メース

91.スパイスはパウダーよりホールで買うべきか? 問題

たとえば、クミンシードとクミンパウダーはどちらを買えばいいですか? というような質問がときどきある。あるスパイスについて、ホールの状態で使うかパウダーの状態で使うかは、作りたいカレーによって変わる。でも、ホールで買っておくべきか、パウダーで買っておくべきかを問われたら、ホールで買っておいたほうがいいと答えることにしている。
理由は、そのほうが香りがいい、もしくは、保たれる場合が多いからだ。コーヒーの豆と同じようなもので、粉を買ってくるよりも焙煎した豆の状態で買って、自宅で挽いて挽きたてを使って淹れたほうがコーヒーはうまい。香りが劣化しにくいからだ。それと乾燥スパイスも同じだと思えばいい。ただ今回はその話ではない。ちょっとマニアックだけれど他にも理由がある、という話である。
“僕は正体のわかっているものでカレーを作りたい”と最近、よく口にしている。とはいえスパイスについては除外して考えていた。なぜなら、スパイスの原材料は、スパイスだからである。スパイスは何かしらの植物であって、それ以上の何ものでもない。ところが、待てよ……、と思う体験をしたのである。
インドネシアに来ている。目的はスパイスハンティング。主にナツメグ、メース、クローブ、シナモンだ。スパイスに関して実体験に基づく知識や情報を手にしたくて、スラウェシ島のマナドにきた。高橋仙人君という、インドネシアを拠点に胡椒を作っている友人の計らいで、とあるスパイス工場を運営、経営するインドネシア人の完全ガイドつき。生産者をめぐることになった。
宿泊したホテルの道沿いにシナモンの木がいくつもあるというので、見に行った。木の皮を厚くメリメリとはいでみる。内側をちぎって香りをかぐと甘くいい香りがする。工場へ行くと、分厚く長く立派な状態で巻かれたシナモンがたくさんある脇に大袋にシナモンの切れ端とは別の、細い幹の破片があった。サキイカのように割いた状態で乾燥させている。これはいったい、何に使うんだろう? と不思議に思った。
山道を車で登っていくと、クローブの木が乱立する場所があった。鮮やかな黄緑色をしたクローブの花のつぼみは、柔らかく、指でつぶして香りをかぐとフレッシュな甘い香りが心地よい。工場を訪ねると、テーブルの上でスタッフが乾燥して焦げ茶色になった細い枝のようなものを仕分けしている。聞けば、クローブのつぼみがついている軸の部分だという。手に取って香ったら柔らかくクローブが香った。これはいったい、何に使うんだろう? と不思議に思った。
ナツメグとメースの畑が僕にとって最も期待していた場所だった。生のナツメグを見るのは生まれて初めてだったからだ。予想以上に大きい梅のような実がなり、はじけんばかりになったところを摘み取る。果肉を割るとメースが顔をのぞかせ、その中にナツメグがある。農家の軒先を見てみると、メースと殻付きのナツメグのほかに果肉をカラカラに乾燥させている。手に取ったら、ナツメグが軽やかに香った。これはいったい、何に使うんだろう? と不思議に思った。
3つのスパイスの収穫を実際に体験し、改めて感じたのは、「スパイスは植物なんだ」という当たり前のことだった。目当ての部位に限らず、その部位の周辺はそのスパイスが香る。そこで、僕が不思議に思ったものたちのことをもう一度、考えてみる。シナモンの木の幹の破片、クローブの枝分かれした軸、ナツメグの果肉。これらは、実は、(オーダーによるそうだが)パウダースパイスを作るときにいわゆる“混ぜ物”として使われるそうだ。
当然、周辺部位は、そのものよりも香りは落ちるが、少しでも香りのあるものを無駄にしない、という価値もある。純度が高いとは言えないけれど、クローブの原材料はクローブ、シナモンの原材料はシナモン、ナツメグの原材料はナツメグとなる。そこに嘘はない。
さて、スパイスは、パウダーで買うべきかホールで買うべきか。正体のわかっているものを使いたいと思う僕は、できればホールで買いたいと思う。ホールは、その正体が明らかだ。色艶も形状も大きさも。それはたとえばかたまり肉を買って自分で叩いて挽き肉にするような、贅沢な行為と同じかもしれない。それをいとわないのであれば、僕は形ある状態で手にしておきたいと思った。

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