18. おいしいインドカレーは脂肪と糖でできているのか? 問題

おいしいものは脂肪と糖で……。少し前にどこかの何かのテレビCMで話題になったフレーズですね。確かにその通り! と思った人もいれば、嘘つけ! と思った人もいる。おいしさをどこに求めるのかによってこの言葉の捉え方が変わるからだと思います。僕の勝手な解釈でいえば、それは、能動的なものか受動的なものかによるんじゃないかと思います。脂肪と糖はたしかにおいしい。それは、おそらく我々が人間である以上、抗えないおいしさなんですね。すなわち受動的なおいしさです。一方、その対極にありそうなものが何かと言えば、素材そのもののおいしさだと思います。これは、能動的に求める人に与えられるおいしさなんじゃないかなぁ、と。インドカレーのおいしさにはどちらも含まれています。

たとえば、みんなが大好きなバターチキン。おそらく、日本のインド料理店でこのカレーを超える人気メニューはこれから先も現れないんじゃないかと思います。なぜそんなに人気なのか。自分で作ったことのある人は、納得すると思います。大量のバターと生クリーム、ヨーグルト。そして元来のバターチキンには使いませんが、日本のインド料理店ではたいていの場合、はちみつや砂糖で甘味をつけています。まさに“脂肪と糖の塊”を食べているカレーなんですね。これは受動的なおいしさで抗えない。

でも一方でバターチキンのおいしさは別の角度から見れば、トマトのうま味とタンドールで焼いた鶏肉の味わいにあります。かつて僕が取材したオールドデリー「モーティマハール」の調理場では、トマトを大鍋でグツグツに詰めている光景を目にしました。東京のバターチキンが一躍有名になった老舗店でもトマトを煮詰めたペーストを使います。バターチキンは、本来、タンドールで焼いた肉をひと口大に切って使う料理です。僕は自宅にタンドールを所有しているのでタンドーリチキンを焼いてからバターチキンにすることがありますが、炭火でスモークされた鶏肉を使ったバターチキンは、そうでないものとは比較にならないおいしさです。トマトと鶏肉の素材のおいしさは能動的になれば味わうことができる。

最近、カレーマニアの間で流行している南インド料理はどうでしょうか? バターチキンに比べれば、色とりどりの野菜を使った料理を複数盛り合わせてひと皿で食べるミールスなどに代表されるように、素材そのものを味わっているイメージは強い。でも砂糖が入っている南インド料理も実は割とたくさんありますし、僕が勝手に師と仰いでいる某すご腕南インド料理シェフ(インド人)は、かなりの頻度で砂糖を使います。だから、実は、知らない間に“糖”は摂取しています。ヨーグルトは割とよく登場しますが、脂肪分は北インド料理に比べればそれほど多くはないのかもしれません。ただ、植物油の量は相当なものです。某老舗インド料理店のシェフも僕との対談本の中で、「南インド料理はヘルシーだって思っている人が多いけど、使っている油の量を知らないからだよね」と話しています(笑)。さらに南に限らず、インド料理全般に言えることですが、塩の量もかなりのものです。だから、僕も含めて一部のインド料理シェフたちの間では、冗談交じりに「油と塩の量を増やせば現地っぽくなる」と言われていたりします。

脂肪と糖と油と塩。これらがインドカレーにおけるおいしさにどれだけ貢献していることか。僕はインドカレーも好きなので、これを否定するつもりは全くありません。むしろ、これらのアイテムのおかげで、「素材の味わいそのもののが引き立って感じられておいしいし、野菜がたくさん摂取できてヘルシーでもあるからいい!」となるのは、インドカレーの大事な価値だと思います。今夜は久しぶりに南インド料理店に行ってきます。あ、そうそう、当たり前のことですが、インドカレーで最も重要なアイテムは“スパイス”であり、インドカレー最大の魅力は、そのスパイスの香りによって引き出される素材の味わいであることは言うまでもありません。

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