見出し画像

134.ホールとパウダースパイス、どっちがいいのか? 問題

クミンシードとクミンパウダーはどうやって使い分ければいいですか? 
本当によく聞かれる質問だ。こう聞かれたとき、僕はいつも、一呼吸おいて、「どのくらい詳しく解説していいのか?」について考え、回答することにしている。基本的には自著『カレーの教科書』で紹介している“システムカレー学”の考え方にのっとって決めている。システムカレー学は、「作りたいカレーを先に決めて逆算してレシピを設計する」という“デザインカレー”の考え方に従って、レシピの設計を自由自在にするための基本的な考え方を紹介したものだ。

カレーに加える素材(肉も野菜もスパイスも)について、形を残すかつぶすかを基準に設計する。切り方や火加減、加熱時間などによって加える素材の形状は変わる。それに従って、カレーのソースの色、味わい、とろみが変わる。
スパイスについていえば、クミンシードを使ったほうがクミンパウダーを使うよりも香りはやわらかく、色は淡く、とろみは少なくなる。パウダーの方が素材(クミン)の形状がつぶれているから、香りも色もとろみも濃くなる。とっても簡単に言えばそうなる。たとえば、AIR SPICEのスパイスの配合を考えるときは、それを12か月で毎月違ったバリエーションで楽しんでもらえるようにバラエティを作っている。

さて、そんなこんなでホールスパイスとパウダースパイスを意図的に分けてブレンドしているAIR SPICEのカレーだが、最近、その狙いに逆行したカレーを作ってみた。とあるパーティで「AIR SPICEのカレーを作ってください」と依頼があり、「基本のチキンカレー」を作ることにした。ただ、普通に作るんじゃつまらないな、といつもの悪い癖が出て、ある実験をすることにした。
まず、100食分のカレーを作るために基本のチキンのスパイスを準備する。ふたつのボウルに100人分のホールスパイスと100人分のパウダースパイスが揃った。さて、ここからだ。ホールスパイスのボウルをそのままミルサーに入れて粉状に挽いた。意図的にホールを選んだはずのスパイスたちを意図的に粉状に挽いたのだ。結果、パウダースパイスのみで基本のチキンカレーを作ることになる。
スパイスの形状が同じなのだから、オーソドックスにタイミングも水を加える前に揃えて一気に投入する。結果、香りやとろみ、色味については、システムカレー学にのっとったイメージ通りの仕上がりになった。

イベントでの反応もとてもよく、食べていただいた方が口々に「おいしい」と連発してくれて嬉しかったが、僕自身は、いまいちできあがりに納得がいかない。退屈な味わいのカレーになってしまったから。レシピ通りに作った基本のチキンカレーのほうがはるかにおいしい。なぜ? 何度か試食して原因を探る。おそらく、ソースが均質化してしまったことが敗因なのだろう。
たとえば基本のチキンカレーではフェンネルシードを使っているが、フェンネルをシードにした場合、A・B・Cと3皿にカレーを盛り付けたら、シードの粒が入る数は、「A=1粒、B=3粒、C=5粒」などの差が出る。ところがパウダーにした場合、その粉は炒めて煮ている間に鍋中全体にまんべんなく広がるから、「A・B・C=すべて3粒分」のフェンネルが入ることになる。
Aの皿を僕が食べるとき、食べ終わる間にも均一、不均一が起こる。フェンネルシードで作った場合、Aの皿を食べる僕が3回スプーンを口に運んだとする。「1口目=1粒、2口目=0粒、3口目=2粒」のふぇんフェンネルシードが口に入る。当然、もぐもぐするたびに香りが変わる。パウダーで作ってしまうと、「1口目・2口目・3口目=すべて1粒分」のフェンネルが口に入る。味わいは単調になる。この結果、退屈な味わいのカレーになってしまうのだ。

人間もきっとスパイスと同じである。見た目から想像した通りの人間だったら、退屈に思われてしまうかもしれないが、怖そうな面持ちなのにしゃべったら優しかったりするとモテるのだ。スパイスを粉状に挽いて均質化してしまわず、一部をホールスパイスとして使うことの狙いは、味わいの変化にもあるのだと思う。
それは一種の賭けのようなものでもあるから、好き嫌いはわかれるかもしれない。でも、賭けに勝った時にはスプーンが止まらなくなるような嬉しい結果を得られる。パウダーではなくホールスパイスを使う理由のひとつはそこにあるのだな、と改めて実感した。

★毎月届く本格カレーのレシピ付きスパイスセット、AIR SPICEはこちらから。http://www.airspice.jp/
  


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?