていた。その声は画面越しには聞こえたことがなかったと思う。相沢はまたひとつ感動する。
「振り駒です」と記録係さんが席を立ち、糸谷先生の歩を5枚取る。
「糸谷先生の振り歩先です」──これもいつもテレビで見てるやつだ! そのまんまだ! と相沢はまた感動を覚える。
「と金が2枚でましたので、斎藤先生の先手番でお願いします」
──???(視力の悪い相沢にはよく見えなかったが、2枚無効だったもよう)
このあたり順番が曖昧だけれど、たぶん最後に到着されたのが芙蓉の間の船江七段だった。相沢の場所から芙蓉の間は見えないが、対局室に入られるお姿が見えた。(大好きな船江先生の登場に相沢はまた心の中で叫ぶのであった……きゃー船江先生かっこいい!!)
すべての部屋で駒が並べられ先手後手が決定し、10時の対局開始を待つ。
とても静かな時間だった。
自分はなんてすごい場所にいるんだろう、と頭のどこかで思う。真剣勝負の前の緊張感が張り詰める神聖な場所に自分のような人間が混ざってしまっている違和感も。
申し訳ない今すぐ消えたいという気持ちと、対局者どころか記録さんも記者さんもカメラさんもお前のことなんかまったく気にしてねえよという常識が意識の向こうで交差しつつ、相沢はわりと落ち着いていたと思う。
こんな身に余る経験は最初で最後かもしれないんだから、どっぷりこの空間を感じたいと思った。
もっと緊張するだろうと思っていたけれど(もちろん緊張しているけど)、たぶん『将棋の渡辺くん』で「見学者が入るのはよくあることなので棋士は誰も気にしてない」的なシーンを読んでいたおかげだろう。
「それでは時間になりましたので、斎藤先生の先手番でお願いします」
芙蓉、御下段、御上段の順にわずかなタイムラグがありつつ、一斉に対局が始まった。この時の光景がいちばん感動したかもしれない(芙蓉の間は見えないけど、お願いしますの声が聞こえた)。とても清々しくて美しい瞬間だと思った。
明日斗先生が初手を指し、少し瞑想されてから糸谷先生が2手目を指した。ノータイムで手が進み、糸谷先生が端歩を突いた手に少し手を止めていた明日斗先生が7手目を指したところで、職員さんから声がかかった。
みっつの対局室から駒音が響いている。できるなら透明人間になってこのままずっと棋士の真剣勝負を観ていたかったが、相沢の見学はここで終了した。
誰も気にしていないとは思うが、出来る限り空気になって対局室を出る。
足が痺れて立てないなんて状況になったらどうしようとこっそり心配していたけれど、まったくの杞憂だった。それどころじゃなかったのだ。
将棋会館を出てふらふらと歩きながら、相沢はあの場所にいられた感動と興奮と、そして少しの寂しさを感じていた。
関西将棋会館はまもなく移転するのだ。
現会館は取り壊されると聞いている。あの場所がなくなってしまう寂しさは、これまで感じていたのとちょっと違っている気がした。
素晴らしい経験になりました。
職員さん、みなさま、ありがとうございました。
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