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168.「燃やす」とカレーはおいしくなるのか? 問題

失敗から学ぶことがある。

と言うと、「だから失敗を恐れずに経験を積もう」という意味になるのだけれど、別の視点もある。

人の失敗からヒントをもらうこともある。

そう、自分以外の誰かの失敗が自分の経験値を上げることにもつながるのだ。

そこで、燃やす失敗?について、である。結論からいえば、燃やしたらカレーがおいしくなったのだ。燃やしてカレーをおいしくしようとした人がかつていたかどうかはわからない(まあ、いるんだろうけれど……)。バーベキューやタンドールなどの炭焼きのスモークとは別だし、アルコールを利用したフランベとも違う。ただ燃やすのだ。

豪徳寺の『OLD NEPAL』で出るタルカリという野菜炒めのメニューがやたらとうまい、という噂は何人かから聞いていた。それは、と思い、楽しみに食べに行った。一口食べた瞬間に「ああ、これ、燃やしたやつだ」と思った。シェフの遼くんに聞いてみると、意図的に火を入れているという。仕込み時に誤って火が入ってしまい、食べてみたらおいしかったから、手法として採用することにしたのだそうだ。

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燃やすとカレーがおいしくなるのは、燃やして炎が派手に立ち上ったときに生まれる香りがいいからだ。スパイスの一種のようでもあり、どんなスパイスとも異質なようでもあり。ともかくほとんどの人が体験したことのない香りが生まれる。

そこで、「燃やす」をテーマにおいしいカレーの作り方を模索しよう、と遼君に投げかけた。彼がタルカリを作るとき、野菜を高温の油で炒めながらフライパン(彼は中華鍋を使用)を傾けて鍋の中に火を入れる。その火は、鍋中に適度に水分がある限り、燃え続ける。

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特にウリ科の野菜など、それ自体に多くの水分を含む素材の場合は、より派手に炎が上がりやすく、特殊な香りはより強く生まれる。この手法をカレーを作るプロセスに応用すればいいのだ。あたかもスパイスを投入するかのように調理のある段階で炎を入れて燃やす。その香りが消え去る前にカレーを仕上げ、提供するなり食べるなりする。または、燃やしたタルカリのようなものをカレーの仕上げに混ぜ合わせることでも可能となる。

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遼君にはタルカリの作り方を披露してもらいつつ、別の形で燃やしたポークカレーも作ってもらった。どちらも、あの僕の好きな燃やした香りをまとったおいしいカレーに仕上がった。ただ、この手法は、一般の方が家庭で再現しようとするのは、絶対にNGな行為である。家事になる危険と背中合わせだから。(こんなふうに記事にすること自体、大丈夫かどうか怪しい)

消防庁消防大学校・消防研究センターのホームページに「天ぷら油火災」という項目があり、以下のように記述されている。

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火を消すには水を使うというのが一般的なのですが、天ぷら油が燃えている時に水をかけることは大変危険です。水は100℃で沸騰(1気圧)しますから、高温の油に投入された水は一気に水蒸気となり、周辺に高温の油をまき散らすからです。 (ちなみに、天ぷらを揚げているときの油の温度は180℃位ですし、天ぷら油火災になっている時の油の温度は300℃を大きくこえていますから、水は瞬間的に沸騰するのです。)
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本当に危険だから、本当にやらないでほしいテクニックなのだ。ガスバーナーで何かの素材をあぶることで似たような香りが出なくもないけれど、ガスバーナー自体は、ガスの匂いが強く出てしまうから、あまり効果的とは言えない。でも、イメージ的にはそんな香りに近い。ネパールでは、これに似た香りを生む苔(コケ)が存在するそうだ。『OLD NEPAL』ではそれを仕入れようと動いている。

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自分の店を持つプロのシェフなら、調理場の環境とそのシェフの実力次第では再現を試みることもできるだろう。

いずれにせよ、「香りのいい素材を鍋に投入する」のではなく、「鍋の中でそこになかった新たな香りを生み出す」という手法には大きな可能性を感じている。燃やすカレーは、未来形のひとつだと思う。フランベカレーとひとまず名づけているけれど、正確にはフランベではないので、ネーミングは再考の余地ありかな。

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初めてタルカリを食べたとき、「あれ、火を入れたよね。意図的にやったの?」と質問した僕に対して、素直にすべてを教えてくれた遼君に敬意を表したい。あのとき彼が、「いろんな人が、どうやってあのタルカリの味が出たのかを聞いてきましたが、一発で燃やしたと突き止めたのは水野さんだけです」と驚いてくれた。「当分の間、秘密にして楽しもうと思っていたのに、まさかこんなに早くバレるとは……」とも。

これで普通なら僕は鼻高々になるところかもしれないが、そうではない。なぜなら、僕は、何年も前に船橋『サールナート』で体験済みだったからだ。小松崎シェフが僕にまかない(おまかせ)カレーを即興で作ってくれたとき、フライパンにミスして炎を入れてしまったことがあった。「火が入っちゃった、ごめんね」と言いながら僕に出してくれたカレーを食べて、「これはうまい!」と思った。あのとき、「燃やした(燃えちゃった)カレーっておいしいんだな」と思った記憶がフラッシュバックしたまでである。

他人の失敗がヒントになっていたので、僕がすごいわけではないのだ。とはいえ、遼君には、「秘密をバラしちゃってごめんね」と思っている。

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※このトライアルは、雑誌『RiCE』カレー特集(2021年4月末発売)にて掲載予定。

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