後入れ

88. パウダースパイスは“後入れ”してもいいのか? 問題

カレーができあがって味見をしてみたら、スパイスが足りませんでした。このタイミングで追加しても大丈夫でしょうか?
ときどき受ける質問だ。
大丈夫ですが、控えめにしたほうがいいですよ。
そう答えることにしている。

たとえば、ガラムマサラをひとふり、みたいな量なら問題はなさそう。フレッシュスパイスを手で揉んで混ぜ合わせるのもOK。シード系ホールスパイスを油で炒めて仕上げにジャーッと油ごと注ぎ入れるのもいい。でも、そこそこの量のパウダースパイスをバサッと加えるのは、オススメしない。理由は、出来上がったカレーソースとパウダースパイスはなじみにくいから。そう答えることにしてきた。

スパイスのエッセンシャルオイルは加熱によって揮発する。温度が上がればいいのだから、炒めようが煮ようが焼こうが、炎天下で放置しようが、温度が上がればスパイスの香りは抽出される。すなわち、香りを立てたいだけならどのタイミングでどう鍋に放り込もうと関係ない。
ところが、抽出されたエッセンシャルオイルが溶け出すのは、油脂分であり、水分であり、アルコール分であり、さまざまだ。なかでもカレーに使われるスパイスのほとんどが主に脂溶性で油脂分にその成分が溶け出し定着する。だから、理論上は、どう加熱してもいいが、加熱後、早い段階で油脂分と融合させるプロセスがないと、その香りは鍋の外に逃げて行ってしまう。作っている最中はいい香りだが、出来上がって盛り付けて食べるときには香りが薄れてしまう。

もうひとつ、テクスチャーの問題がある。煮込みの途中や終わりにパウダースパイスを混ぜ合わせると粒子がなじまず、舌触りに粉っぽさが残ってしまう。これは、温かい油にパウダースパイスを混ぜ合わせ、湯を注いで飲むのと、温かい油に湯を注いでからパウダースパイスを混ぜ合わせて飲むのを比べてみればその差を体験できる。前者のほうがなじみがいい。
だから、スパイスカレーのゴールデンルール上は、水分が鍋に入る前の段階で中心のスパイス(パウダースパイス)を温かい油と融合させるプロセスを置いているのだ。

さて、理論的にも経験知的にも答えが出ているこの問題について、「本当に!?」と改めて思った人たちが、AIR SPICEラボに集まった。僕自身も「本当ですよ、でも本当に!? という気持ちもなくはないですね」と思ったから、興味深く見守った。
“水野仁輔だけのおいしいカレー”のレシピをベースに、2つの鍋を準備し、左側はレシピ通りに、右側はパウダースパイスを最後の最後に後入れして、2種類のチキンカレーを作った。食べて比較してみると、目を閉じて味見をしてもわかるくらいにスパイス後入れカレーは、粉っぽく、粒子がなじんでいない味わいがある。作ってすぐに食べているせいか、香りはそれほど変わらないが、スパイス先入れカレーのほうが深い味わいになっていた。
やはり、パウダースパイスは温かい油と融合させるのがいい、というのが僕の結論だ。

ところが、試食したメンバーの中には、両者にそれほど違いを感じていない人もいたようだ。むしろ、後入れのカレーのほうがあっさりしていて食べやすいという感想もあった。僕もあっさりしているとは思った。結局、スパイスの粒子がソースになじんでいるかどうかについては、「それが気になるかどうか」によって感想が違うということなのかもしれない。
そう考えると、なじみの悪さがやたらと気になる自分の味覚に自信が持てなくなってきた。小学校6年の3学期に入ってきた転校生と仲良くなれない人のように、なんだか自分が心の狭いやつに思えてきたなぁ。カレーと関係ない問題で、しばらく凹みそうだ。

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