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みんな頭よくなったのに、残念なこと

みんなあらゆる媒体の情報に触れて、

情報処理の技術は過去に比類しないくらい高くなったというのに

いまだ、具体的な答えを求めてしまってるきらいはないか??

たとえば、右手を挙げて横断歩道を渡るという具体的過ぎる事例

なんら、意味深じゃないじゃないか

全部、3次元に落とし込んじゃったら、それ以上に話の内容を展開できなくなるではないか

4次元以上の宇宙語にとどめておいて、あらゆる連想につながる

イントネーションこそ、本当の真の智慧だとおもうんだ。

つまり、抽象的とか、抽象語という程度に表現を治めておき

そのパッケージの展開は、各位の形而下次第に基づくとすると。

したら、最高の4次元以上の叡智が纏えるんじゃねーのか??と

3次元は、時と場所、そして時代とかタイミングでそこに込められる4次元以上の世界観は、まったく違ってくる。

安易に真似して大けがなんてざらだ。

やっぱ、高次元の意識を纏うことを視野にいれとかないと

大けがをする。だから、今の内から

右手を上げようが、横断歩道だろうが

そこに至るまでの4次元以上の高次元の抽象概念を想起しとかんとならん。

3次元世界はたしかに、ダイレクトに伝わる。

右手が上なら、上に右手だ。

だが、それが、バイバイなのか、こんにちわなのか?

見えない抽象的な意図まで汲めなければ話にならない。

だろ??より高次元にアクセスするっていうのは

はたしてこういうことで、低次元に引っ張られてはもったいない。

みんな、そーおもわんか?

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