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142.何もしなくてもおいしいカレーは作れるのか? 問題

すごい発見をしてしまった! と、まあ、いつも僕は新しいカレーの手法を思いついたときに決まってそう思うから、あまり信ぴょう性はない。が、いま、この瞬間はやはり、大発見だと浮かれているのである。これで、多くの人のカレー作りが激変するのではないか、と(そんなわけないよね……)。

何もしないでおいしいカレーを作るのだ。何もしない。そう、鍋に一切手を振れないでカレーを作る。火は使うが、炒めはしない。ただ煮るのだ。ここの連載、問題シリーズでも去年かな、「一切炒めなくてもカレーはおいしくなるのか? 問題」みたいなことを書いた。煮るだけでカレーを作ったことは何度もあるし、イベントで50食や100食のカレーを煮るだけで作ったこともある。でも、あの時は、それが素晴らしい発見だとは思わなかった。

どうやるのか。鍋にカレーの材料をすべて入れる。強火にかけて煮立ったらふたをして一定時間煮込む。以上。すなわち僕は包丁は持っても鍋のとってを手にすることはない。ふたのつまみは触るけれど、木べらもゴムベラも使わない。それで、カレーがとっても美味しくできあがるのだ。

キッカケはビートルズカレーだった。この「ビートルズでカレーを作る」取組みについては、また別で書こうと思っている。ビートルズカレーの狙いのひとつは、「調理時間を楽しめないか」というものだった。そう、調理時間というものが、場合によっては厄介な概念だなと思っていたのだ。「手軽」、「カンタン」、「手早い」みたいなことが重宝される。だから、できるだけ短い時間でおいしいカレーを作りたいと多くの人が思っている。

まもなく発売される新刊『スパイスカレードリル』でも、巻頭は、「たった15分で驚くほどおいしいチキンカレーができるレシピにチャレンジ」である。驚くのは、「15分なのに!?」というものであって、それより美味しくなる方法はある。だから、巻末には同じ材料を使って理想的な火入れをしたカレーを披露している。そっちは、1時間近くかかる。結局、短い時間では、“それなりに”おいしい味にしかならない。かけるべき手間はかけたほうが“もっと”おいしくなるのだから。

「調理時間=拘束時間ではない」という持論をもっとわかりやすくアウトプットできないか、と思い、考えたのが、調理中、一切、鍋に触らないでカレーを作れないか? ということだった。それが、できたのである。新刊で披露しているチャレンジカレーを15分でテクニックを駆使して作るわけでなく、1時間でさらに高度なテクニックを応用しながら作るわけでなく、ただふたをして煮てみた。しかも、15分。さらりとして滋味深く、何杯でもたべたくなるようなおいしいカレーになったのだ。レシピは別の記事で公開したい。

もうひとつ、実験に使わせてもらったレシピがある。そちらも別の記事で公開するが、初台『たんどーる』の塚本シェフに教えてもらったチキンカレーだ。こちらは、彼がインド料理店で働いていた時代にインド人シェフがまかないで作っていた手法だそう。お店にレシピ付きスパイスセットが売られていて、それを使った。やっぱりうまかった。スリランカの家庭料理にもこのスタイルがあることは、神戸『カラピンチャ』濱田シェフのホームステイ先を訪れたときにも目の当たりにしたしね。

だから僕は、これからしばらくの間、自分の持っている様々なレシピをぶち壊し、“煮るだけ”スタイルに再構築して次々と試作していきたいと思っている。どれもおいしくなるんだとしたら、これまで長いことかけて自分が積み重ねてきたテクニックや構築してきたカレー調理理論はいったいなんだったんだ!? ということになってしまうかもしれない。でも、そうなりそうな予感はしている。

ひとまず、僕はこのカレーのスタイルを「ハンズオフカレー」と名付けた。別名は「ながらカレー」である。この手法なら、「調理時間≒自由時間」となるわけだから、好きなことをしながらカレーを作ることができるのだ。現時点で、ハンズオフカレーのルールとして僕が決めているのは、以下。

1. 切ったり下準備した材料を本来加えたい順に鍋に加え、火にかける。
2. 必ずふたを開けた状態で一度煮立ててからふたをして煮込む。
3. 煮込み時間や火加減は“最も火の通りにくい素材”を基準に計算する。

もし手元に何かしらのカレーのレシピがあったら、上記のルールでハンズオフカレーに挑戦してみてほしい。きっとおいしくできあがると思う。この取り組みが成功したら、今後のカレーのレシピは、【材料】表記だけで、【作り方】表記は必要ないことになる。ああ、どうしよう。僕はこれから、過去の自分を全否定してカレー活動を続けていくことになるのだろうか。

ハンズオフカレーは、野球で言う決め球のようなものかもしれない。シンカーの投げ方だけ習得して三振を量産できるカレーライフがいいか、あらゆる球種を投げられるように訓練した上で、「結局、シンカーを決め球にしちゃうんだけどね」なんて言うカレーライフがいいか、の違いかな。どっちも素敵だから、試作を繰り返した後に自分なりに判断することにしよう。

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