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169.「すり潰す」とカレーはおいしくなるのか? 問題

2020年に“ハーブカレー”なるものを作り始めた。

カレーの世界は、いまや空前の“スパイスカレー”ブーム。何かが注目され始めると急激にテンションが下がる自分の性格は昔から変わらず、「そろそろスパイスカレーは卒業しようかな」などと思い始めていたときに、閃いたのが、“ハーブカレー”だった。
そもそもスパイスカレーだなんておかしな名前のカレーだと思うが、僕自身がスパイスカレーという言葉を使い始めたときの感覚は、10年以上前の当時、市販のカレールウで作るカレーのことを“ルウカレー”と呼んでいたことに対して、「ルウじゃなくてスパイスで作るんですよ」というものだった。

一方、ハーブカレーの方は、ハーブカレーというくらいだからスパイスではなくハーブを使うことになる。スパイスとは、ハーブとは、などの定義めいたものは、過去の著書でも書いているので割愛するとして、簡単に言えば、何かの植物の葉を使って作るのがハーブカレーである。ハーブカレーなんて言葉はないのだから、僕が勝手に言い始めているだけのことだ。
昨年、せっせとハーブカレーを作っては、アウトプットしていたら、「それって、タイカレーと何が違うんですか?」という、とてもいい突っ込みがあった。説明するのが面倒になれば、「まあ、タイカレーみたいなもんですよね」と答えることになる。主にハーブをすり潰して作ることになるのだから。

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ハーブをどういかせばおいしいカレーになるのかは、タイ料理のシェフと共作するのがよさそうだ。渋谷『CHOMPOO』の森枝幹くんに声をかけた。彼とは何度もタイカレーについて話し合ったことがある。彼は彼でお店で「ペーストカレー」というくくり方でいくつかのタイ料理をメニュー化していた。ハーブをペーストにして作るカレーである。
今回の共作では、タイ現地のスタイルで石臼を使って各種ハーブやフレッシュスパイスをすりつぶし、ときどきドライスパイスを加えながらペーストを作った。レモングラスの根茎などの硬い部分は、極薄にスライスして加えてすり潰す。
CHOMPOOで主に腕を振るうイサーン出身のシェフが、すり潰している最中に教えてくれたことが面白かった。とにかく徹底的にペーストになるまですり潰すのがいい味を生むそうなのだ。そして、ラフな状態ですり潰し作業を終了させようとすると、「それじゃ屋台の味になっちゃうよ」と師匠から叱られるという。

そして、ペーストを油で炒めるときには、これまた徹底的に炒めるのにも驚いた。まだ炒めるの? と見ていて思うくらい徹底的に火を入れる。もちろん、タイ料理にもいろいろあるから、それがタイカレーの作り方の定番というわけではない(そもそも本来、タイにカレーはなかったわけだしね)。
ペーストを炒めるときのコツは、「油が分離してくるまで」だそうだ。油の分離を推奨する作り方はインド料理に通じるものがあって面白い。油の分離が足りないまま次のプロセスへいこうとすると、「それじゃ屋台の味になっちゃうよ」とまた師匠に叱られる。いや、屋台の料理もおいしいけどね。根気のいる作業が続いた。

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僕がタイで何度も見たいわゆるタイカレー(ゲーンキョワーンとかゲーンペッとか)の作り方は、ココナッツオイルを先に鍋に入れて煮立て、ココナッツの油が分離したところに非加熱のペーストを混ぜ合わせていくパターン。生のココナッツが手に入りにくい日本ではこの手法はやりたくても再現しにくい。
いずれにしてもハーブの香りを生かすにはすり潰すのはいい方法だ。もうひとつは、仕上げに混ぜ合わせたりトッピングしたりする方法。これらをダブルで採用したカレーができあがった。このハーブカレーの香りは、これからのカレーのひとつの方向性を指示しているように思う。

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ハーブカレーはタイカレーのようなものかもしれない。でも、本当はちょっと違う。ハーブカレーはジャパニーズオリジナルカレーだからだ。スパイスカレーも僕にとってはおなじく。僕のスパイスカレーは、インドカレーの作り方にヒントを得て解析した結果、生み出したものだった。
同じように、ハーブカレーは、タイを中心とした東南アジア諸国のカレー(またはカレーのような料理)から着想したものだ。もっと具体的に言えば、インドネシアのとある家でお母さんから学んだ“カリーメダン”と呼ばれるメダン地域のカレーをベースにしている。簡単にいえば、インドとタイの折衷をしたような面白いカレーで、やはりハーブが活躍していた。インドでもスパイスをすり潰す行為はあちこちで見られる。すり潰すことで香りが立ち、特別なテクスチャーが生まれるのだから、すり潰すとカレーはおいしくなると言っていいんじゃないかと思う。

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※このトライアルは、発売中の雑誌『RiCE』カレー特集にて掲載。

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