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人には人の役回り

 半袖のTシャツ、ショートパンツ、白い靴下、本革の靴、頭には3本のダッカールピン、というおかしな格好で、23時過ぎに海へ向かったのは、高校生の弟から「海に携帯落とした」と連絡があったからだ。

「海に携帯落とした。11時を過ぎたら高校生は補導されるから迎えに来てほしい」
「海の中に落としたの?」
「いや、砂浜。目印はあるから、探せる」
「近くに大人の人いないの?」
「大人っぽい人はいるけど、いない」
「え〜?気をつけて探してね」

 どうやら、花火を見たあと、砂浜に携帯を落としたらしい。

 仕事中の私だったら、状況を詳しく聞き、かけてきている電話の番号を控え、迎えに行く先を約束するけれど、Illustratorでデザイン作業をしている制作モードで電話を取ったので、ぼんやりとしていて、居る場所も聞かずに、電話を切ってしまった。

 ん〜どうしよう〜とふわふわしながら父に概要を伝えてみると、すぐに『iPhoneを探す』で位置を特定してくれたので、幸い「この辺を探してるんだろうな」という見当はついた。

 車で海に向かってみると、砂浜でふたつの黄色い光がチラチラしていて、よく見ると弟と弟の友人がうろうろしていた。

 夜にこんな広い砂浜でマナーモードのiPhoneを見つけるなんて、闇夜に針の穴を通すような…と内心思ったけれど、朝は待てない。
 弟の携帯へ電話をかけながら、持ってきた懐中電灯で足元を照らし、やれやれ〜と砂浜を進むと、30cm先にiPhoneがあった。

 いやいや、冗談でしょ、とiPhoneを持ち上げると、確かに震えていて、画面を見ると私の名前が表示されていた。

 弟たちが数時間かけて探していたiPhoneを、私は5秒ほどで見つけてしまった。

 私って、群を抜いて、日頃の行いが、いいんだろうな!

 海の匂いを感じる暇もなく、ただただ砂浜の上で拍子抜けして、帰ることになった。

 帰りの車の中で、弟はケロッとしていて、友人に「夕飯に食べたたらこスパゲッティ美味かった。パフェはきつかった」みたいなことを言っている。

「いつ落としたことに気が付いたの?」
「たらこスパゲッティ食べ出した時」

 信じられない。
 私だったら、不安で堪らなくなって、たらこスパゲッティの味はしないし、パフェは残してしまいそう。
 まだクラウドに移動していないライブ映像が消えてしまうことを想像して、青ざめてしまいそう。
 記憶に残ってないのならそれまでと、今までに集めたメロディや歌詞の断片を諦めようと思いつつ、必死に思い出す準備をしてしまいそう。

 後部座席でケロリと、しれっと、あっけらかんとしている弟の携帯電話には、失って困るようなものは入っていないのだろう。
 それはそれで、どこでも生きていけそうで、少し羨ましい。


 携帯探しに付き合ってくれていた弟の友人Sくんは、礼儀正しく控えめに車に乗り込み、話しかける弟へ静かに答えている。
 イライラしてもいいはずなのに、少しもそんな様子はなく、携帯を落としたことがない私へ「僕もないです」と同意をしてくれた。

 多分、Sくんは私と似たような感じの子なのだろう。友人が連れてきた嵐を穏やかに受け入れて、なんとなく楽しみ、そこにあまり負の感情を抱かないのだろう。
 そうじゃなかったら、色々と謝りたい。
 そうじゃなくても、謝りたい。


 気を遣う人がいれば、その気を貰う人がいるように、人には人の役回りがある。世の中はうまくできている。
 
 ちょっとだけ、私と似た、私と同じ役回りの人が弟の友人であることが、嬉しかった。

 

 


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