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140.カレーを作るのに最適な塩の量はどのくらいか? 問題

新刊『スパイスカレードリル』の校正真っ只中だ。

レシピは撮影時に微修正したものを反映しているから、特に材料と分量については最終原稿が最も正確なはずだ。ところが水分量と塩分量は、どうしても目安になってしまう。特に塩については、使う塩の種類や粒子のサイズ、計量の仕方によって、かなりの誤差が出る。それを実感している人も多いと思う。今回、新刊の校正をしていて、ふと思い出した。そういえば、去年、カレーにおける塩分濃度について踏み込んで実験したことがあったなぁ、と。

当時のDATAを改めて整理してみることにした。実験のために集めた塩の種類は40種類以上。実際にサンプルにした塩は、22種類だ。

僕は4人分のカレーを作るときの塩分量の基準を「小さじ1」としている。あいまいな表現だが、レシピを参考にカレーを作る読者の使い勝手を考えれば、グラムで表記するよりもいいと思っている。小さじ(ティースプーン)にすり切り1杯の塩が何グラムなのかを計量してみることにした。22種類の塩を小さじ1杯ずつ計量すると塩によって重さにかなり差があることがわかった。最も重い塩が「5.8g」、最も軽い塩が「2.0g」。倍以上の差がある。まあ粒子の細かい塩と粗い塩ならこのくらい差があってもおかしくない。

次にそれぞれの塩の塩分濃度も調べてみた。22種類の塩をすべて「3.0g」計量し、100g(=100ml)の水に溶く。塩分濃度計(この実験のために10万円する塩分濃度計を購入した)を使ってすべての塩分濃度を2回ずつ計測し、それぞれ平均値を取った。すると、最も高い塩で「3.4%」、最も低い塩で「2.6%」だった。「0.8%」の差がある。ちなみにとある調査によれば、海水の塩分濃度は「3.1~3.8%」らしい。

とにかく、僕が「小さじ1」とレシピに書いたとき、作る人によってカレーに入る塩分濃度には驚くほどの違いが出てしまうことになる。

じゃあ、僕自身が「ちょうどいい」と思うカレーの塩分濃度がどの程度なんだろうか。スタンダードなチキンカレーを4人分作り、最後の塩味調整をせずに味見をしてみる。ちょっとだけ塩味が足りない。そのカレーの塩分濃度を計測してみると「1.0%」に満たない。カレーの塩分濃度が「1.0%」になるまで塩を足して、もう一度、味見をしてみる。まあ悪くないが、「これで決まった!」というにはほんの少し足りない。さらにほんの少し足して「ここがベスト」という時点で計測してみると、「1.05%」の塩分濃度だった。体調やカレーの味わいによって差があるし、何度も味見をすることで印象が変わる部分もあるから、僕自身のカレーに対する適正な塩分濃度は、「1.0%~1.05%」というところなのだろう。ちなみに、この後、「1.1%」にしたカレーを食べてみたら、「ちょっと塩辛い」という印象だった。ごはんにかけて1人前を食べたらもしかしたらちょうどいいくらいになるのかもしれない。

仮に僕にとってカレーの適正塩分濃度は、わかりやすく「1.0%」だとしよう。4人分のカレーは「800g」に設定しているから、塩は「およそ8.0g」となる。およそ、というのは、使う塩によって塩分濃度が違うから……。100gの水に3.0gの塩を溶いて、3.0%の塩分濃度になる塩なら、この計算でいいはずだ。

塩分濃度

僕が割とよく使っている塩のひとつに「アルペンザルツ」がある。この場合で計算してみると、800gのカレーを1.0%の塩分濃度にしようとしたら、「小さじ1.38」の塩が必要になる。ということは……、あれれ? 僕がレシピに書いている「小さじ1」という分量を信じてカレーを作った場合、塩分が足りないじゃないか。「小さじ1強」と書くほうが再現性は高いのかもしれない。みんなが同じ塩を使うわけではないから、「小さじ1~2」とした方が、レシピとしての汎用性は高まるのだろう。ただ、そんな曖昧な表現では、「どうしたらいいの!?」となってしまう。そこで、「小さじ1」と平均化、標準化してレシピに書いて、「仕上げに塩で味を調整する」と補足すればいいのだろうか。これらのことは考え始めたらきりがないがこれまで悩んできたことでもある。

塩以外の素材(たとえば肉)にも塩分が含まれるし、カレーができたとき、ソースだけを食べるのと具と一緒にソースを食べるのとでは感じる塩味も変わる。ライスとカレーのバランスによっても変わり、何杯のカレーを食べるかによっても変わる。そもそも、“適正な塩分濃度”の感じ方が人によってすべて違う。あーあ、もう、手に負えない。

ふう。カレーを作るのに使う塩の量は、こうも難解なものなのか……。ってことはだよ、ここまで書いてきたことにあまり意味はないのかもしれないな(読んでくれた人、すみません)。最終的に突き詰めれば、「自分のおいしいを知り、そのために塩が果たす役割を知り、自分の使う塩の特徴を把握して、使いこなせるようになる」のがいいよねってことになる。はー、めんどくさい!

長年、数えきれないほどのレシピを提案してきた。結果、いま僕がたどり着いている場所は、ここである。「再現性」も「汎用性」も「平均化」も「標準化」も大切だと思ってレシピに盛り込んできたつもりだ。でも、本質的に大切なことは、「自分のおいしいを知り、それを生み出す技術を身につけること」。今年の新刊『スパイスカレードリル』は、まさにそれがメインコンセプトなのだけれど、果たしてうまく伝えられるだろうか。どうしよう、これって難易度高いのかな。これだから「水野は面倒くさい」とか言われてしまうのかもなぁ。

※計測や計算は僕が素人なりに実験したものです。より正確な方法があると思います。


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