28. カレー粉を焙煎する意味はどこにあるのか? 問題

5日間ほどニューヨークへ行ってきました。マンハッタンで6店舗を展開するゴーゴーカレーの取材をしたときに現場で調理を仕切っているシェフから質問がありました。

「カレー粉を炒めているときに温度が上がりすぎてしまったら、どうしたらいいの?」

僕はコンサルタントではないので、アドバイスする立場にはないのですが、自分の考えを色々とお話し、シェフもご自身が普段されていることに自信を持った様子でした。会話の内容はここでは控えますが、そもそもカレーの焙煎にはどんな意味があるんでしょうか?

カレー粉の製造工程で大事だと言われているのが、「焙煎」と「熟成」です。焙煎する意味は、香りを強めるためです。コーヒーの豆なんかと同じだと思えばわかりやすい。最もコーヒーの場合は生豆の状態で極めて弱い香りを焙煎によって引き出すので、焙煎がないと成立しない世界です。その点、カレー粉は違う。カレー粉を構成する個々のスパイスは、乾燥させたホールの状態ですでにエッセンシャルオイルが揮発し、いい香りを放っています。だから、焙煎がなくても成立します。

特に上質で香りがいいスパイスなら焙煎の必要はありません。調理の段階で必ず加熱されるわけですし。カレー粉の製造工程で焙煎する理由は外にもあります。特に日本では個別のスパイスの個性を消したいからです。いや、消そうと思って焙煎している人はいないのかもしれない。でも、実際には複数の種類のスパイスがミックスされたカレー粉の状態から焙煎をかけたらそれぞれのスパイスの個性は、弱まります。全体としてある意味ぼやけた香りになったカレー粉をテイスティングして、「ああ、この香りがすばらしい」と思うのは、日本人の特徴だと思います。この状態を前向きに表現すると、「カドが取れた……」とか「全体が調和した……」とかになるんですね。

カレー粉を焙煎したときに行われていることは、実は、スパイスの香りを引き立てること以上に、「スパイスの表面を使って香ばしい香りを生むこと」なんじゃないかと思います。それまでなかった香りが生まれる。その代わりそれまであった香りは弱まる。どっちをどれだけ取るか。そういう意味で言えば、洋食系のカレーを作るときに小麦粉を焙煎するのも同じ狙いがあります。粉っぽさをなくすとか、ソースに切れを出すみたいなこともありますが、香ばしさを生み出して味わいたい。粉状のものを焙煎する狙いはそこにあります。

ただし、インド料理ではこの状態は好まれない。なぜなら個別のスパイスの香りを大事にしたいから。ガラムマサラ、チャットマサラ、サンバルパウダーなど各種のミックススパイスがありますが、基本的にそれぞれのスパイスを混ぜる前にホール(丸のまま)の状態で焙煎してからミックスするか、ホールの状態でミックスして焙煎してから、粉に挽きます。要するに粉にしてから焙煎するということはあまりしないんですね。スリランカのローステッドカレーパウダーだってホールスパイスの状態で極限まで焙煎をかけるんです。

粉状で焙煎するというのは、それだけスパイスにとってはリスクがあります。意図的に凡庸な香りに落ち着かせたい場合を除いて。

昔の日本人に比べれば、現代の日本人は、はるかに個別のスパイスの香りを楽しめるようになっているはずですから、時代と共に焙煎の程度は抑えていくべきなんじゃないでしょうか。「スパイスの香り」と「香ばしい香り」を別に生み出す手法が編み出されるといいのにな、と思います。

カレーに香ばしさは必要です。でも、それをスパイスの表面を使ってやる必要はない。超極端に言えば、海岸の砂でもいいんです(笑)。香ばしい香りだけを抽出することができるなら。それができたら、「スパイスは加熱調理に投入する前に焙煎するべきではない」というのが正解になるかもしれません。もう上手な人はやってると思いますけどね、砂とはいいませんが、玉ねぎやその他の食材を使って香味を引き出し、スパイスの個性は損なわないでカレーを作る手法を。

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