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189.丸ごと玉ねぎオーブン焼きカレーはうまいのか? 問題

玉ねぎを切らない方がカレーがおいしくなるという仮説を自分なりに検証するために、様々な切り方をして実験を繰り返している。何度やっても、何人で試食しても、やはり玉ねぎは大きく切った方がカレーがおいしくなる。みじん切り、スライス、厚切り、角切り、くし形切り、とあれば、くし形切りがおいしい。要するに包丁を入れる回数が少なければ少ないほどいいということになるのだ。

ただ、ここで「おいしい」ということの定義があいまいなまま進めると、いろんな人から怒られそうな気がしている。ので、おいしいという表現は撤回したほうがいいかな。玉ねぎの甘みやうま味、風味を最も引き立たせるためには、玉ねぎは切らない方がいい、という意味合いである。玉ねぎの甘みやうま味、風味が最も引き立った状態が必ずしもおいしいと判断されるとは限らない。たとえば、少なくとも僕が知る限り、インド人シェフは、日本の玉ねぎを加熱して生まれる甘すぎる味わいは好んでいないように思う。「ちょっと邪魔な味だな」という判断をする。だから、おいしくなるとは言い切れない。

ともかく、玉ねぎは包丁を入れる回数をできるだけ少なくすることで、僕がイメージするカレーソースの味わいは生まれることになる。それなら、包丁を一度も入れないのがベストだということになる。これについては、過去の著書『スパイスカレーを作る』の後半で、玉ねぎを丸ごとひとつ、水と油を使って長時間加熱していき、茶色くなってつぶれていく様を写真に撮り、味わいをチェックしたことはある。最終的にヒグマ色になった玉ねぎの味わいといったら「玉ねぎという野菜からこんな味わいが引き出されるものなのか!」と衝撃を受けるような味わいになったことを思い出す。ただ、カレーを作るたびにあの手間をかけるんじゃ、目が回ってしまう。

実際に僕が知る、直接店主に話を聞いたことのあるカレー専門店で、「玉ねぎを切らない」を実践しているのは、具体的に言えば、神保町『ボンディ』とおそらくその出身者関連の店。それから、同じく神保町『共栄堂』になる。神保町の老舗カレー専門店は、玉ねぎを切らないが常套手段として採用されているということだろうか。さすがにそんなことはないだろう。でも、共栄堂の宮川さんは、「包丁を入れる回数が少なければ少ないほど玉ねぎのおいしさがでます」と話してくれたのを思い出す。2店とも特徴としては、油で炒めるプロセスがないことだ。とにかく煮て甘みやうま味を引き立てる。それからつぶしてソースにしている。

昔から一度やってみたかった手法に「玉ねぎを皮つき丸ごとオーブンで焼いてカレーにする」というものがある。これも包丁ゼロ回カレーである。似たようなことは過去にもやっているけれど、今回のテーマに即して、その観点から実験したことはなかったから、やってみることにした。

●玉ねぎ丸ごとオーブン焼きカレー
【材料】
玉ねぎA 極極小1個(130g)→オーブン後:90g
玉ねぎB 極小1個(150g)→オーブン後:116g
玉ねぎC 小1個(180g)→オーブン後:138g
油 50g
ガーリックパウダー 2g
ジンジャーパウダー 3g
自家製カレーパウダー 20g
塩 7g
鶏もも肉(皮なし) 400g
トマトピューレ 50g
水 400g

【作り方】
1. 玉ねぎはそれぞれ皮付きのまま180度のオーブンで60分焼く。Bだけはホイルに包む。焼きあがったら皮を剥いて鍋に加える。
2. 油を加えて強火でこんがりするまでつぶしながら炒める。トータル15分で、炒める前317gだった玉ねぎ(オーブン焼き後)が150gに。
3. ガーリック&ジンジャーパウダーを加えて混ぜ合わせ、カレー粉と塩を加えて炒め合わせる。
4. 鶏肉を加えて表面全体が色づくまで炒める。
5. トマトピューレと水を注いで煮立て、ふたをして弱火で30分ほど煮込む。

まず、玉ねぎのオーブン焼きの時点で味見をする。玉ねぎのサイズやアルミをするしない、による大きな差は感じられなかった。それ以上に予想したほど玉ねぎらしさが味わえない結果になった。60分ではなく、180度90分とか160度120分とかが必要なのかもしれないし、200度220度でもよかったのかもしれない。このまま鍋に他の材料もすべて加えてハンズオフカレーにしてもカレーにはなるが、もっと味を深めたい。

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そこで、ここから油で炒め始めることにした。すると予想通り、玉ねぎの色も風味も味わいも高まる一方。改めて「油で炒める」ということの偉大さを思い知る結果となった。そして、その結果、先ほどのオーブン焼きの状態よりもはるかに味わいが深まった玉ねぎを試食し、こういうことならオーブンで焼くこと自体にそれほどメリットはないのかもしれない、とも思った。あくまでも最終的な料理のゴールをカレーにするとしたときの話である。前から実践している「水で煮てから油で炒める」の方がストレートに同じ味わいにたどり着くのだから。

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できあがったカレーを食べる。抜群のおいしさである(あ、「おいしい」はいけない、「うまい」としておこう)。これまで玉ねぎをいろんな形で切っては加熱し同じようなチキンカレーを作ってきたが、個人的な感想でいえば、最もうまかったと言っていい。やはり包丁を入れる回数は少なければ少ないほどいいということかもしれない。

何かカレーの世界とは別のジャンルでの知見が欲しくなり、行きつけのフランス料理店を訪ねた。代々木上原『ラ・ファソン古賀』の古賀シェフにフランス料理における玉ねぎの切り方について尋ねる。

水野「ミルポワとか作るときに玉ねぎをシズレ(みじん切り)にするのは、なぜですか? 出汁が出やすいとか?」
古賀「僕は切らないよ。ミルポワでも他の料理でも。包丁をできるだけ入れない方が美味しいから。細かく切るとうまみが出にくいし、苦味が出やすい。だから、フランス料理でも基本はシズレだったりするけれど、僕は自分でアレンジして切らないやり方にしている」
 
古賀さんは、もちろんフランス現地での修行経験も豊富だが、ソースに定評のある『シェ・イノ』に長くいて、「ソースなら古賀」と言われるほど信頼されていたと聞いている。古賀さんが同じ手法にたどり着いているのは、非常に心強い。

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とはいうものの、玉ねぎに包丁を一度も入れずにカレーを作るのは、あまり現実的ではない。レシピ化してまとめるにあたっては、少なくとも数回は包丁を入れる形でいくつかのパターンを提案したいと思っている。


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