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顔料つれづれ(その2)「PW6のひみつ」

こんにちは。aiwendilです。
こちらに、Twitterに連投したPW6について再掲します。
なお、再掲にあたり、ざっくり結晶構造図と参考文献を加えています。
構造図は原子間距離とかはデタラメです。本当になんとな〜くのざっくりしたイメージとして捉えていただければと思います。
作図は、下書きはMolView( https://molview.org/ )さんを使い、その後手書きで加筆しました。


一部に需要がありそうなので、PW6についてつれづれを。

PigmentWhite6、いわゆるチタン白(チタニウムホワイト)と呼ばれる顔料ですね。隠蔽力と着色度が高くて堅牢、絵具から塗料から化粧品まで様々なところで使われている優れた白色顔料です。一部では『白色顔料の王様』と呼ばれたりもしているらしい。
物質名としてはTiO₂、二酸化チタンというのですが、工業界では酸化チタンと略して呼ばれることが多いようです。酸化チタンには結晶形が一般的にはルチル型とアナタース(アナターゼ)型、ブルッカイト型の3パターンあって、そのうち顔料として使われているのはアナタース型とルチル型の2種。
特にルチル型はみっしり詰まった結晶形なので密度が高く、しかも物質として非常に安定しています。熱にも紫外線にも酸にもアルカリにも強いんですね。その他にも色々と好都合な性質があって、絵の具顔料としてはルチル型が主に使われています。

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で、酸化チタンの白色顔料としての性質は、屈折率の高さに由来します。これはなぜかというと、顔料粒子がメディウムの中にあるとき、顔料とメディウムの屈折率の差が大きいほど光が散乱しやすく、結果的に光が透過しにくくなるからです。それで下地の色が透けにくく、隠蔽力も高くなるんですね。
屈折率は水が1.33、乾性油が1.48ぐらい、酸化チタンはルチル型が2.71、アナタース型が2.52です。一方でPW4(亜鉛華)もPW1(鉛白)も1.9~2.0ですので、酸化チタンの屈折率の高さがわかるかと思います。そして実は、この高い屈折率を活かし隠蔽力を上げるためには顔料の粒子径が重要となります。


ここで大切なポイントとして光の波長の話が出てきます。光はいろいろな長さの波が混ざった電磁波なのですが、通常人間が見ることのできる光の波の長さは決まっていて、おおよそ380nmぐらい(紫)から780nmぐらい(赤)までの範囲です。虹をイメージするとわかりやすいかもしれません。
このあたりの波長の光を顔料粒子で全部散乱させてやれば、ランダムに跳ね返った光が混ざり合って人間の目には白く見えます。もちろん同時に下側からの光も散乱しますので、それらも上には届かず、下地は隠蔽されている状態となるのですね。
粒子を並べてこの散乱を起こしやすくするには、光の波長の半分ぐらいの粒子径のものを適度な密度で並べるのが良いということがわかっており、そのため、酸化チタン顔料もだいたい0.3μm(300nm)前後の大きさで一次粒子が調整されています。
とはいえ、顔料は製造過程で粒子同士がくっついて二次粒子や三次粒子を形成してしまうため、この顔料の性能を引き出すには、一次粒子同士がくっついてできた大きい塊をバラバラにしてあげなくてはいけません。そこで、分散作業が必要になってくるわけです。
ところが酸化チタン顔料は前述の通り一次粒子がとても小さい上に化学的性質の影響もあって、ぬれ性も分散性もとても悪いんですね。そこで工業的に使うために様々な工夫がされていて、製造過程で粒子に分散性が良くなるようなコーティングを施した製品がたくさん開発されているのだそうです。
アート用ピグメントに使われている酸化チタン顔料がこういったコーティング処理されたものなのかどうか私は知らないのですが、どうも実際に扱っていると水系には難分散だと感じることが多いです。個人的には鬼門です。以前練っていて関節を壊しました。実際のところはどうなんでしょう。

さて、白絵の具に使われている酸化チタンですが、実は偏光顔料などのエフェクト顔料にも使われています。雲母やシリカの小さな薄片にこの二酸化チタンを薄~くコーティングしてあげることでキラキラとした光輝性や、偏光性が生まれるんですね。ここでも高い屈折率が鍵です。
偏光顔料に向かって入ってきた光が表面の二酸化チタンと基材それぞれで透過・反射したとき、表面で反射した光と酸化チタン膜を通ってから反射した光とでは進む距離が変わります。この二つの光が重なった時に強め合う角度と弱め合う角度があって、強め合った光だけが目に入ることになります。
これを干渉作用というのですが、膜の屈折率が大きいと光の進む光学的距離も大きくなる性質があり、この干渉作用が大きくなります。また、生まれる干渉光の波長は膜の厚さで変わってきますので、酸化チタン膜の厚みを調節することで、様々な色の偏光を生み出すことが可能となるんですね。

さて、ここで疑問が出てきませんか。酸化チタンは屈折率が高いから散乱を起こしやすくて隠蔽力が高くなる、つまり光を透過しないはず。なぜ偏光顔料では光が透過するの? そう思ったあなたは鋭い。たしかに白色顔料と偏光顔料の酸化チタンは同じ物質ですが見た目が全然違います。それはなぜか。
答えは実は単純で、粒の大きさがだいぶ違うんです。光の散乱を起こしやすくする粒子径は約300nm前後ですが、それに対して偏光顔料の被覆酸化チタン粒子はだいたい数十nmぐらいなのだそうです。光の波長に比べて粒子が小さすぎると散乱が起こりにくくなるんですね。
さらに、粒々が小さく密に基材を覆っているので光学的には膜として作用するし、きちんと光を屈折します。ただし、膜としての屈折率は固体の時よりも少し小さくなって2.3ぐらいになるそうです。

その他にも酸化チタンには光触媒作用もあって機能性材料として使われていたり(しかし塗料として使う際には塗膜を劣化させる原因になるので困る点でもあるらしい)、紫外線吸収特性があって日焼け止めに利用されていたり、工業的にもいろいろな分野で研究されている物質だそうです。奥深い。
なお、酸化チタン関連についての詳細はこのあたりの総説がわかりやすいかと思います。→J. Jpn. Soc. Colour Mater., 84[3], 104-109(2011)「二酸化チタン」、J. Jpn. Soc. Colour Mater., 88[5], 132-136(2015)「パール顔料の基礎と最近の技術」

あとは、そうそう、PW6:1 について。これはCASでもPW6と分けられていなくて謎だったのですが、色々調べながら考え合わせてゆくと、どうやら酸化チタンの原料となるイルメナイト(チタン鉄鉱)を顔料化したもので、不純物として鉄が含まれた酸化チタンということになるのではないかと思います。
そうなるとPW6:1は天然物由来ということになるはずですが、どの程度まで精製しているかはたぶん顔料メーカーさんによって異なり、製品ごとに色味や物性の個性が出る顔料なのではないかと予想しています。

以上、PW6としての二酸化チタンあれこれについて、つれづれなるざっくり情報でした。
文献的に調べただけでこの分野は素人なので、錯誤等ありましたら教えていただけると喜びます。
(それにしても長い・・・。)

追記:アナタースはAnataseの日本語読みなので、文献によって表記ゆれが激しいです。アナテースとかアナターゼとかアナテーゼとか色々です。筆者個人的にはうっかりアナターゼかアナテースと言いたくなります。酵素の名前っぽいですよね。


参考文献
J. Jpn. Soc. Colour Mater., 84[3], 104-109(2011)「二酸化チタン」
J. Jpn. Soc. Colour Mater., 88[5], 132-136(2015)「パール顔料の基礎と最近の技術」
「顔料の事典」(2000) 朝倉書店
「色と顔料の世界」(2020) 三共出版
「Pigment Handbook Vol.1」(1986) Wiley-Interscience

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