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私の鬱言

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楽しく生きて生きたいなぁ
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2016年8月の記事一覧

自分が傷ついてやっと、自分が傷つけていた人のことを思い出す。

成長するにつれて、人は変わっていくから。
会話をするごとにその人に失望してく自分がいる
親友でさえも

親しい仲だからこそ、彼女が友達と遊ぶためにバイトをズル休みしたと聞いたときは叱ったし、今も彼女の困った人間関係について少し咎めてやりたいと思っているけれど。これ以上口を出したら嫌われるんじゃないか、とか考えてしまった時点で、もう彼女を親友とは呼べないのかもしれない。

私の高校生のときの文。

このころは、自分が苦しんでると自覚しながら苦しんでいた時期だった

うーん…。
私の価値観がおかしいのか。何を信じたらいいかわからない。もう何も考えたくない。一回全ての人間関係を清算してやり直したい。
嫌いな人を嫌いと思わないでいる自信なんてないよ。私、すぐ顔にでちゃうから。
それを割りきって、相手のいいところを探すのも無理だ、

相手に一つでもいいところがあったなら、私は嫌いになっていないし、

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先輩の優しさという心の拠り所がなければ、ここは楽しいとは思えません。
もうつらいです。

壊れたものを直そうとしない、のが私の可哀想で前向きなところ

一度自分の今を不幸と思ってしまったら一生抜け出せないんじゃないかって思う

明日はどうなるかわからないのにね

幸せになろうとすることが義務みたいで、生きている間はまるで地獄だ。

生きる意味を探しながら、毎日生きてる。
見つからなくたって別にいいじゃん

傷ついていることを隠して笑ってる女の方がかわいいと思うけど、自分はそこまで我慢出来ないから、可哀想な女でしょってまわりに傷ついた顔をすることしかできない

自分がやらなかっただけ。
本当にやりたかったのなら、言うだけじゃなくてなんぼでもできたでしょうに
いらいらするのも、私が努力してなかったっていう負い目があるからだってわかってる

こういうの情緒不安定っていうんだ