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154.スモークの香りはカレーをおいしくするのか? 問題

スペイン料理を中心に主にヨーロッパで流通しているスパイスにスモークドパプリカパウダーがある。南米でも使うようだ。日本ではあまり見かけないが、ロンドンやパリでは、割と普通のスーパーで手に入る。すごくいい香りがする。

昔、それを何種類もブランド別に買い揃え、帰国した後にカレーを作ってみたことがある。いい香りのするスパイスでカレーを作るのだから、かなりの出来栄えを期待したのだけれど、結果、イメージとだいぶ違うカレーに仕上がった。

スモークの香りが強すぎて、ほかのスパイスが台無しになってしまったのだ。カレーがまずくなったわけではないけれど、スパイスのハーモニーが崩れた感覚があった。以来、スモークドパプリカをカレーに使うのはやめたし、スモークの香り自体がカレーとあまり相性のいいものではないのかも、という印象が強まった。

今回、改めてスモークとスパイス、カレーの関係をもう少し具体的に実験したみたくなった。スモークだけでなく、対抗馬としてロースト香を準備。スリランカでよく使われるローステッドカレーパウダーを使ったものと比較してみることに。スパイス以外の材料とプロセスはすべて同じにした。

スモークドチキンカレーのスパイス
 ・コリアンダーパウダー 大さじ1
 ・クミンパウダー 大さじ1
 ・スモークドパプリカパウダー 小さじ1
 ・ターメリックパウダー 小さじ1

ローステッドチキンカレーのスパイス
 ・ローステッドカレーパウダー 大さじ2
 ・パプリカパウダー 小さじ1
 ・ターメリックパウダー 小さじ1

スパイスの総重量は同じ。配合内容を変えた。スモークドパプリカが小さじ1に対してローステッドカレーパウダーが大さじ2だから、かなり差があるが、これはパプリカを大さじ2も入れる勇気がなかったのと、スモークの香りに対する恐怖心から、ビビったのが理由だ。

油とにんにく、しょうがを熱し、玉ねぎをきつね色になるまで炒める。できるだけ誤差をなくすよう、ふたつの鍋で炒め、炒め終わりを一つにまとめ、重さを測って2分割し、パウダースパイスを混ぜ合わせた。

この時点で香りを比べてみる。と、ローストチームはかなりの焙煎感。スモークチームはそこまで強くはないものの、奥の方にスモーク感がある。「だしのような香りがする」という意見もあった。たしかにパプリカを使った料理はある種のうま味を感じる場合が多いから、そういう印象になるのかもしれない。

鶏肉を入れて炒め、トマトと水を加えてふたをして20分ほど煮込んだ。ふたを開け、ココナッツミルクを加えてさっと煮る。再び香りを比べる。スモークもローストも感じるが、以外にもスモークチームは全体の風味のバランスがよく、ローストチームは、ココナッツミルクの風味やまろやかさが引き立つ味わいになった。

最後にそれぞれのカレーに仕上げのスパイスを加える。ローストチームにローステッドカレーパウダーを小さじ1、スモークチームにスモークドパプリカパウダーを小さじ1、加える。

三度、味見をしてみる。スモークチームは相変わらず全体のまとまりがよく、味でいえばシチューのような感じ。風味的には蕎麦屋のカレー丼のような感じが増した。かつお節を隠し味にいれたカレーのよう。おそらくかつお節自体が「乾燥→燻製」というプロセスを経ているから、スモーク感にその味わいを感じ取っているのかもしれない。

ローストチームはスモークチームに比べればきりりと引き締まった感じがする。そして、スリランカのカレーを彷彿とさせる味わい(当たり前だ!)になった。

香りとは別の部分での差も興味深かった。
スモークチーム……トマトの風味や酸味を強く感じ、ソースは乳化している。全体的に優しくほかの食材とも相性がよさそうな仕上がり。
ローストチーム……ココナッツミルクの風味が強く、油の分離が進んでいる。コーヒーやチョコのようなビターテイストがあり、特徴のある仕上がり。

7人で試食した結果としては、好みは分かれた。スモークがカレーをおいしくするかどうかについては、“ある種のおいしさ”を作ることはわかった。以前、僕が感じた「ほかのスパイスのバランスを壊してしまう」という点は、変わらない。でも、そういう意味では、ローステッドカレーパウダーだって、カレー粉を構成する個々のスパイスの調和をあきらめてでも、全体的に醸し出される焙煎香を重視しているのだから、同じ路線ということになる。

自分でスパイスを調合し、自分でカレーを作る場合はどうしても自分の狙いが結果として表現されているかどうかに着目してしまう。それは不必要な自己愛と言えるのかもしれない。「こんなに頑張ったんだから頑張ったなりのご褒美がほしい」と僕自身が思ってしまっているのだろう。でも、そんなものは食べる人にとってはどうでもいいことだ。スモークやローストをカレーに入れ込もうとするとき、きっと僕は今まで以上に自分を可愛がろうとする気持ちを捨てて食べてくれる人のために鍋と向き合わなきゃいけないのだな。


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