黒い海

今も忘れない。
これは10年ほど前の話。
まだ両親が離婚する前で弟のマナトも一緒に住んでいた頃のことだ。
わたし達は海水浴場へ行った。
場所は茨城、大洗。
それは黒くて汚い海だった。
それでもわたしとマナトはテンションが上がった。
スイカを買ってきてスイカ割りをしたり海に入ったりして遊んでいた。
「アイル置いてくよ!」
「待ってぇ。」
わたしは今も昔も泳げないため浮き輪を持ってよちよち歩いてマナトに置いていかれそうになっていた。
ここでは姉の威厳などない。
「もう!仕方ないなあ。」
マナトはわたしが自分のからだより大きい浮き輪を持っていくのに必死になっているわたしを見兼ねて一緒に浮き輪を運んでくれた。
冷たい水の上に浮き輪を乗せて、わたしは浮き輪に乗っかってマナトが浮き輪を押しながら犬かきで沖に進んでいった。
冷たくて気持ちよかった。
わたし達は自分達の足がつくかつかないかわからないくらい遠くまでいってしまった。
あの時、わたしが「やめておこう」と言っておけば。
今どれほど後悔しても足りない。
わたし達は気持ちよくぼんやりしていると大きな波がきた。
波はわたし達を拐った。
マナトは泳ぎが上手だったから事なきを得た。
問題は泳げないわたしだ。
かなり大きな波に拐われたわたしは浮き輪から放り出されてしまいそのまま沈んでいってしまった。
黒い海に呑み込まれてしまったわたし。
海が黒くてなかなかわたしが見つからないマナト。
わたしはこのまま死ぬのだろうか?
不思議とわたしは焦っていなかった。
この海が黒くなくて澄んだ青色だったらマナトはわたしにすぐ気づけただろうか?
わたしはすぐマナトに気づいて助けを求められただろうか?
たった4年間の人生、わたしは満足に生きられただろうか?
色んなことが頭をよぎった。
だが、まだ死ぬには早すぎる気がした。
もっと生きたいと思えた。
このままぼんやりと動かないままではダメだ。自分からアクションを起こさないと助からない。
わたしは周りを見て、なんとか見つけたマナトの足を触った。
するとマナトはわたしに気付いて、潜ってわたしの手を掴んで引っ張ってくれた。
「アイルー!!」
マナトは泣きながらわたしに抱きついた。
わたしはマナトの腕の中で呼吸を整えた。
「アイル、パパとママのところへ戻ろう。もう海怖いよね。行かなくていいよ。」
そんな感じのことをマナトはわたしに言ってくれて、頷くことしかできなかった。
父と母の所へ戻ったわたし達。
宥める両親と泣きじゃくる弟。何も言わないわたし。
わたしがやっと口を開いて言った言葉は
「おなかすいた。」
だった。
出店で出ていたラーメンを啜って全部食べたわたしはマナトに言った。
「マナくん、もっかい海行こ?」
「ええ!?もう行かないよ!」
マナトは怒った顔をした。
それはそうだ。
あれだけのことがあって呑気にラーメン食べて凝りもせずまた海に行こうなんてお気楽過ぎる。
お気楽と言われてしまうかもしれないけど、怖かったけど、わたしはそれ以上に海にいたことが楽しかったのだ。
「じゃあまた今度行こ。みんな、約束だよ?」
両親もマナトも悲しい顔から笑った顔になり、「うん、約束。」と応えてくれた。

あれから10年。
両親は離婚し、マナトとわたしは離れ離れになり、結局あれが最後の海水浴となってしまった。
わたしはマナトに電話掛けた。
「マナくん、海行かない?」
「海!?随分と急だね。どこの海行くよ?」
「大洗に行こうよ!」
終わり


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