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175.ビリヤニの本質をどこに見出せばいいのか? 問題

“ながらスマホ”という行為がある。歩きながらスマホを見る、とか、テレビを見ながらスマホを見る、とか。でもビリヤニを炊きながらスマホを見るシェフがいるとは思わなかった。

インド・ムグライ料理の名シェフ、フセインさんである。マトンヤクニというビリヤニを作るお手伝いをした。マトンのスープを仕上げるまでは繊細に丁寧に仕事を進めておきながら、米を炊き始めてからは一転して素知らぬ顔。調理場から外に出て椅子に座り、スマホを見始めたのだ。炊きあがりは見事なもので、抜群のおいしさ。ハッとさせられるような体験だった。

ながらスマホで完璧に仕上げたからではない。フセインさんが重要視するプロセスが、僕のイメージとはかけ離れていたからだ。あの日の調理場はビリヤニを炊くにはアウェーとしか言いようがない状況だった。

・初めて使うという米
・現場にあったペラペラに薄い鍋
・ピッタリサイズのフタはない

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でも、僕が現場目撃したのは目を疑う光景だった。

・フセインさんは、火加減を見ていない
・フセインさんは、時間を測っていない

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ビリヤニとは、米をおいしく炊く料理なんじゃないのか。だからこそ、ビリヤニ調理のハイライトは「米を炊く」プロセスなんじゃないのか。米をおいしく炊くために米と蒸気がどのような関係にあるのか、ふたをして見えない鍋中を想像しながら火加減を調整し、時間を正確に測ることこそが大事だと思っていたのに。

肝心なのは「炊いている時間」に気を遣うのではなく、「炊き始める手前」までに注意を払うことなのだ。うまくは表現できないけれど、あの日のフセインさんの一連の作業は、「炊く前の時点ですべての勝負はついているんだよ」と言っているようだった。その衝撃がいまだに色々と頭をめぐらせている。フセインさんが最も重視していたのは、主にスパイスによる香りの組み立てだったんじゃないか。米を炊く前に香りを加えるプロセスはいくつもあった。

・クラッシュしたにんにくやしょうが、ホールスパイスと共にマトンを長時間煮込む。
・直前に焙煎して手で揉んだカスリメティをスープに混ぜ合わせる。
・フライドオニオンやミントや、ラフに切ったグリーンチリをスープの上にちらしておく。
・米をボイルする湯には、また別のホールスパイスを加えて油とレモン汁を加える。
・トッピング用の各種やサフランミルクを丁寧に準備し、ボイルした米をかぶせた後に上からギーと共にあしらう。

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あれら一連の作業には、ビリヤニをおいしく炊くためのあれやこれやが隠されていたのだと思う。まさに言葉通り、「お膳立て」が大事なのであって、そこが事前に整っていることが「おいしく炊く」ための確実な条件なのだろう。だから、ふたをして火にかけてからは調理場を離れてOKなのだ。ながらスマホどころか、ただひたすらスマホを見入っていてもビリヤニは炊けるのである。

かつての名棋士、故・升田幸三氏はこう言った。

「勝負は、その勝負の前についている」

僕はこの言葉が好きだ。まさか将棋とビリヤニに共通するものを見出すことになるとは思いもしなかった。僕はビリヤニ調理のハイライトを見誤っていたのかもしれない。

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ビリヤニ本の監修がキッカケで「ビリヤニの学校」を始めることになったとき、前向きにビリヤニを面白がれるポイントを探さなければ、と少し気持ちが焦った。「おいしいビリヤニ」はもちろん、それとは全く別の角度からも「ビリヤニの魅力」を伝えたいと思ったからだ。それを僕は見つけられるだろうか。悩んだあげく出した結論が「ビリヤニを考える」ことだった。

ビリヤニの調理プロセスにおいて、香りや味が生まれるタイミングはどこにあるのか、香りや味を加えることができる手法には何があるのか。それをみんなで考えて洗い出し、自分がどうしたいのかのアイデアをひねってビリヤニを創作する。そうやって2期分の学校の授業を終え、3期目の授業が始まる前に今回のフセインさんによるビリヤニ体験があった。

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ビリヤニはいろいろある。

ビリヤニという料理に見出すものは全員違うから正解は存在しない。でも、僕がフセインさんに教えてもらったビリヤニの本質は、炊く行為でも炊いた先にでもなく、炊き始めるもっと手前に香りをどう設計するかにあるということだったのだ。そういう意味では、ビリヤニの学校で取り組んでいるあの授業内容は、本当に偶然だけれど、僕の感じた“ビリヤニの本質”に迫るための手段になっているんじゃないか、と思う。

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ビリヤニの本質は、米と向き合うことではなく、香りを組み立てることにある。それなら僕がずっと取り組んでいるカレーの世界と変わらないじゃないか。

あくまでも僕が勝手に解釈した“ビリヤニの本質”とはそういうものだ。もし、そうだとするならば、僕はこれまで以上にビリヤニという料理に積極的な興味を持って向き合えるなぁと嬉しく思っている。

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