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芸術は女の顔をしていない

・ナカたぷたぷのホッピー(白)。

・新宿のこの店もぴろよさんに教えてもらった。
 人生に困った事があれば、ぴろよさんに相談すればなんとかなる。
 ぴろよさんはわたしの、女の(狂気の)人生の師。


・和裁所の百徳にお邪魔してきました。

・2丁目を過ぎた場所に建つビル。
 そういえば、2丁目ってそういうとこだったなと通り過ぎる。30秒で。思うより狭いのだ。
 窮鼠猫を噛む、みたいな映画に出てきたゲイバーがある。
 一緒に映画を見に行った女の子は、女は整形をしなければいけないと思っていて、わたしの容姿を◯◯◯◯って言っていた。
 そこそこの喧嘩をして、ブロックしてしまった。
 もう一度会うことができたら、唇フィラーが上手いクリニックを教えてもらいたい。

・ぴろよさんとの百徳は、わたしの家で2回、金沢で1回、あと、どこかで1回したような…。意外と、わたしは百徳古参。はじまりが1年以上前なのは信じられないけれど。

・芸術が女の顔をしていれば、ぴろよさんは今で言うところの、村上隆だったと思う。(言い過ぎかな、会田誠くらい?誰が偉いとかではないんだけど、知名度とかの話。)個人的にはぴろよさんの作品が芸術として一般に周知されていないのはおかしいと思っている。教科書に載っていてもいいくらい。

 だって、人類の半分は男性で、だいだいの主導権を握っているのも男性で、その男性についての作品だから。

 マンガの絵で、女の顔が微笑んでいる、キャンバスに塗られたアクリル絵の具とか、うんざり、もういいよ、という気にさせてくれる。

マンガの絵で女の形をキャンバスに描く人たちは、あまりにもこの事実を無視し過ぎている。

・男の絵を描く作家(できれば男性)と、ぴろよさんの対談がみたい。
 ぴろよさんは、相手にとって不都合な事しか言わないだろう。
 それは、嫌がらせではなく、ほとんどの人が、見て見ぬふりをしてきた事だから。



ぴろよさんの前では、芸術は女の顔をしている。



・ぴろよさんは絶対ルックバックを観て感動しない。エモかったなんてポストしない。だから、信用できるのだ。


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