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94.トマトとスパイスはどちらを先に入れるべきか? 問題

トマトベースのカレーを作るとき、トマトを炒めて脱水してからパウダースパイスを加えて炒め合わせる。こう説明したら、「うんうん、そうだよね」という人は、僕が提唱するゴールデンルールが頭に入っている人かもしれない。「え? そうなの!?」という人は、ナイル善己くんのレシピ本を読みこんでいる人かもしれない。
水野は「トマトが先だ」と言い、ナイルは「トマトが後だ」と言う。どっちが正しいのよ!? となる人もいるだろう。いつものことながら、正解を求めてはいけない。カレー作りに正解はない。

先日、ナイル善己くんが講師を務める料理教室「ラッサムの学校」で見習い生徒、兼、アシスタントをやらせてもらった。サンマのカレーを作るときだったかな、彼がボソッとこんなことを口にしていた。
ネットの書評を見ていたら、トマトの投入順序について「他の人の本はトマトが先なのに、この本だけトマトが後になっているのはおかしい」みたいなネガティブなレビューがあったという。いやいや、そんなこというなら俺なんて……、と言って慰めてはみたものの何も解決はしない。おせっかいにも、善己に代わってこの場で説明しておきたいと思う。

レシピにおける手順(作り方)は、そこに書かれている手続きが大事なわけではない。書かれていない狙いが大事になる。すなわち、“何のためにトマトを炒めるのか”によって“トマトをどういう状態にしたいのか”とか“トマトの何を引き出したいのか”が決まり、それによって、“トマトをどのタイミングで投入するのか”と“トマトをどう切るのか、加熱するのか”が決まる。
トマトベースのカレーなのだから、トマトはつぶして脱水し、ベースとしてのうま味づくりに貢献させたい。よって、にんにく、しょうが、玉ねぎを炒めた後にトマトを加え、ペーストにしていき、その後にパウダースパイスで中心の香りをつける。これがゴールデンルールの基本テクニックだ。

ところが、僕の最新刊「わたしだけのおいしいカレーを作るために」では、パウダースパイスを加えた後にトマトを投入している。ナイル善己スタイル(?)をあえて採用した。トマトの水分が鍋中に入る前、にんにく、しょうが、玉ねぎが脱水して油がにじみ出ている段階で、パウダースパイスを加えたいからである。
結果、スパイスは、油と絡まり、強い熱を受けながら焙煎するような形で香味と風味を出すことになる。このプロセスを取るとカレーがメリハリのきいた仕上がりになる。実際、善己のカレーはとってもメリハリがきいている。もっと穏やかに香りを立て、トマトのうま味を重視したい場合は、トマトが先に入る。要するにどういうカレーにしたいかによってどちらが先になるかは変わるのだ。

簡単に言えばそういうことだが、これでトマトとスパイスについて言いきれているわけではない。トマトとスパイスで90分くらいの授業をすれば8割がたは説明できるかもしれない。本に書いたら30ページほどにはなりそうだ。
実はトマトを後にするほうがテクニック的には難易度が高い。「水野さんのレシピでやったら失敗しました」となっては読者に申し訳ないと思う気持ちもあって、失敗しにくい手順を選んでいるということもある。善己くんはシェフだから、そういう気の遣い方はしない。「こっちのほうが俺の理想の味になる」と思うことを素直に表現する。
さらには「うちのレストランで働くケララのシェフは、みんな自分と一緒でトマトが後だから」とも話していた。どうのこうのと考えなくても手は動くから、スパイスの前にトマトを入れることはしない。

たとえば、生のトマトとホールトマトのときはどう解釈するかとか、生のトマトを先に加えて、後に加えるのと同じようなメリハリをつける手法があるよとか、次々と説明したいことが出てくるが、キリがない。
まあ、ともかく、レシピは大事であって大事ではない、ということだ。表に見えている顔(紙に書かれた手順)だけでなく、腹の中で何を考えているのか(その手順の本当の狙い)を探れる能力がおいしいカレー作りには必要になるのだろう。
隠されていることを暴く探偵とか人の気持ちを推し量るカウンセラーとか、そういう人たちが実はカレー作りには向いているのかもしれないなぁ。

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