肉と骨

121.鶏肉の骨から本当に“ダシ”は出るのだろうか? 問題

そのダシはいったい、どこから出てくるの? と僕は昔から疑問に思っていたのである。
日本人がカレーを食べるとき、そこに美味しさを感じる重要なアイテムのひとつにダシがある。とりわけ、チキンブイヨンとかビーフブイヨンとか、肉からでるうま味を重視する傾向にあると思う。
だから、コトコト煮込んでスープストックを取ればカレーは割とうまくなることが約束されるわけだが、いちいち手間がかかってしまう。それを避けようとするなら、具として食べる肉を煮込むときに同時に出汁のうま味も抽出する「一石二鳥」スタイルを取ることになる。

「骨付きの部位を選んで長時間煮込めば、骨からダシが出ます」

これまでの僕はそこそこ自信を持ってそう解説してきた。同時に「本当かなぁ?」と自問自答も繰り返してきた。鶏肉の骨からはどの程度、うま味が出るんだろうか? もしかしたら、たいして出ていないんじゃないだろうか? 
鶏ガラスープだって、ガラのどのパーツからうま味が出ているのか、僕は正確には知らない。ましてや手羽元なんかをカレーにする場合、あの肉の中に埋もれた骨の内側から何かがにじみ出ているとすんなりとは信じがたい。

だから実験してみることに。50人分のカレーを作る機会があった。手羽元を一人につき1本ずつ具として煮込むことにして、50本の手羽元を買ってきた。それを25本ずつに分ける。もちろん、それぞれの重さを計量し、同じ程度になるようバランスを取る。
片方の手羽元は、鍋に入れて水を注ぎ、火にかけてゆっくりじっくり煮込むことにする。もうひとつの手羽元は、骨を折ることにした。真鍮製のスパイスクラッシャーを持ち出し、肉の外側から強く打ってパキッと骨を折る。
骨付き鶏もも肉の部位なら、骨が長いから、さばきながら、包丁の背で叩けば割と折りやすい。が、手羽元は骨が短く、簡単には折れない。それに周囲を覆っている肉が邪魔して骨だけを折るのはなかなか難しい。切込みを入れて骨を見える状態にすればやりやすいが、それではダシが出やすくなってしまうから、丸のままの手羽元と同じ条件で煮込むことができない。
できるだけ正確に比較するためには、“肉を切らずに骨だけを断つ”を決行しなければならないのだ。パキッ、パキッ、とこの地道な行為を25本も繰り返していると、だんだん、申し訳ない気持ちになってくる。なんて僕は残虐なことをしているんだろうか、ごめんよ。

外側は何も変わらないが、触ってみると「くの字」に折れ曲がった肉ばかりが片方の鍋に入っている。少なめの塩を加えてから「せいの!」で二口コンロの火をつけた。別々に煮込んだ時にどちらのスープがうまくなるのか、どちらも大差ないのか、を実験するためだ。とはいえ、左右のガスコンロの火力設定はつまみをひねって行うわけだから、全く同じ火加減になることはありえない。どちらかがグツグツと強めの火で煮込まれたら、当然、そちらのうま味が強まってしまう。
だから、僕は、15分タイマーをセットして、ピピピと鳴るごとに左右の鍋を逆転させた。どっちが骨折り肉だったかがわかるように片方の取っ手には赤いマジックで印をつけた。
15分×6回。合計90分間、煮込んだ。通常なら60分以内に骨から身がはずれてしまうのだが、極弱火に設定して、鍋中がユラユラする程度で煮込んだから、90分後も手羽元は手羽元の姿を残している。

スープを味見してみると、やはり、予想通り、骨折り肉のスープの方がうまい。アクの出方も激しく、スープの色味も黄色がかっている。折った骨の内側から徐々にうま味が抽出されている証拠である。とはいえ、強烈なうま味を出すほどではないから、やはり、骨自体からスープを取りだそうというのは少々無理があるんじゃないかと思う。
考えてみれば、つるっとした状態の骨から何かを生み出そうとしたら、そこそこの時間をかけるなり、強火でボコボコするなり、がないと難しい。
そうか、肉から出るうま味の強さや性質は、それを煮込むときにチョイスする肉の部位に左右されるんじゃないだろうか。すなわち、手羽元、手羽中、骨付き鶏もも肉など、いかにも骨からいいダシが取れそうな部位は、そこに含まれる骨が大事なのではなく、骨にくっついた身の部分や骨回りの肉自体の味わいがスープをおいしくしている可能性は高いと思う。「魚は骨の周りがうまい」なんて言われることがあるように、鶏肉も骨の周りがうまいんじゃないのか。

骨付き鶏肉を使うとカレーがおいしくなるという現象は確かにあると思う。でも、「骨からダシが出るからです」というためには“骨を断つ”ような下準備が必要になりそうだ。「水炊き用」などとして販売している骨付き鶏もも肉なら骨を断った状態になっているから断面からうま味が出やすくなっているかもしれないが、つるっと丸のままの骨から出るダシがどれだけカレーをおいしくしているかはやっぱり疑問が残る結果となった。
さて、これから僕はこのことをなんと説明するべきだろうか。「骨からダシが出ます」ではなく、「骨の周りの肉からダシが出ます」の方がいいのだろうか。そのダシはいったい、どこから出てくるの? という問題について、引き続き、答えを探さなければ。
“肉を切らずに骨だけを断つ”よりも“肉を切った上に骨を断つ”ほうがダシが出やすくなることは間違いない。骨から出るダシの量を知るためには、“肉を完全にそぎ落として、骨だけを煮る”をいつかやってみたいな、と思う。
しかし肉だの骨だのと考えすぎて、頭が痛くなってきたな……。

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